ベネチア銀獅子賞『スパイの妻』黒沢清監督、世界の評価は「心の支え」

ベネチア銀獅子賞『スパイの妻』黒沢清監督、世界の評価は「心の支え」

  • シネマトゥデイ
  • 更新日:2020/10/16
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『スパイの妻』の黒沢清監督

映画『スパイの妻<劇場版>』で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した黒沢清監督。これまでカンヌ国際映画祭をはじめ世界的に高い評価を受けてきた名匠だけに、今回の栄誉は「驚き」よりも「当然の結果」として受け止める映画ファンも多いことだろう。「日本ではなかなかヒット作が生まれない」と嘆きながらも、「世界で評価をいただいていることが心の支え」と語る黒沢監督が、受賞の喜びとともに、本作に込めた思い、さらには制作にまつわるエピソードなどを振り返った。

本作は、2020年6月にNHK BS8Kで放送された同名ドラマを色調やサイズを劇場用に再構築したサスペンス映画。太平洋戦争開戦間近という激動の時代を舞台に、スパイの容疑をかけられた夫婦の葛藤をスリリングに描く。蒼井優高橋一生が『ロマンスドール』(2020)に続いて夫婦役を務め、東出昌大笹野高史坂東龍汰恒松祐里らが脇を固める。なお、黒沢監督が教授を務める東京藝術大学大学院映像研究科出身の濱口竜介(『寝ても覚めても』『ハッピーアワー』兼監督)と野原位(『ハッピーアワー』)が同監督と共同脚本を手掛けている。

世界で愛される黒沢監督

日本人監督が銀獅子賞を受賞したのは、『座頭市』の北野武監督以来、実に17年ぶりの快挙。「ラッキーでした」と謙遜しながらも、その表情は喜びで満ちている。今回の受賞の手応えについて黒沢監督は、「映画祭に行っていないので、観客やジャーナリストの反応はよくわかりませんが、現地の知り合い数人とリモートで話した限りでは、一種のジャンル映画のような形式で戦時下を扱った日本映画を初めて観たと。しかも、時代考察や美術、衣装、セリフ回しなど、ここまで本気で作った娯楽映画は、最近ほとんど見かけなくなったと言っていたので、新鮮で珍しかったのかもしれませんね」と分析する。

加えて、黒沢監督が世界の映画ファンから愛されていることも大きな勝因の一つだろう。ベネチアにも熱狂的なファンが大勢いるようで、いまだに「ホラー映画を撮ってください、大好きなんです!」と声をかけられるのだとか。「でも、うれしいことですよね。日本ではなかなかヒット作が生まれないのですが、世界に目を向けると、案外多くの国の方々が僕の映画を観てくださっている。これは非常に心の支えになっているんです」と思いをかみしめる。

2人の教え子が共同脚本で真価を発揮

今回脚本は、黒沢監督の単独ではなく、大学院の教え子でもある濱口と野原との共作。そもそも喫茶店での雑談がきっかけだったという。「1940年代前半の日本を舞台にしたドラマを何か作ってみたい、というようなことを漠然と話していたら、それを彼らが汲み取って考えてきてくれたのが『スパイの妻』でした。完全オリジナルストーリーで、ものすごく面白かったですね。ただ、これをこのまま撮影したら3時間を越える大作になるので、それを少し整理させていただいたのですが、僕の仕事はせいぜいそれくらい。脚本に関しては、まさに濱口と野原のおかげです」と教え子の奮闘に称賛を送る。

そして、完成した秀逸な脚本は、『贖罪』(2012)や「降霊 KOUREI」(1999)といった作品と同じように、まず、テレビドラマとして制作され、その後、劇場で公開された。「僕の中では、それほど特別なことだという認識はないんですね。少なくとも制作中は、これはテレビだからとか、これは映画だからとか、そういう区別は全くありません」と強調。さらに再編集もほとんどなく、作業は8K映像の劇場版への変換のみ。「今回は、8Kの素晴らしい映像を映画館で上映するためのフォーマットに変換しなければならなかったのですが、これが意外と大変だった。ボタンをポンと押すだけで変わるものではないので、『映画』としての色合いや画質を出すために、かなり苦労しましたね」と振り返った。

俳優は舞台に近い精神状態で熱演

8Kの高密度な映像は、ごまかしが効かない。特に今回は戦時下の歴史が絡むだけに、時代考察からロケ地、衣裳、美術、セリフ回し、すべてにこだわり、完璧なものを目指さなければならなかった。ところがそのこだわりが、役者魂に火をつける。「最初から狙ったわけではないのですが、決まったスペースの中で完璧にセットが整っていくと、こう言ってはなんですが、『ちゃんと撮らなきゃ』という気持ちに強くなってくる。そして俳優も、舞台に近い精神状態になってきて、どんどん緊張感が増していくんです」

撮影2日目、妻の聡子に問い詰められた夫の優作が、長々とスパイになった経緯を白状する長回しのシーンは、まさにそれを象徴する最大の見せ場だ。「もちろん、2人の力量はわかっていましたが、やはり素晴らしいものがありましたね。特に高橋さんの長ゼリフは、周りも緊張するほど大変だったと思いますが、ものすごい集中力で、2~3回のテストでスッと本番に行けた。『もうこのペースで行けば大丈夫』と確信できたので、その後の撮影もスムーズにこなすことができました」と述懐した。

蒼井も高橋も、映画の教養がベースにあり、「脚本を読んだ段階で、本作の意図を瞬時に汲み取ってくれた」と笑顔を見せる黒沢監督。舞台は疑心暗鬼渦巻く狂乱の時代。まるでタイムスリップしたかのように、8Kの美しくも激しい映像世界がリアルに迫りくる。(取材・文:坂田正樹)

映画『スパイの妻<劇場版>』は全国公開中

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