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46歳の伊東輝悦「俺、大丈夫なのか?」。カズのあとを追うテルは真のサッカー小僧

46歳の伊東輝悦「俺、大丈夫なのか?」。カズのあとを追うテルは真のサッカー小僧

  • Sportiva
  • 更新日:2021/07/22

伊東輝悦(アスルクラロ沼津)インタビュー@後編

8月31日に47歳の誕生日を迎える伊東輝悦は、現在J3のアスルクラロ沼津でプレーする。現役Jリーガーとしては、54歳のカズ(三浦知良/横浜FC)に次ぐ2番目の年長者だ。

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常人には想像もつかない領域に足を踏み入れている"鉄人フットボーラー"は、果たしてどのようなメンタリティで格闘しているのか。その心境を語ってもらった。

「伊東輝悦(アスルクラロ沼津)インタビュー@前編」はこちら>>

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今年でプロ生活29シーズン目の伊東輝悦

---- 18歳でプロ入りして以来、今年で29シーズン目を迎えました。清水エスパルスに入団した当時、この年齢まで現役を続けているイメージはありましたか?

「できるだけ長くプレーしたいとは思っていましたけど、たとえば35歳までとか、具体的な目標を設定したことはなかったですね。そもそも、この年齢までやっていること自体がいいのか悪いのか......っていう話もあるし(笑)。正直、そこは自分でもよくわからない。ただ、こういうヤツがいても面白いんじゃないかなって。

それに、自分のなかでは若い頃とあまり変わってなくて。とにかく、プレーすることが面白い。たぶん、それが現役を続ける一番の原動力だと思います。まあ、でもね、実際はスッゴい、しんどいんですよ(笑)」

---- それは体力的なところですか?

「そう。当たり前のことですけどね。それでも、まだプレーすることが面白い。コーチも選手も、僕より若い人ばかりだけど、チームが勝利に向かっていく感じも含めて、すべてが面白い。だから、スッゴいしんどいよりも、そっち(面白い)が勝ってるんです」

---- 清水時代からプレーを見ていて、黙々とボールと向き合っている「真のサッカー小僧」という印象がありました。46歳になった今も、そのままなんですね。

「基本的には、あの頃のままですね。ただ、年齢を重ねるごとに体力的にできなくなることもある。それを受け入れたくない自分もいるんだけど、現実としてそこは素直に受け入れなければいけない。

たとえば、ポジショニングや相手との駆け引きで体力的な部分をカバーできないかとか、質の部分でもっとうまくできないかとか、ピッチに立つためにはどうしたらいいかとか......。とにかく、歳を重ねていろいろと考えることが増えましたね。

結局、根本的には『ピッチに立ってプレーしたい』という熱みたいなものがあって、それは若い頃とまったく変わってないんです。だから、今は全然試合に出られない状況が続いているので、ものすごくピッチに立ちたくて。練習だけやっていても、ただしんどいだけで、面白くないですから」

Jリーグが産声を上げた1993年、東海大学第一高校卒業後に地元・清水に立ち上げられたエスパルスに入団した伊東は、これまでの長いキャリアのなかでいろいろな経験を積み重ねてきた。当然、長く現役を続けていると、いい時もあれば悪い時もある。

---- もしかしたら、18年間プレーした清水を退団することになった時がキャリアの分岐点のひとつだったのではないかと想像しているのですが、30代半ばだったあのタイミングで「現役引退」が頭をよぎることはなかったですか?

「いや、まったくなかったですね。ゼロです(笑)。自分のなかでは100%、次もどこかでプレーしたいと考えていて。そのなかでいくつか話をもらい、(ヴァンフォーレ)甲府がベストだと思って移籍しました」

---- そのヴァンフォーレ甲府時代は激動が続きました。初年度にいきなりJ2に降格して、翌2年目はJ2優勝を果たしてJ1昇格。主力として活躍した当時をどう振り返りますか?

「まず、J2に降格したのは初めての経験ということもあって、ものすごくショックでした。ただ、また次の年もプレーするチャンスをもらったので、必ず1年でJ1に戻る気持ちで全力でプレーしようって。それで、その次の年にJ2優勝ができた。

やっぱり、J1 でもJ2 でも勝つ喜びは同じ。1年かけてみんなと一緒に作り上げたものを最後に結果として勝ち取ることは、選手としては最高の喜びですよね」

---- 甲府で3年過ごしたあと、今度はJ3の長野パルセイロに移籍しました。プレー環境など、それまで経験してきたものと違うことが多かったと思いますが。

「そもそも僕は、雪国で生活したことがなかったので、まずそのことが一番新鮮だった思い出があります。練習環境も全然違って、初めの頃は『えっ、こんな場所で?』って(笑)。ただ、カテゴリーの違いもあるし、比較するようなものでもないから、そういうものだと受け入れるしかない。

とはいえ、グラウンドはガタガタで、最初は『ケガしねぇかな......』って思いながらプレーしてました。でも、慣れてしまえば気にならないし、ケガもしなかったから、『人間の体ってすげぇなぁ』って思ったことを覚えてます(笑)」

静岡に生まれ、静岡で育った伊東は、地元の清水エスパルスでキャリアをスタートさせ、今は同じ静岡のアスルクラロ沼津で5シーズン目を迎えた。29年というキャリアを重ねた伊東は今、何を思い、プレーを続けるのか。

---- 最近の若い選手と接していて、自身の若い頃と大きく違っていることはありますか?

「僕が小さい頃はテレビでサッカーを見られる機会なんてほとんどなかったけど、逆に今は情報がありすぎて、頭のなかが疲れないかなって思ったりはしますね。これだけの情報のなかから、自分に合った情報を選ばなければいけない。その労力も必要になるので、以前とは違った大変さがあるでしょうね。ただ、普段はサッカー仲間として彼らと接してるので、あまり若い選手との違いは感じないですね」

---- それが若さの秘訣なんでしょうね。

「いやいや、でも、もう僕も46歳ですから。ヤバいですよ(笑)。こんな特殊なところでずっと生きてきて、サッカー小僧がそのまま46歳になっちゃったわけで。だからこの先、『俺、大丈夫なのか?』って(笑)」

---- セカンドキャリアをイメージすることはないんですか?

「ハッキリしたものはないですね。結局、引退後も『何とかなるっしょ』みたいな(笑)。それぐらいしか考えてない。だから、ヤバいヤツなんです(笑)」

---- 毎年契約更新していると思いますが、不安になることもないですか?

「僕、これまでのキャリアで複数年契約をしたことって1回だけなんです。それも2年契約で。だから『来年どうなるんだろう?』というのが29年も続いているので、そういうものだと思ってます。さっきの話じゃないですけど、ダメならダメで『何とかなるっしょ』って、毎年その繰り返しですよ(笑)」

---- そのポジティブ思考も、長く現役を続けられる秘訣なんでしょうね。

「でも、家族にはちょっと......。僕は27歳で結婚して子どももいるんですけど、清水のあと、甲府、長野、秋田、沼津と、ずっと一緒なんですよ。僕はどこに行ってもプレーするだけだし、チームメイトもいるし、馴染むのは楽だからいいですよね。でも、家族はそういうわけじゃなくて、いろいろな街に移って、そこで生活するわけで。

だから、家族には苦労かけてるなっていうのが、僕のなかではちょっと引っかかってるというか、迷惑かけてるなって思っていて......。もちろん、それによって経験できることもあるとは思いますけど」

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---- 自分から現役をやめようなんて考えないですよね。

「いや、そういうこともあるんじゃないですか。もう体が無理だ、もう練習したくない、こんな思いまでしてサッカーしたくないって思うようになったら、自分からやめることだってあるかもしれない。何歳までできるかなんて、自分でもわからないし。

ただ、今はアスル(沼津)でプレーしているので、アスルが勝つことが一番の目標ですし、少しでも自分がその力になりたいなって。その気持ちが強いです」

伊東輝悦、46歳。25年前に『マイアミの奇跡』の主役となった男は、あの頃と同じ情熱を持ち続け、今も日々ボールと格闘する。その鉄人ぶりは、もはや伝説と言っていい。そして、カズのあとを追う"テル"という存在は、いずれ人々の語り草となるに違いない。

【profile】
伊東輝悦(いとう・てるよし)
1974年8月31日生まれ、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。1993年、東海大学第一高校(現・東海大学付属翔洋高校)から清水エスパルスに入団。中盤の要として活躍し、2010年まで在籍する。その後、ヴァンフォーレ甲府、AC長野パルセイロ、ブラウブリッツ秋田と渡り歩き、2017年からアスルクラロ沼津でプレー。各世代の日本代表に選ばれ、1996年アトランタ五輪出場、1998年フランスW杯メンバーにも選出される。ポジション=MF。168cm、70kg。

中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi

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