望みを叶える魔法の道具店~驚きの「喜ばせ経営」とは:読んで分かる「カンブリア宮殿」

望みを叶える魔法の道具店~驚きの「喜ばせ経営」とは:読んで分かる「カンブリア宮殿」

  • テレ東プラス
  • 更新日:2021/11/25
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欲しいものが何でも揃う~激セマ店に8500アイテム

東京スカイツリーのお膝元にある東京・台東区の日本一の道具街、かっぱ橋道具街。飲食店向けの道具や食器の店約170軒が集まっていて、メニューのサンプルを製造販売する店や料理人向けユニフォームの専門店、さらには提灯や看板の店などもある。

この町もコロナ禍で厳しい状況だが、そんな中、客でにぎわっている店が飯田屋だ。創業から100年以上。30坪の狭い店に、プロの料理人だけでなく一般客もやってくる。

飯田屋は8500のアイテムを揃える調理道具のワンダーランド。フライパンだけでも約200種類ある。

卵焼き器の専門コーナーの中には卵1個で焼けるものが。通常、卵1個では巻くのに足りないが、きれいに巻ける。左利き専用コーナーも充実している。

アイディアグッズも豊富に揃っている。例えば、冷蔵庫で固くなったバターをカットする道具。針金が格子状になったパーツがついていて、そこにバターを乗せて押すだけ。バターを5グラムずつにでき、そのまま保存することもできる。

シニア層に大人気だというのは「ムッキーちゃん」(440円)。2つ折りを開くと、両サイドに違う種類の刃が。一方の刃では、グレープフルーツなどの厚い皮に楽々切れ目を入れることができ、もう一方の刃では、今度は中袋をきれいにカットできるのだ。

店に「みじん切り器が欲しい」という客がやってきた。いま大人気の「ぶんぶんチョッパーSPDX」(2420円)だ。真ん中の棒に2枚の刃がついていて、例えば餃子の「あん」を作る場合、具材を容器に入れ、紐を引っ張るだけで簡単にみじん切りにできる。

6代目社長・飯田結太(37)は店を、ものを売るだけの場とはとらえていない。

「僕たちはお客様に喜んで帰っていただくことを生業にしようと。その時に思いついて、『うちはこれから「喜ばせ業」をやります』と社員に言ったんです」

飯田流喜ばせ術1「過剰在庫もOK」

飯田屋にはレモン絞り器ひとつとっても「ここまで必要か」と言いたくなるほど多くの種類がある。

「金属は頑丈だから長く使えるというメリットがありますが、陶器やガラスのほうがレモンの酸味を邪魔しない。また、客の中には搾りすぎたくないという人もいる。皿型だと体重で絞るから余計に潰れやすい。スティック型は潰しすぎないから、苦味が出てくるところまでは絞らなくて済みます」(飯田)

おたまは、ふつうの道具店では10ccごとに10本程度を並べているだけだが、飯田屋では特別に発注し、5ccから1cc単位ごとに100ccまで取りそろえている。スパイス用の0.1cc、巨大サイズの1800ccなどもある。当然、2、3年に1個しか売れないおたまもたくさんあるという。

「それでもいい。在庫回転率なんて、とうの昔に考えを捨てました。その1ccを大切にする料理人もいっぱいいる。だから1cc単位のおたまを作っておくことで、その料理人を喜ばせることができる。料理人が喜べば、食べる人も喜んでくれるので」(飯田)

客のリクエストから大ヒット商品も~「喜ばせ業」を目指す

飯田流喜ばせ術2「接客では、売るな」

ある客がクッキーの「抜き型」を買いにきたが、店には客が希望するプラスチック製がない。すると客にかっぱ橋道具街の案内図を見せ、他の店を紹介した。取り寄せれば、店の売り上げになるが、「やっぱりその場で商品を見て持って帰れるのが一番うれしいと思うので、ありそうな店を紹介する」のだという。

こんなことができるのは、スタッフに売り上げのノルマがないからだ。

「例えば高齢のお客様が来店して『鍋を選んでくれない?』と言われた時に、もしノルマが1万円足りなかったらきっと1万円の鍋を売ってしまう。それは『喜ばせ業』ではないので、そういうことはなくそうと」(飯田)

客を喜ばせる道具を、飯田は独自の目線で探している。社員とともに出向いたのはギフトの展示会「東京インターナショナル・ギフト・ショー」。調理道具ではない商品の中にも、お宝が眠っているという。

飯田が興味を示したのは仏具の「おりん」。「スパイス潰すのにちょうどいい形かなと思って」という。ただ、仏具をそんな風に使っていいのか、ためらっていると、出展者は「ネパールやインド料理店は使います。カレー粉などの味が良くなるそうです」。常識にとらわれない発想が商品選びの幅につながっている。

飯田屋の仕入れの武器となっているのがヒントノート。そこには客が口にした要望がすべて記録されている。その中で飯田屋最大のヒット商品「エバーピーラー」(2200円)につながったのが、「握力が少なくても切れるピーラーを」という声だった。

「お客様がリウマチを患っていて、とにかく軽い力で野菜の皮を剥けるピーラーを探していたんです」(飯田)

どこにも見つからないので、飯田はメーカーと共同でこれを開発した。通常のピーラーと違い、「エバーピーラー」は撫でるように動かすだけで、刃が引っかかる音もしない。野菜の細胞を壊さないから切り口もツルツルで滑らかだ。

切れる秘密は刃にあった。プロの包丁でも使われている硬い素材「440A」を初めてピーラーに採用。刃と持ち手の角度にもこだわった。14度から1度刻みで試作を繰り返し、ベストの30度にたどり着くまで実に5年の歳月をかけたという。

閉店後の飯田屋では、毎日のように商品の勉強会が行われている。この日はキャベツピーラーについて、切れ味はもちろん、使い勝手や食感などあらゆる特徴を試していく。商品をとことん知り尽くすから、自信を持って客に勧められる。これこそが飯田屋の喜ばれる接客の秘密だ。

「お客様が求めてくるのはキャベツピーラーではなく、おいしいキャベツの千切り。それを叶えてあげられる道具を僕たちは紹介しなくてはいけない」(飯田)

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飯田屋の運命を変えた~ある神様との出会い

飯田屋の道具はいまや大手ショップでも大人気。東京・銀座の「銀座ロフト」には飯田屋のオリジナル商品コーナーがある。

「100年使える」が謳い文句のフライパン「エバーグリル」(26cm/2万7500円)やフワフワの大根おろしができるおろし金「エバーおろし」(3300円)。だが一番人気はやはり「エバーピーラー」で、「すぐ在庫がなくなる」という。

そのピーラーを共同開発したのは岐阜県関市の「サンクラフト」。刃物の町・関でも名高い包丁を中心とする調理道具のメーカーだ。握力の弱い人でも使いやすいピーラーの開発は、あらゆるメーカーに断られる中、「サンクラフト」だけが受け入れてくれた。

しかし、飯田の細かい注文に、現場は苦労の連続だったという。

「どんどんリクエストが膨らむんです。『もう1回最初からやろう』と言われた時はめげました(笑)」(開発担当・川嶋邦照さん)

飯田が道具に深くこだわるのは、ある失敗がきっかけだった。

飯田屋の創業は1912年。その6代目として飯田は1984年に生まれた。家業を継ぐ気はなく、大学時代におこしたWEB制作会社を卒業後も続けていたが、ある日、母から家業のピンチを聞かされる。

「社員が辞めていったり、売り上げが下がっていると聞いていましたが、『このままでは経営危機に陥る』と知らされました」(飯田)

売り上げは最盛期の3分の1近くまで落ち込んでおり、見かねた飯田はWEB会社を友人に譲り、2009年、飯田屋に入った。

最優先課題は売り上げの回復だった。そこで飯田は、かっぱ橋中の店の価格を調べあげ、どこよりも安い値札に変えていった。

「そうしたら、信じられないことに全然売れないんです。正確に言うと、以前と同じくらいしか売れない。売り上げが同じでも、安くするために粗利益は減っているので、残る金額も大きく減りました」(飯田)

安値でも利益を出すため、商品を国産品から原価の安い外国産にシフト。すると質の悪さに、買った客からクレームが続出した。長年通ってくれた常連客まで失ってしまい、飯田は店をさらなるピンチに追い込んでしまった。

途方にくれていたある日、一人の料理人が店を訪ねてきた。「一番フワフワの食感になるおろし金」を求める客に対して、道具の知識がなかった飯田は、値段の高いおろし金をいくつか選び、その場で大根をおろして食べてもらった。ところが客は「全然フワフワではない。いいのが入ったら連絡してくれ」と言い残して帰っていった。

飯田は軽い気持ちでメーカーに問い合わせてみた。

「電話したら職人さんにつながるんです。『柔らかい食感のおろし金を探しているんですけど、どれですか?』と聞いたら、『そんなことお前ら販売店が調べることだろ? それをお客に伝えるのがお前らの仕事だ』と」

そこで飯田は、あらゆるメーカーからおろし金を取り寄せ、一つ一つ、実際にすりおろしてみた。するとその中で1個だけ、他とはレベルが違うくらいフワフワにおろせるおろし金があった。すぐさま料理人の客に連絡し、大根おろしを食べてもらうと「これだよ」と納得。この時、飯田は、安いだけでは客は喜ばないことに気づいた。

また、ある日は飯田屋にスーツ姿の客がやってきて「ケーキの焼き型はあるか」と尋ねた。飯田が売り場へ案内すると、その客は材質を聞いてきた。

「どこにも書いてなくて、どうしようと。さぞかし有名なパティシエの方なんだろうなと思って『どこの店で働いているんですか?』と聞いたら、『作ったことないよ、ケーキ』と言われた。『子どもが特殊な金属アレルギーなんだよ』と。『ある成分に反応して体が痒くなるから、俺が作ってあげようと思って。子どもがケーキのうまさを知らずに大人になったら可哀想だろ』と、ニコニコして言ったんです」(飯田)

その客に対して何のアドバイスもできず、またしても自分の勉強不足に気づかされた。

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「お前と働きたくない...」~集団離職で再び大ピンチ

こうして道具と真剣に向き合うようになってから、店の売り上げも回復。やがて、メディアからも注目され始め、飯田屋は徐々に世に知られる存在となっていく。

だがそんな矢先、またしても絶体絶命のピンチに見舞われる。社員の半分から集団で退職届を出されたのだ。

「『なぜ辞めるんですか』と聞いたら『最後だから言うけど、お前と働きたくないんだ』と」(飯田)

その頃の様子を、店一番の古株、勤続40年の営業部長・加藤勝久はこう振り返る。

「(飯田は)今と全然違いました。気持ちにゆとりがなく『俺が俺が』という感じが強かった。かんしゃく持ちで言葉もきつく、態度や行動も。これが飯田屋を継ぐのかと思うと、僕も辞めようかと思いました」

当時の飯田は利益を上げることしか頭になく、従業員がミスをしようものなら、容赦なく追い詰めた。それに嫌気がさして多くの従業員が辞めていき、店は人手不足に陥る。忙しくなるとミスはさらに増え、飯田の怒声が店中に鳴り響いた。

そんな飯田を変えたのが、母の勧めで出席した経営者向けのセミナーだった。セミナーの講師に店の現状を相談すると、「あなたは自分自身に指が向いていないんですよ」と言う。

「その時にハッと気付くんですよ。ミスを起こした人に僕は指をさして『前にも失敗したよね、何で同じことを起こすんだ』と怒っていた。でもよく考えたら、ミスをしたくない大人がミスをしてしまう環境がそこにあると思った。ではその環境の責任者は誰かと思ったら、初めて自分に指が向きました。『あ、僕だ』と」(飯田)

従業員がミスをする原因は自分自身にあったと気付いたのだ。そこから飯田は、職場のすべてを見直していく。売り上げ至上主義やノルマを廃止した。

社員のひとり、薮本達也は「任せてくれるようになった。商品の仕入れなど、やりたいことは『まずやってみなよ』と。やりやすいです」と言う。また、ガソリンスタンドから転職して6年目になる田代容子も「社長にTシャツ作りたいと提案したら『デザインから全てやってごらん』と。やりがいがあります」と言う。

もともと従業員用に作ったこのTシャツは、客からの要望で商品化すると、今や人気のアイテムになった。

従業員が幸せに働ける会社に変わった飯田屋は、無敵の調理道具店となったのだ。

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~村上龍の編集後記~

飯田さんは、見た目に比べて、人柄がとても真面目だ。だから、ときに息が詰まるようで、「最後だから言いますけど、あなたと働きたくないから辞める」などと従業員に言われた。そんな中から「売るな」という営業方針が生まれ、社員は2万回まで同じことを上長や同僚に質問・確認してもいいという「2万回ルール」が作られた。「ピザじゃない、ピッツァだ」というPOPが今の飯田屋を象徴している。正確さを訴求、要求し、インパクトがある。

<出演者略歴>

飯田結太(いいだ・ゆうた)1984年、東京都生まれ。明治大学商学部在学中にWeb会社を起業。2009年、飯田屋入社。2017年、六代目代表取締役社長に就任。

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