アトムが象徴するものとは...? 今こそ観るべきワケ。Netflixアニメ『PLUTO』徹底考察&解説レビュー

アトムが象徴するものとは...? 今こそ観るべきワケ。Netflixアニメ『PLUTO』徹底考察&解説レビュー

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  • 更新日:2023/11/21
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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

手塚治虫の原作『20世紀少年』を手がけた浦沢直樹がリメイクした『PLUTO』(プルートゥ)。2003年から2009年まで連載し、多く人を魅了した漫画がNetflixにてアニメ化された。今回は、本作の魅力、政治的なメッセージを読み解くレビューをお届け。(文・すずきたけし)<あらすじ キャスト 考察 解説 評価 レビュー>
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【著者・すずきたけしプロフィール】
ライターー。『本の雑誌』、文春オンライン、ダ・ヴィンチweb、リアルサウンドブックにブックレビューやインタビューを寄稿。元書店員。書店と併設のミニシアターの運営などを得て現在に至る。

●手塚治虫×浦沢直樹の伝説の漫画をアニメ化

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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

アニメ『PLUTO』を見た。原作は浦沢直樹の同名コミックで、手塚治虫の『鉄腕アトム』のエピソード「地上最大のロボット」を現代的にアレンジしリメイクした人気漫画である。

舞台はロボットが人間と同じ権利を有した世界。ロボット産業により発展したペルシア王国は周辺諸国に侵略戦争をしかける。

大国であるトラキア合衆国はペルシア王国が大量殺戮ロボットを保有しているとして主張し調査団が派遣されるが、大量殺戮ロボットの保有は認められず、果たしてペルシア王国とトラキア合衆国のあいだに戦争が勃発。

そして第39次中央アジア紛争で国連平和維持軍として派遣されたのはモンブラン、ゲジヒト、そしてアトムなど世界最高の7体のロボットたちだった。

しかしその4年後、平和維持軍に参加したモンブランが森林火災の現場で何者かに破壊される。

その後、同じ平和維持軍に参加したロボットたちや人間の関係者も次々と殺害されていくが、それぞれの現場には頭部に角をあしらった被害者の姿が残されていた。

ユーロポールのロボット刑事ゲジヒトは謎の連続ロボット破壊と殺人事件の謎を追って捜査を開始する。

●アメリカ同時多発テロで顕在化した「憎しみの連鎖」

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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

本作は一見してわかるように現実の世界情勢を作品舞台に反映させている。

原作漫画の連載が開始した2003年は、アメリカから大量破壊兵器保有の疑惑を向けられたイラクとアメリカ主導による多国籍軍による「イラク戦争」が勃発した年でもある。

本作のペルシア王国は、“大量殺戮ロボット”の保有が疑われるという点で、当時のイラクと重なる。

また連載当時、日本では小泉政権により「イラク特措法」が成立。人道的復興支援として自衛隊を「非戦闘地域」に限定して派遣した。

これも国連平和維持軍として参加するものの、実際の軍務にはつかず、平和の象徴としてアイドル扱いされる本作のアトムの描写と重なる。

このように『PLUTO』は、50年以上前に発表された作品である『鉄腕アトム』を原作にしているものの、アメリカの同時多発テロにより顕在化した「憎しみの連鎖」を正面から描いている。

●人間はロボットの機能停止に涙を流せるか

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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

『PLUTO』でもっとも注目したのは、ロボット=人工知能(AI)の描き方である。注目した、というより「気になった」というほうが近いかもしれない。

『PLUTO』の世界では、ロボットも人間と同等の権利があり仕事を持ち夫婦や家族といった社会生活を営んでいる。

本作に登場するロボットたち(性能の差こそあれ)には愛情や慈しみ、そして他者への共感を持つ描写がなんの疑いもなく描かれている。作中で説明されているように、ロボットは人間の模倣をすることで、徐々に“情緒”を獲得するのだ。

なかでも印象的なのは、お茶の水博士が捨てられた犬型ロボットの不憫さに涙を流す場面である。そこで「人間はロボットに対して涙を流すことができるのか」という疑問が頭に浮かんだ。

人間は「死」に対して、身近な関係であれば二度と会えないことへの喪失感、死んでしまった人への悲しさ、無念さに共感するなどして心に哀しみが溢れるものである。

そこで『PLUTO』では、ロボットは破壊され機能停止となると人間でいうところの「死」となるが、しかしロボットなのである。破壊されてもそれまでの記憶(メモリー)は完全に消えることはないのではないかと思うのだ。

手塚治虫が「鉄腕アトム」を描いていた時代では単なる空想で済んでいた人間とロボットの関係性は、AIが人間の活動の様々な分野に広がってきた現在においてはことさら大きな意味を持つようになってきている。

●人間が人工知能に愛情を持つことの危うさ

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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

『PLUTO』でアトムの生みの親である天馬博士は完璧なロボット(人工知能)について“人工知能は作るものではなく育つものだ”と語っている。

このセリフを受けて筆者が想起したのが、映画『メッセージ』の原作「あなたの人生の物語」で知られるSF作家テッド・チャンによる短篇小説「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」(『息吹』早川書房に収録)である。

この小説のテーマは、ロボット=人工知能に人間が愛情をもつことができるのか? というものだ。

テック企業のベンチャーに転職した主人公のアナが携わる仕事は、人工知能であるディジタル生命体「ディジエント」をユーザーが育て、学習させ、成長させるサービスの開発。

「ディジエント」は知性を持ち自ら判断するユニークな生命体として育っていき、飼い主であるアナは彼(?)に確かな愛情をもつようになる。

面白いのは、この小説の作者であるテッド・チャンが、AIが感情を持つことに対して、必ずしも明るい将来を描いていないという点だ。

インタビューで彼は、本作に登場するディジタル生命体は肉体的にも感情的にも苦痛を味わうからこそ、人間はその苦痛を軽くしてあげたいと思うものだと述べている(それが結果として人工知能に対する愛情や絆を生む)。

しかし、だからこそディジタル生命体に苦痛を導入することに対しては否定的で、“苦しみを知る新たなカテゴリーは必要ない”という理由で「ディジタル生命体を作るべきではない」と語っている。

●今、『PLUTO』を見る意義

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Netflixシリーズ「プルートゥ」独占配信中© 2023 Netflix, Inc.

こうした視点に立って『PLUTO』を観ていくと、本作では当然のように人間と同じく死と喪失といった「苦痛」を持つロボットが存在するこの世界は、今の時代に描くにはもっと複雑な問題と視点をもつべきではないかという考えが浮かんでくる。

ロボット(人工知能)と人間という哲学的なテーマには現代の作品としてはいささか物足りなさを感じるものの、「憎悪の連鎖」というテーマは、不幸にもパレスチナのイスラム組織・ハマスとイスラエルの戦闘が続いている現実に真っすぐ通じる。

「憎悪の連鎖」が現在進行形で悲劇を生み出し続けている今、アニメーションとして生まれ変わった『PLUTO』を見ることで学べることは少なくないはずだ。

(文・すずきたけし)

【作品概要】
監督:河口俊夫
原作:『プルートゥ』(小学館ビックコミックス刊)浦沢直樹、手塚治虫
制作:長崎尚志
キャスト:藤真秀、日笠陽子、鈴木みのり、安元洋貴、山寺宏一、木内秀信、小山力也、宮野真守、関俊彦、古川登志夫、津田英三、朴璐美(朴ロ美/朴路美)、羽佐間道夫、山路和弘、田中秀幸、堀内賢雄
キャラクターデザイン:藤田しげる
クリエイティブアドバイザー:浦沢直樹
エグゼクティブプロデューサー:丸山正雄、真木太郎、山野浩史
音楽:菅野祐悟
協力:手塚プロダクション
アニメーション制作:スタジオM2
制作プロデュース:ジェンコ

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