《国松長官狙撃事件の闇》現場から消えた“長身の男”...オウム信者の「拳銃スケッチ」は秘密の暴露だったのか

《国松長官狙撃事件の闇》現場から消えた“長身の男”...オウム信者の「拳銃スケッチ」は秘密の暴露だったのか

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/17

「フランス映画のワンシーンのようだった」。目撃者には、その瞬間の鮮烈な印象だけが残っている。1995年3月30日、警察庁長官・国松孝次を狙撃した長身の男は、黒コートを翻して自転車で走り去った。2010年に時効が成立して、迷宮入りが確定した平成最大のミステリー。捜査迷走の原因を作ったのは、狙撃を自供したオウム真理教信者だった元警官の存在だ。「時効捜査 警察庁長官狙撃事件の深層」の著者、竹内明氏(現TBS報道局長)が葬り去られた捜査資料を紐解くと、そこには組織が抱える闇が広がっていた。

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出典:「文藝春秋」2011年12月号(※肩書・年齢等は記事掲載時のまま)

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「池田さん。公安部のマスコミ発表のことで一言いいたいのですがね……」

2011年2月下旬、気を許しあった仲間の宴席が一瞬、張り詰めた。警察庁昭和51年入庁組の数人が集まった同期会で、伊藤茂男が突然、警視総監・池田克彦に詰め寄ったのだ。

宴会のタイミングが悪かった。警視庁はこの直前、「警察庁長官狙撃事件」の捜査に関して、「初動捜査や供述の裏づけ捜査に不備があった」とする「検証結果」を公表していたからだ。

既に警察を退官している伊藤は、狙撃事件発生時の警視庁公安部参事官。その後も公安部長を務めるなど、狙撃事件捜査に最も深く関わった警察キャリアだった。

「警視庁は捜査に関わった100人から聞き取りをしたうえで、初動捜査に問題があったと発表したようだが、私は一度もヒアリングを受けていない。ほかの捜査幹部にも何人か問い合わせたが誰にも話を聞いていないみたいだぞ」

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国松孝次警察庁長官が撃たれた自宅マンション付近を調べる捜査員 ©時事通信社

捜査の中心を担った公安部幹部から聴取せずに「検証」と称するのは、国民への背信だと、伊藤は指摘したのだ。

「私たちが批判を浴びるのは仕方が無い。しかし15年経過したものを、書類だけで検証するのは、いかがなものか。これは欠席裁判じゃないか!」

適正なプロセスも踏まず、迷宮入りの原因を、「初動」や「裏づけ」に帰結させるのは、あまりに稚拙で、現実を直視していない。宴席での一部始終を聞いた筆者は、捜査検証結果が象徴する「組織の独善」こそが、捜査失敗の本質だったのかもしれないと、改めて感じたのである。

元巡査長からの電話

元公安一課長の栢木(かやき)國廣は2010年4月の定年退職後、意外な人物からの電話を受けた。

「栢木さん、お元気ですか?」

電話の主は、かつて狙撃を自供した警視庁の元巡査長だった。地元の自動車工場の部品生産ラインで夜間工として働いているはずだ。

「ああ、なんとか頑張っているよ。君こそ元気にやっているのか?」

「大丈夫ですよ。栢木さん、酒でも飲みたいですねー」

場違いな軽さと人懐こさが混在する語り口だった。

「そうだな、落ち着いたら会おう」

栢木は気持ちを鎮めて電話を切った。

狙撃供述を始めた元巡査長を軟禁状態のまま取り調べ、その後、時効まで捜査を続けた栢木は、一つの結論に到達していた。――元巡査長は狙撃に関わっている。警察官の立場を利用して現場下見を手伝い、オウム幹部が狙撃を実行する前後は拳銃を預かっていたに違いない――。

時効が成立した2010年3月、栢木は狙撃事件捜査を担当する公安一課長として、ぎりぎりまで元巡査長のもとに通い、真相を語るよう説得し続けた。だからこそ元巡査長からの酒の誘いは、嘲笑されているかのようで、悔しさが沸々とこみ上げてきたという。

捜査を惑わせた「拳銃と弾丸のスケッチ」

15年間の捜査は、元巡査長の「狙撃供述」が分岐点だった。

「拳銃と弾丸のスケッチを見て、俺はヤツの犯行だと確信してしまった」

特捜本部のある捜査員は、供述の信憑性を裏打ちし、百戦錬磨のベテランたちを妄信させたのは、元巡査長が描いた1枚のスケッチだったと明かす。

筆者が入手したA4判の紙に描かれているのは、長い銃身の回転式拳銃と特殊な弾丸。作成者として元巡査長の名前が書かれ、拇印が押されている。これが狙撃に使った拳銃だというのだが、あまりにも精巧なデッサンだ。さらに驚くのは元巡査長による解説だ。

「銃身、角ばった感じ。にぶい銀ねずみ色。横から見ると幅がある」

「弾丸、濃い緑色のコーティングの様な感じ。先端部分が凹んでいたと思う」

銃把、弾倉、マーク、弾頭、薬莢の別に、詳細な注釈が加えられているのだ。銃身の上下が逆になっているが、コルト社の名機パイソン8インチと殺傷能力を高めたホローポイント弾そのものだった。

「作成日を見ろ。公安部による謀略だ」

実は栢木も、元巡査長が狙撃を自供した当初、拳銃を描かせたことがあったが、彼が描いて見せたのは、下手糞な自動式拳銃の絵だった。だが、新たな取り調べ班のもとで作成されたこのスケッチを見たとき、栢木は「弾頭の色こそが秘密の暴露だ」と思ったという。弾頭が「濃緑色」にコーティングされていたことは栢木自身も知らない事実だったからだ。栢木もまた、スケッチによって確信を深めた一人だったのだ。

それにしても、人の記憶がここまで詳細に残っているものなのか。別の捜査員は、このスケッチの背景をこう解説する。

「これは一部の幹部がモデルガンを見せて描かせたデッチ上げだ。弾丸の形も吹き込んだのだ。作成日を見ろ。軟禁状態での取り調べが明らかになった直後だろう。公安部による謀略だ」

作成日は事件発生から1年7カ月後の1996年10月30日。警視庁公安部が元巡査長を、違法な軟禁状態で取り調べていたことがマスコミ報道によって発覚した直後のことだ。

スケッチは、軟禁状態での取り調べの正当性を主張するだけでなく、元巡査長の狙撃供述をはじめて知った捜査員の怒りを沈静化させ、オウム以外のルートを一切探らせないという二重三重の効果を発揮した。

「元巡査長を実行犯に仕立て上げるための強い意志が働いていた。組織防衛のためなら情状酌量の余地はあるが、真実の隠蔽のためなら犯罪だ」

現場の捜査員は、憤懣やるかたない様子で語る。

北朝鮮工作員「W」の動向

特捜本部拳銃捜査班は、拳銃と弾丸の種類を特定するため、射撃実験を繰り返した。明らかになったのは、国松長官に命中した3発の弾丸は、既製品ではなく、改造品であるという事実だ。

狙撃に使われたのは、米フェデラル社が製造した「357マグナム」と 「38スペシャル+P」のいずれかと見られている。ホローポイント弾頭の表面にナイロンコーティング加工が施された特殊な弾丸だ。

科警研などが弾頭の速度や火薬痕を分析した結果、いずれにも合致しないことが判明。命中精度を高めるために、火薬量を微調整した「ハンドロード」であることが明らかになったのだ。

「これは訓練を積んだヒットマンの犯行だ。朝鮮人民軍バッジが現場に残されていたのだから、北朝鮮による犯行の可能性を捜査すべきだ」

特捜本部で、こうした声を上げた捜査員はごく少数だった。

筆者が取材を進めると、一部の捜査員が、北朝鮮工作員の動向を密かに洗った痕跡が残されていた。特に、国家科学技術委員会、朝鮮芸術家代表団の肩書きで、日本を頻繁に出入りしていた「W」なる人物について、詳しい記録が残されていたのだ。

「W」に関する「基調報告」には、平壌市の行政委員会、経済委員会の指導員などの経歴と来日歴が列挙されたうえ、次のように記載されていた。

「詳細は不明なるも三号庁舎の工作員と認められる」

「対外連絡部部長(当時)・姜周日が万景峰号で横浜港に入港し、朝総連(ママ)幹部が訪船した際に同席」

「三号庁舎」とは、朝鮮労働党の工作機関の総称で、このうち「対外連絡部」は、工作員の養成と外国への潜入を担当する機関だった。

基調報告によると、北朝鮮工作員 「W」が狙撃事件の直前・直後に、正規ルートで来日した形跡はなく、半年後に、国家科学技術委員会の肩書きで日本に入国した記録があるだけだ。だが、「W」が過去、一緒に来日した北朝鮮の商社の代表者団が、狙撃事件の2日前にも来日したことがわかった。

このほか、狙撃事件の2週間前、北朝鮮の貨客船・万景峰号が船底を浅瀬で擦ったとして、広島県内の造船所で点検を受けたことも明らかになった。これだけなら単なる接触事故だが、実は浅瀬で「ソナー」を作動させた際に岩礁に衝突したとの分析もあった。ソナーは軍事用で、工作員との通信にも使用可能な代物だった。

「ハンドロード」と「北朝鮮工作員W」、これらの情報は上層部に報告されないまま、捜査は中止に追い込まれた。

「平成最大のミステリー」を生み出したもの

警視庁公安部は、2010年3月の時効成立当日、元巡査長やオウムの元幹部らが犯行に関わった可能性が高いとする捜査結果をマスコミに公表した。

「組織は真相を覆い隠すために、オウムと元巡査長の捜査に固執したのではないのか。俺たちは15年間利用されたんだ」

多くの捜査員が解明しようもない謎を抱えたまま、警察官人生を終えた。

現場の捜査員をして「負け犬の遠吠え」と言わしめた、時効当日の発表が批判を浴びると、今度は「地検幹部の指示があって発表したのだ」との情報を流布しはじめた。だが、筆者がいくら取材を重ねても、地検幹部は最後まで反対したという事実しか出てこない。

もう明らかだろう。捜査失敗の本質は、真実を躊躇(ためら)うことなく捻じ曲げる組織の体質にある。秘密を盾にした嘘と隠蔽の積み重ねこそが、「平成最大のミステリー」を生み出したのである。(敬称略)

(竹内 明/文藝春秋 2011年12月号)

竹内 明

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