約2億5000万円の身代金要求...「人質ビジネス」に巻き込まれた家族の決断

約2億5000万円の身代金要求...「人質ビジネス」に巻き込まれた家族の決断

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/02/21
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2013年5月から2014年6月まで、398日間にわたりシリアで過激派組織ISの人質となったデンマーク人の写真家、ダニエル・リューの実話を基にした映画『ある人質 生還までの398日』が公開中だ。

ドキュメンタリーとアクション映画を融合したようなカメラワークで、ダニエルの過酷な監禁生活を追体験させる本作は、これまでベールに包まれていた人質や家族の視点を描いた画期的な作品だ。

「テロリストとは交渉しない」というデンマーク政府の姿勢により、ダニエルと家族は地獄を見ることとなった。日本でも2015年にビジネスマンの湯川遥菜さんとジャーナリストの後藤健二さんがISに誘拐・殺害された事件があったが、日本もまた、デンマーク政府と同じ対策をとっている。

この映画の共同監督を務めたのは大ヒット作『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009)を作ったデンマーク出身のニールス・アルデン・オプレヴと、『幸せになるためのイタリア語講座』(2000)で知られ、本作でも人質救出の専門家アートゥアを演じる俳優アナス・W・ベアテルセンの2人だ。

当事者のダニエル・リューにも何度も会い、綿密に取材したというニールス・アルデン・オプレヴ監督に、人質ビジネスの恐ろしい実態と、この問題と切り話せない自己責任論に対する考えについて聞いた。

約2億5000万円を要求された家族の決断

誘拐された当時24歳だったダニエル・リュー(エスベン・スメド)は駆け出しのカメラマンで、紛争地域に住む一般の人々や子供の姿を撮りたいと考えていた。ダニエルの被写体は戦場ではなく、あくまで地域住民だった。

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『ある人質 生還までの398日』より

そのため、シリアの前線地帯にも行っておらず、トルコの国境の町で子供たちを撮っていたのだが、そこで突然拉致されてしまった。ダニエルは監禁され、肉体的・心理的拷問を受ける日々が続く。いつしか彼はどこかへ移送されるが、そこはフランス人、ロシア人、スペイン人など様々な国籍の人質が拘束されている施設であった。

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『ある人質 生還までの398日』より

やがて、著名なアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー(トビー・ケベル)が施設にやってくる。明るく聡明な彼は次第に人質たちをまとめていき、彼らの心の交流が始まる。その間、ダニエルの誘拐に気づいた家族は人質救出の専門家アートゥア(アナス・W・ベアテルセン)に捜索を依頼。アートゥアにテロリストが提示した身代金は約7,350万円。それは、労働階級のダニエルの両親には到底捻出できない金額だった。

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『ある人質 生還までの398日』より

ダニエルの家族はデンマーク政府に相談するが、彼らが提供するのは皆が“相談できる場所”だけで、心理カウンセラーやアートゥアの費用さえ負担してくれない。やっと2,600万円ほどかき集めたダニエルの家族は、その額でテロリストと再交渉するようアートゥアに依頼する。

すると、面子を潰されたと逆上したテロリストは身代金を約2億5000万円に釣り上げてしまう。しかし、政府が身代金を支払えば、その金でテロ組織が肥大化するからテロリストとは交渉しない、というのがデンマーク政府の方針だ。

政府のこの方針に対して、オプレヴ監督は「問題解決になっていない」と指摘する。

「たとえ人質ビジネスがなくなったとしても、テロリストは別の形で各国から金を引き出そうとするでしょう。それに本当にテロリズムを無くしたいのなら、まずは対話することが基本ではないでしょうか? 対話から本来の問題解決への突破口が開けるかもしれない。沈黙と憎しみでは何も改善しません」(オプレブ監督、以下同)

実際にアメリカは過去に身代金を払ってこなかったのに、今も30人以上のアメリカ人が海外で人質になっているという。テロリストと交渉しないという方針が人質ビジネスを抑制しているとは必ずしも言えないのかもしれない(※)。

「自国民を見殺しにしてまで米国に追従するのか」

2008年から2014年にかけて、世界で約165億円の身代金が支払われており、そのほとんどはヨーロッパ諸国によるものである。

ヨーロッパのなかでは、イギリスやノルウェー、デンマーク以外のほとんどの国、例えばスイス、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、オーストリア、スイスなどは政府がテロリストと公式・非公式に交渉し、身代金を支払う。映画でも描かれているが、政府が身代金を払ったおかげで、フランス人やスペイン人たちはすぐに釈放される。

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『ある人質 生還までの398日』より

オプレヴ監督はこの状況について、「自国民を見殺しにしてまでもアメリカに追従するのは、デンマークとアメリカの政治的・経済的関係があるからです」と怒りを滲ませる。この背景には、グリーンランドの存在があるという。

北極圏に広大な面積を有するグリーンランドはデンマークの旧植民地。現在は自治政府があるが、デンマーク王国の一部だ。そして、第二次世界大戦中にデンマークがナチス・ドイツに占領されたたため、グリーンランドをアメリカが保護して以来、米軍基地がある。

その上、未発掘の油田があると考えられているグリーンランドは、アメリカにとってロシアや中国の北極進出の動きを牽制するためにも非常に重要な土地なのだそうだ。そう言えば2019年、トランプ元大統領はグリーンランド購入を検討していると発言したことがあった。このような背景から、第二次世界大戦中以来、デンマークはずっと湾岸戦争、アフガニスタン紛争、シリア内戦とアメリカに追従してきたのだ。

ダニエル事件の展開は手に汗を握るスリリングなこの映画で追ってほしいが、監督によると、ダニエル以降に拉致されたデンマーク人は全員身代金を用意することができず、ISに処刑されてしまったそうだ。

「テロリストと交渉しない」は政治家のポーズ

「テロリストと交渉しないというのは、“強さ”を国民にアピールする政治家のポーズで“政策”とは呼べません。アルカイダやISは各国の政治的判断から発生したものだし、ヨーロッパ人の若者は社会での疎外感を感じるからシリアに行き、テロリストになる。そういった根本的原因を突き止めて解消するのが、本来の“政策”であるはずです」

劇中、人質たちが拘束されていた施設には、人質たちから “ビートルズ”と呼ばれる残虐な4人組のテロリストがいた。ビートルズと呼ばれた所以は、彼らが完璧なイギリス英語を話していたからだ。イギリス出身のパキスタン人だと考えられる彼らは自分たちもヨーロッパ出身であるにもかかわらず、ヨーロッパ人を拷問することに喜びを感じているようにさえ見える。彼らの残虐な行為には、ヨーロッパ社会に対する個人的な“怒り”が見え隠れするのだ。

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『ある人質 生還までの398日』より

彼らのような欧米出身の移民2世、3世のジハーディストは、貧困やイスラム教徒への偏見・差別から社会に疎外感を感じ、シリアやイラクに渡航してジハードに参加する。しかし、近年のISは白人もスカウトしており、“ジンジャー・ジハーディスト”と呼ばれる赤毛の白人たちが増えているという。あくまでもISの考えだが、赤毛(英語で“ジンジャー”と呼ばれる)をした若い男性は髪の色でコンプレックスを抱えているから、ISは彼らをターゲットにしている、と噂されているのだ。

こうした状況について監督に意見を求めると、次のように返ってきた。

「テロリズムを解消するには、外交、社会、経済的解決が必須ですが、それは大変難しい。『テロリストには妥協しない』と強気の発言をしたほうが政治家にとってはずっと簡単なんですよ。でも、その代償を払うのはジャーナリストや人道活動家。政府ができないことを彼らはやっているのだから、彼らを励まし、守り、助けるのが政府の仕事なのに」

しかし、自らの意思で危険な場所に赴きテロリストに捕まるジャーナリストや人道活動家は「自己責任」だという見方もある。それについて監督はどう考えるのか。

「ダニエルの事件のときも、支持する人もいれば、何で行ったんだと非難する人もいました。この映画はそういう批判的な声に対して、ダニエルがシリアへ行った理由やジャーナリストの使命感について説明するものになっていると思います。ダニエル本人もこの作品を誇りに思ってくれているようです」

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『ある人質 生還までの398日』より

興味深いことに、デンマークのメディアはダニエル拉致事件を知ってはいたが、救出作戦の妨害にならないために、彼が帰国するまで一切報道をしなかった。この点については、日本のメディアも見習ったほうがよいのではないだろうか。

再興するISと広がる誘拐人質事件

近年、テロリストに誘拐される民間人はジャーナリストや人道活動家だけではなく、観光客にまで及んでいる。2015年にはフィリピン・サマル島の高級リゾートでアルカイダ系イスラム過激派グループに誘拐されたカナダ人、フィリピン人、ノルウェー人がいた。このとき、同リゾートに滞在していた日本人女性も拉致されそうになり、ボートから飛び降りて危うく難を逃れたそうだ(※)。

弱体化したと言われるISだが、コロナ禍で警備の弱くなったイラクの地域を奪還し、イスラム教の過激派グループはアフリカや東南アジアでも勢力を拡大しているといった報道がされている。とりわけ、自粛中の若年層をターゲットにSNSを通じてテロや組織への参加を呼び掛けているという。ISによる誘拐人質事件はどこの国民にとっても他人事ではないのだ。

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『ある人質 生還までの398日』より

最後に、映画を観る人に注目してほしい場面がある。ダニエルがトラックに乗せられてシリアに入るシーンでは、シリアからトルコに向かって脱出するシリア難民が長い行列を組んで歩いている。その多くの難民たちは本物のイラク難民がエキストラとして出演して実現したというから驚きだ。

「この映画は社会派であり、同時に、深淵なる真実のヒューマンストーリー。どこの国の人にも起こり得る現在進行形の物語なんです」と取材を締めくくったニールス・アルデン・オプレヴ監督。ぜひこの映画を観て、多くの人と議論してほしい。

【参考】
どうすれば救えるのか シリアで人質の日本人を – Itmediaビジネス

『ある人質 生還までの398日』は2021年2月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町にて公開
(c)TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019

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