遠足の帰り道、息子が無邪気に差し出した小石。先生は笑顔で応えた

遠足の帰り道、息子が無邪気に差し出した小石。先生は笑顔で応えた

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/05/02
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今日は長男の卒園式だった。柔らかな日差しの降り注ぐ、あたたかい1日だった。

本年度はどの教育現場でも、緊急事態を乗り越えるための、数々のドラマがあったのだと思う。だから私が先生方に下げた頭は上がらないし、私達親子は先生方が大好きだ。3年間保護者として、行事等で保育の様子を垣間見させて頂く度に、私は毎回驚愕し、反省し、学んできた。

振り返って、長男が年少さんだった頃。今でも忘れられないエピソードがある。

ピルを飲んで子育ては先延ばし。まずは、夫に古い価値観を捨ててもらうことから

遠足の帰り道、ドングリで盛り上がる輪の中へ息子は小石を差し出した

長男が園児としての生活に十分慣れた、ある秋の日。親も付き添って、バスで遠足に出掛けた。高い空の下、芝生が広がる公園でお弁当を食べ、たっぷり遊んだ。

集合時刻が近づき、手を繋いだ親子達が列を作り始めた。私と長男もその中に混ざって歩いていた。その時、前方にいた若手の先生の周りに、女の子達が集まってきて、おはなしをしている様子が見えた。

「せんせい~みてみて~かわいい実がおちてたの!あげる!」

「わたしはこんなにドングリたくさんひろったよ~。せんせいに、おおきいのをあげるね!」

「え~!すごいねぇ!こんなにたくさんみつけたんだ!もらってもいいの?ありがとう~!」

…!なんて微笑ましい女子会なんだ…!私はそのやり取りに、うっとりみとれていたのだが、その隣では長男が、ふいにソワソワしだしたのである。

はて?と思い見ていると、彼は行列から外れてしゃがみこみ、道端に落ちている何かを握りしめて、急いで先生のところに駆け出していったのだった。 ……?

そして先生の目の前に立った彼は、「せんせい!みてみて!いしだよ!!!」と言って、無邪気にも道端の小石を差し出したのである……それは本当になんの変哲もない、ただの小石だった。

小石に詰まった想いに気付き、にっこり微笑みながら受け取る先生

実じゃなくて、ドングリじゃなくて、小石。私は「すいません、つまらないものですが…(焦)」と申し訳なく思って、苦笑するしかなかった。

しかし先生は歩みを止め、長男としっかり目線を合わせて、こう言ったのである。

「うわぁ!ちいさくてかわいい石だね!もらってもいいの?……うれしい~!もってかえって、たからものにするね!」と。

そしてその小石を、にっこり微笑みながら受け取ってくれたのだった。

……その様子を見た私は、もはや感動の閾を通り越えて、沁々と感じ入ってしてしまった。私はこの時の先生の表情を、今でも鮮明に覚えている。

息子はきっと、先生とお話しするきっかけが欲しかったのだ。だから、小石を拾った。彼にとってその小石は、例えば義理チョコのようなものではなく、本命の小石だった。確かに即席ではあったけれど、想いの詰まった贈り物だった。そしてその想いに、先生はきちんと気付いてくれたのだ。

まずは驚く。見て感じたことそのまま言う。そして、もらってもいいのか確認をとった後の、「たからものにするね!」……。なんだこの、女神の紡いだかのようなテンプレートは……!

一見訳の分からないものでも、一緒に観察して、価値を共有する。そこから生まれる、あたたかなコミュニケーション!!!(昇天)

これって実は、全人類の関係性をポカポカさせるのに、有効なやり取りなのだと思う。

大人同士の会話でも、一方が「へ~」「ふ~ん」と流してしまって温度差がうまれることはよくある。聞いて欲しい、見て欲しいと思った気持ちが流されたり、好きなものの価値を否定されると、誰だって悲しいし、気持ちが冷める。大切な相手であれば尚更のことである。

でも。わかっちゃいるけど、関係がダれてくると、時折やってしまうよね……?(反省)

長男にとって、話を聞いて欲しい存在、宝物を見せたい存在でありたい

私はその遠足以降、今に至るまで。我が子達が公園で拾った石や枝や実を、できるだけ丁寧に受け取るようにしている。そして(ついでに)、旦那からの「今日はこんなことがあってさぁ聞いてよ~」「見て~これ面白いんだけど」もしっかり受け止めるように心がけている。

私は「へ~」や「ふ~ん」と言いながら、つまらない表情ばかりを見せてしまう様な、母や妻にならないようにしたい。それは中々難しいので、やっぱり反省してばかりなのだが。

私は長男にとって、「話を聞かせたい存在」「宝物を見せたい存在」でありたい。なぜなら、彼にも将来大切な誰かに、そう思ってもらえる存在になって欲しいと願うからだ。

大人にとって、子どもにどう見られたいかを考えることは、子どもにどう育ってほしいかを考えるのと同義だ。それは、先生も親も同じなのだと思う。

幼稚園の先生は、愛情表現のプロフェッショナルだ。それがお仕事で、子どもに安心感を与える言動を日々積み重ねている。

もちろん幼稚園の先生と保護者の私とでは、立場が違うし、出来ることも違う。だからこそ私は、親として。これからも子どもに対するわたしの見せ方、見られ方を意識していきたい。

最後に。

長男へ。卒園、おめでとう。そしてお世話になった先生方へ。3年間、ありがとうございました。長男も私も、せんせいたちのことが、ずっとずっとだいすきです。

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