人類進化の年代を測る科学のモノサシ「年代測定法」が明らかにしてきたものとは

人類進化の年代を測る科学のモノサシ「年代測定法」が明らかにしてきたものとは

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/12/06
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人類の進化を理解するための最大の情報源は、人骨の化石です。化石を古い順番に並べていくことで、人類の顔や体の構造がどのように変化してきたのか、あるいはどのような環境の変化に対応してきたのかを読み解くことが可能となります。それでは、どのようにして化石の順番を決めればよいでしょうか?

同じ場所で出土した化石ならば、下の地層のほうが古いという地質学の原理を応用できます。あるいは、一緒に出土する動物の化石が手がかりになるかもしれません。しかし、その地層や化石が何万年前のものであるかを知るためには、どうすればよいのでしょうか?

こうしたときに化石や遺跡の年代を決定する方法を、年代測定とよびます。人類進化学史上、ポイントとなった年代測定法のいくつかについてお話しします。

天然の砂時計「放射性同位体」

放射性元素には、砂時計のように時間を測ることに応用できるという性質があります。ウランやカリウム、炭素などといったさまざまな放射性元素が、年代測定で利用されています。

放射性元素というのは、不安定な原子核が放射線をだしながら別の元素に変化する性質をもつ元素のことです。物質を構成している元素の内部には原子核と電子が存在します。さらに原子核の内部には、正の電気を帯びた陽子と帯電していない中性子という2種類の粒子が含まれます。そして、同じ元素中に存在する、重さ(原子核に含まれる中性子の数)が異なる原子を同位体とよんでいます。

炭素や酸素といった元素の化学的な性質は、原子核の周りを飛び回っている電子の数で決まります。同位体では、原子核の重さは異なりますが、電子の数は同じなので物質としての性質には違いがありません。しかし、中性子の数が増えていくと、原子核が安定でいられる条件が少しずつ崩れていきます。不安定になった原子核は、原子を構成する粒子を放出しながら違う元素に変化していきます。このような現象のことを放射壊変といい、この崩壊で飛びだしてくる粒子のことを放射線とよびます。

ある放射性元素がいつ放射壊変するのかを、物理的に予想することはできません。しかし、放射性元素を集団で見てみると、ある統計的な法則があることが知られています。どの元素が崩壊するかはわからないのですが、集団で見てみると一定の時間で半分が壊変するというおもしろい性質です。それぞれの放射性元素には、半分になる特有の時間があるので、この時間を半減期とよんでいます。

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ウランの壊変系列のイメージ illustration by saori yasutomi

人類の歴史を測るための"精密スケール"

放射性元素の半減期には、数十億年という長いものから、数秒の短いものまであります。ウランやトリウムといった半減期の長いものは、数十億年単位の岩石の年代決定には有力な道具になります。しかし、数百万年という単位の人類の進化を調べるには、もっと半減期の短い、精密なものさしが必要です。そこで着目されたのが、半減期12.5億年のカリウム40と、それに由来するアルゴン40の組み合わせによる「カリウム・アルゴン法」です。

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カリウムの蓄積 illustration by saori yasutomi

アルゴンは気体なので、岩石が溶解していると大気へと放出されます。そのため、どろどろの溶岩が固まってできた火成岩には、もともとアルゴンがほとんど含まれていません。すなわち、火成岩の結晶に含まれているアルゴン40は、岩石ができてからカリウム40の放射壊変によってできたものだと考えられるのです。カリウムは岩石や鉱物に広く存在する元素なので、いろいろな試料で分析できることも好都合です。

カリウム・アルゴン法による年代測定は人類の進化に関して多くの情報を与えてくれました。1959年にオルドヴァイ渓谷で見つかったパラントロプス・ボイセイに、175万年前という年代を与えたのがこの測定法です。この年代値によって、東アフリカが人類進化の中心地として一気に注目を集めたのです。

KBS凝灰岩の年代をめぐる議論

ケニア北部のクービ・フォラは、これまで数多くの人類化石が発見され、その研究ではカリウムとアルゴンによる年代測定は重要な役割を果たしました。

とくにKBS凝灰岩とよばれる堆積の下層からは、保存状態のよいホモ・ハビリスやホモ・ルドルフェンシスの化石が発見され、上層からはホモ・エルガスタとパラントロプス・ボイセイが見つかっており、東アフリカの初期ホモ属の進化を考える上で、KBS凝灰岩はまさに鍵となる地層と考えられるようになりました。

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KBS凝灰岩の層は人類進化学の鍵とされた photos by gettyimages

しかし、1970年にロンドン大学のフィッチたちによって測定されたKBS凝灰岩の最初の年代は、火山灰の軽石や長石の分析から、261万年前という年代値を得ました。

この年代が本当ならば、それよりも下層から出土したホモ・ルドルフェンシスはもっと古い年代になるはずです。KBS凝灰岩の年代にもとづいてホモ属が誕生したのは290万年前ごろだろうと推定され、その年代をもとに初期ホモ属の進化が議論されはじめたのです。しかし、年代の研究が進んでいたオモ川の動物相との対比から、この年代は少し古すぎるのではないかという反論がなされました。

1975年、アメリカのカーティスらは、カリウム・アルゴン法による160万年前と182万年前という年代値を示した一方、岩石に含まれるウラン238によって結晶につくられた飛跡を数えることで年代を決定するフィッション・トラック法では244万年前というフィッチらの値を支持する結果を示しました。

その後、1980年カーティスによるふたつのカリウム・アルゴン年代は、カリウム測定不備による不正確な年代が含まれていることから180万年前と訂正されるとともに、187〜189万年前という分析結果が発表されるにいたり、現在では微量で測定できるようになったアルゴン・アルゴン年代測定による188万年前という年代値を裏付けとして、KBS凝灰岩層の年代として認められています。

年代値決定までの迷走、原因は?

それでは、どうして間違った古い年代が正しいものだと考えられたのでしょうか?

ひとつは、フィッション・トラック法で飛跡の認定やウラン238の崩壊定数などに研究者間の統一がとられていなかったなど、年代測定の方法に未熟な側面があり、先に発表された年代値に引きずられる解釈をしてしまったことがあげられます。

さらに、KBS凝灰岩と考えていた試料が、実は異なる火山灰に由来したことも明らかになりました。測定精度の向上だけでは、正確な年代を得ることができないというよい教訓です。その後、アルゴン・アルゴン年代測定では、レーザーを用いて結晶ひとつひとつのアルゴン同位体比を測定する単結晶レーザフュージョン法が実用化され、より信頼性の高い年代を得ることが可能になりました。

しかし、どのような試料が適切かということと、異なる年代測定方法の実際と限界をよく理解した上で総合的なアプローチをすることが年代決定では重要であることを、この論争は教えてくれます。年代測定にかかわる諸科学は、まさに「年代学」というべき複合領域を形成しているのです。

解剖学的現代人とネアンデルタール人

1930年代に、イスラエルのカルメル山にあるスフール洞窟で、中期旧石器という古いタイプの石器をもった現代人(ホモ・サピエンス)の化石が発見されました。

ヨーロッパでは、中期旧石器はネアンデルタールが使った道具だと考えられていました。同じイスラエルでも、タブーン洞窟やケバラ洞窟、アムッド洞窟からはネアンデルタールの化石が発掘されましたが、彼らの道具はスフール洞窟の現生人と同じ中期旧石器だったのです。

そこでスフール洞窟の化石は、ネアンデルタールから進化した最初の現代人と位置づけられ、同じイスラエルのカフゼー洞窟で見つかった化石とともに「解剖学的現代人」とよばれるようになりました。

イスラエルのネアンデルタールの年代は約6万年前、解剖学的現代人は約4万年前のものと推定され、西アジアで独自にネアンデルタールから現代人に進化した証拠だと考えられました。ヨーロッパでも、独自にネアンデルタールから現代人が進化したと考えられており、これはさまざまな地域で現代人が独立に進化したという「多地域進化説」の証拠と考えられたのです。

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ネアンデルタールの分布(上)と解剖学的現代人の年代。拡大画像はこちらillustrations by saori yasutomi

衝撃の事実をたたき出した熱ルミネッセンス法

しかし、新しい年代測定方法による1987年に発表された結果は衝撃的なものでした。

フランスの考古学者エレーナ・ヴァラダスと、その父である物理学者ジョルジュ・ヴァラダスが、熱ルミネッセンス法という新しい方法を使ってカフゼー洞窟から出土した石器の年代を測定したところ、10万年前のものという予想外に古い年代を示したのです。もうひとつの解剖学的現代人が見つかっているスフール遺跡の石器も、ほぼ同じ年代が得られました。

一方、イスラエルのネアンデルタールのうち、タブーンは12万年前とさらに古い年代を示しましたが、アムッドとケバラのネアンデルタールは6万年前と、現代人よりも若い年代になってしまったのです。もしも解剖学的現代人がネアンデルタールから進化したのであれば、順番が逆転することになってしまいます。

熱ルミネッセンス法の測定方法

熱ルミネッセンス法は、結晶につけられた放射線によるダメージを数える方法です。鉱物に熱を加えると蛍光を発生することは、古くから知られていました。これは、放射線によって高いエネルギー状態になっていた結晶中の電子が、熱によってもとの安定したエネルギー状態に戻るときに発生する光です。

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熱ルミネッセンス法 illustration by saori yasutomi

蛍光の量は、高エネルギーになった電子の量に応じて増加します。すなわち長時間にわたって放射線を浴びていた結晶は、より多くの光を放つことになるのです。ある結晶が熱をうけるといったんは高エネルギー状態の電子がなくなります。しかし、時間とともに宇宙や周辺の土壌からやってくる放射線を浴びて、再び高エネルギー状態の電子を蓄積します。

加熱された結晶に含まれている放射線の傷(高エネルギー状態の電子)の量と、遺跡で1年当たりに測定される放射線の量がわかれば、そのふたつを割り算することで、結晶が熱をうけてからの時間が計算できるのです。

解剖学的現代人がネアンデルタールよりも古いという結果は、すぐに受け入れられたわけではありませんでした。熱ルミネッセンス法という新しい測定法は、まだ十分に検証されていないと批判されました。

しかし、同じころに発明された電子スピン共鳴法(Electron Spin Resonance : ESR法)でも、イスラエルの中期旧石器の遺跡で両者がほぼ同じ年代を示しました。それによって、ネアンデルタールよりも前に解剖学的現代人が存在したという結果は、受け入れられるようになり、現代人の起源に関して新しい議論を生みだすきっかけになったのです。

放射性炭素と加速器質量分析

現代人の年代を調べるときにもうひとつ便利な放射性元素が、放射性炭素(炭素14)です。

1940年代後半にシカゴ大学のウィラード・リビーによって発見された放射性炭素は、5730年という半減期をもっています。これを使うとおよそ5万年前までの年代を正確に測ることができます。また、炭素は私たち生物を構成する主要元素であり、動物や植物に含まれていることから、遺跡で見つかる木炭や貝殻、動物の骨などで年代を測ることが可能です。

しかし、炭素14は、現代の炭素でも原子1兆個当たりひとつしかない非常にまれな同位体です。時間とともに減少するので、古い試料ではますます測定が困難になります。

リビーが炭素14を発見して以来、多くの場合はそこから発生する放射線(β線)を測定して、時間当たりの放射線量から炭素14の量を計算する方法が行なわれてきました。炭素1gにはおおよそ5×1022個の原子が含まれていますが、そこからβ線がでてくる割合はわずかで(1分間でおよそ14回)、精度のよい測定をするには数日から数週間が必要となるうえ、貴重な遺物から純粋な炭素を1g集めることは容易ではありません。

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【炭素同位体(上)】原子核に含まれる中性子の数は違うが、電子の数は同じ 【加速器質量分析法】炭素の結晶であるグラファイトが負の電気を帯びたイオンにされ、数百万ボルトの正の電圧に向かって加速される。加速器部分では負から正へと変換されることで、反発力が生じてさらに加速され、ひとつひとつの原子でも測定できるレベルの高エネルギーとなる。拡大画像はこちらillustration by saori yasutomi

しかし、 炭素14は原子1兆個にひとつしかない珍しい同位体ですが、現在の炭素には1g当たり500億個の炭素14が含まれます。この数を直接数えることができれば、ずっと少量の炭素でも年代を測定することが可能になります。それが加速器質量分析法です。

高電圧を発生させる加速器を使って高エネルギーにして、通常では測定できないひとつひとつの原子でも検出器で測定することを可能にしたのです。この新しい装置のおかげで、わずか1/1000gの炭素でも、年代が測定できるようになりました。

「トリノの聖骸布」はキリストを包んでいたか?

加速器質量分析法の威力が示されたよい例に、「トリノの聖骸布(せいがいふ)」の年代測定があげられます。イタリアのトリノ大聖堂に保管されている長さ4mになる麻布には、白黒が反転した人物像がぼんやりと写っています。この姿が、磔はりつけからおろされたイエス・キリストの姿に見えることから、キリストの聖なる遺骸を包んだ布であるといい伝えられてきました。

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トリノの聖骸布 photo by gettyimages

1987年にこの麻布から数cm四方の布が切り取られました。この試料は3つに分けられ、厳重に封印をした上で、イギリスのオックスフォード大学、アメリカのアリゾナ大学、そしてスイスの連邦工科大学という3つの加速器質量分析の研究室に送られました。

そしてそれぞれの研究機関で得られた年代測定の結果は、西暦1260年から1390年のわずか130年の幅におさまったのです!

この結果は、歴史上の記録に聖骸布が登場する時期と一致します。もしも本当にキリストを包んだ布ならば、約2000年前の年代になるはずです。もちろん宗教的な価値がこの年代測定の結果で否定されたわけではありませんし、どのようにして影が反転した像が布に描かれたのかは大きなミステリーです。

しかし、新しい年代測定の方法によって、この人物像がキリスト本人であった可能性は低いことが明らかになり、加速器質量分析法の威力が広く知られるようになりました。

*記事中のイラストには、『図解 人類の進化』収載のものがあります。イラストレーター・安富 佐織(Saori Yasutomi)

図解 人類の進化 猿人から原人、旧人、現生人類へ

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編・著 斎藤 成也/著 海部 陽介、米田 穣、隅山 健太

化石や遺伝子の研究から、われわれ人類の進化の過程が明らかになってきました。第一線の研究者たちが、進化の基礎からゲノムの話題まで、豊富なイラストを使って、初心者にもわかりやすく解説します。2009年に刊行した『絵でわかる人類の進化』に加筆修正した新書版。

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