補欠登録で「僕は、必要なのか?」と苦悩も。宇山賢が振り返るフェンシング男子エペ団体の金メダル

補欠登録で「僕は、必要なのか?」と苦悩も。宇山賢が振り返るフェンシング男子エペ団体の金メダル

  • Sportiva
  • 更新日:2021/09/15

フェンシング エペ・宇山賢インタビュー(前編)

東京五輪のフェンシング男子エペ団体で、日本は史上初となる金メダルを獲得した。

◆見延和靖が危機感を抱くフェンシングエペの未来。「今の状態を続けてもパリで勝ててもそこで途絶える」

アメリカ、フランス相手の大逆転勝利など、頂点に上り詰めるまでのドラマティックな快進撃。それには、途中出場で流れを引き寄せた宇山賢の活躍なしでは語れない。3人制で行なわれる団体戦の4人目、「交代選手」という難しい立場で挑んだ宇山の東京五輪への思い、活躍の裏側を聞いた。

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「交代選手」として臨んだ東京五輪で活躍し、エペ団体の金メダルに貢献した宇山賢

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――五輪は無観客で開催されましたが、パフォーマンスに影響はありましたか?

「観客が少ない国際大会を経験することも多いので、無観客であることは気になりませんでした。逆に、ボランティアの方などが会場を盛り上げてくださって、海外の選手たちからは『すごかった』と言われることもありましたよ。

試合前の会場には、太田前会長(太田雄貴/フェンシング協会前会長)の『オリンピックだ! 人生を変えるぞ!』という声が響き渡っていましたね。『今のタイミングで言いますか』と思ったりしましたが(笑)、それでも普段どおりのコンディションで試合に臨むことができました」

――宇山選手は3人制で行なわれるフェンシング団体の「4人目の選手」として登録されていましたが、初戦のアメリカ戦で途中出場。6点リードを許した第8試合(※)で7-3の勝利を収め、その後の大逆転劇を呼び込みました。交代選手の出場は、どのように決まるのですか?

(※)3分間の試合×9セットのうち、45点を先取したチームか、試合終了時に得点が多かったチームが勝利

「『2試合前までに出場を申告する』というルールでした。ただ、ワールドカップや世界選手権などでは、交代選手の再出場が認められているのに対して、五輪では1回しか選手交代ができません。

普段と異なる戦い方をしなければならない難しさもありましたが、僕自身は『チームがピンチになった時に出場する』と、気持ちを整えていました。実際に出場が決まった時も、『"交代選手"から、ようやくオリンピック選手になった』という充実感と共に、落ち着いてピスト(フェンシングの試合場になっている細長い台)に入れましたね」

――アメリカ戦では、序盤から積極的な攻めを見せました。

「個人的に『一番危ない』と思っていたのがアメリカ戦でした。選手同士がお互いのパフォーマンスを高め合うことがうまいチームなので、案の定苦しめられて......。僕が『4番手の選手』と思われて、そのままズルズルと負けると死ぬほど悔しい。

限られた時間の中で少しでも得点を重ね、今までやってきたことを全部出しきるつもりでしたが、1点目がとれた時には『イケる』という感触があって。リードを守りにきていた相手にプレッシャーをかけながら、カウンター攻撃に徹しました」

――東京五輪の団体戦に向けて、どのような調整をしていたんですか?

「僕は個人戦での出番はなかったので、団体戦で対戦しそうな国の試合の動画や情報分析のデータを見て準備していました。大会前の合宿では、個人戦に向けたメニューがあった時に『僕は、必要なのかな?』と、気持ちが折れそうになったこともありましたが、『これは課題を見つけるための練習だ』と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて練習を続けていました」

――先ほど「交代選手」という話が出ましたが、その立場の選手としてつらかったことは?

「周囲のみなさんに『五輪に行ってきます』と胸を張って言えなかったことが一番つらかったですね。『実際に試合に出るまでは、五輪代表選手ではない』という」

――アメリカに勝利し、準々決勝で世界ランキング1位のフランスと対戦します。日本はまたしても大逆転勝利(45-44)を収めました。

「フランスは、フェイントや複雑なテクニックを駆使してくるわけではないですが、距離の取り方やフットワークが抜群にうまく、シンプルな強さがある。背が高い選手が揃っている点も特徴です。東京五輪で対戦した国の中で、フランスとROC(ロシア・オリンピック委員会)は個人的に苦手意識を持っていましたから、僕にとっては『ハラハラドキドキの耐える展開』の試合でしたね」

――少し話が逸れますが、フランス代表選手は、トリコロール柄のマスクを着けていましたね。あれでは表情が見えづらくなるのでは?

「確かにペイントされたマスクは表情が見えにくいですが、ルール的には問題ありません。日本が使っていた黒いマスクは、新品では相手の顔が見えることがあって、目線によって相手の動きを予測できることもあります。ただ、一概に顔が見えたほうがいいというわけではなく、僕としてはマスクを狙う時に相手の顔が見えないほうがプレーしやすい。自分の顔を見られるのも嫌なので、マスクをヤスリで削って、顔が見えづらくなるように加工をしたこともあります」

――フランス戦の勝利は、エペの個人戦で金メダルを獲得したロマン・キャノヌ選手を封じたことも大きいと思います。上位選手が、団体戦で思わぬ苦戦を強いられる「番狂わせ」は、なぜ起こるのでしょうか?

「さまざまな要因が考えられますが、一番はエペで認められている『同時突き(0.04秒以内に双方の突きが決まった場合、両者にポイントが入る)』の影響が大きいと思います。個人戦ではシングルポイントを狙う選手が多いのに対して、団体戦でランキングの差がある選手との対戦や、チームがリードしている時には、『同時突き』を狙いにいく傾向があります。

ただ、個人戦でシングルポイントを狙う選手が、団体戦で『同時突き』を求められると、ミスが発生しやすくなる。あとは『リードを奪わなければいけない』『チームの期待に応えないといけない』といった焦りから、本来の実力が発揮できずに終わるパターンとかですかね。団体戦には、個人戦とは異なる難しさがあると思います」

――続く韓国との準決勝では、第1試合に登場した宇山さんの活躍が、チームに勢いをもたらしましたね。

「第1試合で、韓国のエースである朴相永(パク・サンヨン)選手に2-1で勝利し、あとの2人に繋げられました。『自分で自分を褒める』わけではないですが、かなりの好スタートが切れたと思います。

韓国には過去にも負けたことがあって、もっと厳しい試合になると予想していたのですが、第3試合までで10点差をつけられた。序盤のリードを生かして、優位な戦いを進めることができましたね」

――韓国に勝利(45-38)して銀メダル以上を確定させた時、「メダリストになった」という実感はありましたか?

「その時点では実際にメダルを手にしたわけではありませんし、他の国際大会と同じように、『久しぶりに韓国に勝って、決勝に行ける』という喜びが強かったです」

――ROCとの決勝戦を迎えるまではどう過ごしましたか?

「僕は個人的に、ROCのパベル・スーホフ選手とセルゲイ・ビダ選手を苦手にしていました。特にスーホフ選手は、個人戦でも何度も跳ね返されていたので、過去の試合映像を見ながらシミュレーションを繰り返していました。

僕が得意としているディフェンスで得点をとられる場面が続くと、成す術がなくなってしまう。映像を見ながら『ポイントを見極めて、状況に応じて前に出る』と決意し、試合に臨みました」

――第3試合でそのスーホフ選手と対戦(5-6)し、一時はリードを奪うなど、見せ場を作りましたね。

「僕がアタックを決めたあと、スーホフ選手との距離間が変わる場面があり、やりづらそうにしている印象がありました。試合前の対策が功を奏したからかなと思います。もちろん試合中は必死に戦いましたけど、相性の悪い相手に大差をつけられなかったのはよかったです」

――ニキータ・グラズコフ選手との第7試合(6−4)で宇山さん個人の試合は終わりましたが、その時の気持ちを教えてください。

「今年1月に右手首を手術したこともあって、1年3カ月ぶりに出場した団体戦が東京五輪でした。決勝の第7試合を終えた時には、『何とか形になってよかった』という安堵感、そして『自分の信じた道を進んで、結果が残せてよかった』という思いが込み上げてきました」

――チームは4点差で最後の第9試合を迎えます。加納虹輝(こうき)選手の戦いをどう見ていましたか?

「(相手の)ビダ選手の実力であれば、4点差がひっくり返される可能性もあると思っていたので、余裕はありませんでしたね。最初は『大丈夫かな?』と不安もありましたが、序盤から積極的に前に出る加納選手に、ビダ選手が焦る様子もあった。『これは、イケるんじゃないかな?』と思いました。

そして加納選手が43点目をとった時に、『もしかして、勝ったらヤバいことになるんじゃ?』と(笑)。チラリと頭をよぎりました」

その後、45-36で勝利を収めた日本代表は、フェンシングとしては史上初の金メダルを獲得。宇山選手の予想した「フィーバー」は、現実のものとなった。

(後編:「スポーツへの風当たりが強い状況は残っている」>>)

■宇山賢(うやま・さとる)
1991年12月10日生まれ。香川県出身。中学校からフェンシングを始め、高松北高校2年時にインターハイ優勝。同志社大学に進んでからは全日本学生選手権で史上初の3連覇を果たし、4年時には全日本選手権でも優勝した。2015年8月に三菱電機に入社し、2018年のアジア競技大会のエペ団体で優勝。東京五輪ではリザーブでの登録ながら、1回戦から決勝まで出場を続けて金メダル獲得に貢献した。公式ツイッター>>@satofen1210

白鳥純一●取材・文 text by Shiratori Junichi

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