【帯広刑務所編】北国の遅い春、緑の爆発と短い夏、そして秋———塀の中の運動会《懲役合計21年2カ月》

【帯広刑務所編】北国の遅い春、緑の爆発と短い夏、そして秋———塀の中の運動会《懲役合計21年2カ月》

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  • 更新日:2020/09/16

元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました。実刑2年2カ月!
帯広刑務所に「遅い」春が来た! 北の大地の風景に身を委ねる懲役たちの四季の歌。そんな叙情に生命の息吹を感じるじんさんだった。

■北国の遅い春に咲くたんぽぽ

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イラスト:さかはらじん

季節も初夏に入ると、刑務所の日の当たらないところで凍結していた頑固な根雪もすっかりけて、 その汚く黒ずんだ姿を地上から消してしまうと、グラウンドでの運動が再開される。

柔らかな、北の春の陽が射し込むある日の午後、ボクたち印刷工場の懲役は、半年振りにグラウン ドの土を踏むことができた。足の底に触れる大地の柔らかな感触を味わいながら、やっと訪れた北国の遅い春に思いっきり息を吸い込んで、大きく身体を伸ばす。

グラウンドには辺り一面、タンポポの花が黄色い絨毯を織り敷き始め、みずみずしい白樺の緑が、ランニ ングをするボクの心を惹(ひ)きつけるかのように輝いている。

ボクは門野や佐々山たちと他の懲役たちが野球に興じている外野の外側を大きく廻って、芝や土の 感触を踏みしめながら走る。

塀の外では、冬の間、黄葉して汚い姿となっていた唐松の針状の葉が若々しい鮮やかな緑色になっ て、真っ青な空と鮮やかなコントラストを描いていた。

北の大地では、遅い春になると一斉に植物が芽吹き始める。それは緑の爆発といったような感じで 、力強い、漲(みなぎ)るような生命力を感じさせてくれるのだ。

この頃、ボクは三級から二級へ累進を果たし、かねてから申し込んであった独居へ転房していた。

塀の中の停滞しているかのような時間の流れ。その流れの中に身をおくことはボクにとって、欠かす ことのできない天の母が与えてくれた至福の時間だった。四角い塀の中……、それは、ボクにとって母の子宮であり、養分を与えてくれる母の胎内であった 。

聡明だったと聞く母をボクはこうして感じていた。それがボクのめだった。
独居の四角い窓に映る景色の中に、蕾(つぼみ)を膨らませた桜の木がある。まるで、額に納まった一枚の絵の ような感じだ。
そんな桜の木を見てボクは、「まだ咲かぬ桜に心奪われて……」と詠(よ)み、桜のが弾けるのを楽しみに しながら日々を過ごしていた。

そんな北の春も、桜が開花すると、林芙美子が「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と詠(うた)った ように、あっという間に美しく、儚い命は散っていき、季節は夏へとうつろってゆく。
グラウンドでは運動会の練習が始まり、9月に入ると、その運動会が開催された。

◼︎塀の中の運動会の華——400mリレー

400メートル・リレーのメンバーは、一番手が無銭飲食、二番手はシャブ中、そして三番手にコンビニ強盗、四番手がドロボーといった、実にバラエティに富んだ罪名の懲役たちが揃っていた。

第一走者が頭にキリリッと鉢巻きを締め、真剣な表情でスタートラインに立つと、「パーン」とい う合図の音とともに一斉にスタート。我が印刷工場の第一走者である無銭飲食は見事なまでに完璧な フォームで腕と脚が上がり、どの走者よりも美しい走り方だったが……、なぜかドンケツだった。

ところが二番走者のシャブ中がバトンを受け取るや、見る見るうちに差を縮め、一人抜き二人抜き し始めた。
これには印刷工場の懲役たちが興奮してしまい、まるで「さすらいのギャンブラー」たちが競輪場 や競馬場で券を握りしめて熱くなっているような形相で、
「行けェ! 行けェ! それ抜けェー!」

目を吊り上げ、口角泡を飛ばし、顔面に青筋を浮き上がらせて絶叫する。
そんな中、旅慣れた懲役の一人(昔、啖呵売をしていたという香具師(やし)のシャブ中のオッサン)が実況中継 を始めた。

「抜きました!また一人抜きました! 覚せい剤中毒患者、今、下着ドロボーを抜いて二位です!速 い、速い!脚が速い! まるで借金取りに追われている債務者のようです!」

などと、昔の府中刑務所の運動会をとさせるかのような、当意即妙な台詞で場面を盛り上げるので 、ボクは腹を抱え、喉チンコを震わせて笑ってしまった。
一気に四人を抜いたシャブ中は、コンビニ強盗にバトンタッチ。デカい図体のコンビニ強盗が、これまた鬼のような形相で刺青の入った腕を振り上げ、ドタバタといった感じで走り出す。

先頭の走者とは数メートルしか離れていない。このままバトンをドロボー界のブルース・ウィリス を自認する西に渡せば、勝てたかもしれなかった。しかし、コンビニ強盗は最終コーナーを曲がって 、あと十数メートルというところまで来たとき、コンビニの外でつまずいて捕まったときと同じよう に、なぜか、ここでも転んでしまう。

閻魔の庁で罪人が閻魔大王に会ったとき、極楽浄土へ行けたはずの八尾(やお)地蔵の手紙をくしたために、閻魔大 王に地獄へ蹴落とされてしまったかのような運の悪さである。
このようにして運動会は終わり、印刷工場は入賞には遠く及ばなかった。

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(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)

さかはら じん

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