新横綱照ノ富士「品格」と「力量」追求 記録ではなく生き方で「見本に」

新横綱照ノ富士「品格」と「力量」追求 記録ではなく生き方で「見本に」

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2021/07/21
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横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

◇   ◇   ◇

描いた横綱像を、照ノ富士はよどみなく言葉で表現した。協会の使者を迎えた午前9時31分。両手、両膝をついたまま昇進の報告を受け、口上を述べた。

「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます。本日は誠にありがとうございました」

「不動心」。両膝のケガなどで番付が転がり落ちたときは「引退」の2文字が何度も頭をよぎった。「いろんなことがあったけど、何事にもぶれない精神を持ってこれからも頑張っていきたいという思い」。

横綱の「品格」と「力量」も追求する。「記録とかじゃない」と照ノ富士。実績ではなく「生き方」こそ、横綱の品格とイメージしているという。「横綱という地位がどういう地位か理解して、みんなの見本になるような横綱でいたい」。大関復帰を決めた3月以来、4カ月ぶり3度目の口上。自己採点は「自分の中では満点」と胸を張った。

本来なら伝達式の翌日に新しい綱を作る「綱打ち」、その翌日に東京・明治神宮で奉納土俵入りが行われるのが通例。コロナ禍のため、奉納土俵入りは未定で照ノ富士も「まだ感情が沸いていない」と実感できずにいるが、師匠と同じ「不知火型」の土俵入りが伝授されることも決まった。

新横綱場所で賜杯を抱けば、17年春場所の第72代横綱稀勢の里(現荒磯親方)に続く。「常に言っている通り、その日の一番に全力をかけて頑張りたい」。最高位に就いても、照ノ富士の謙虚さは変わらない。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。初優勝した15年夏場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。得意は右四つ、寄り。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 横綱は、大関にはないものを求められ、今まで以上に多くの期待や重圧と闘わなければならないと思うが、これからもその強い精神力と今までの経験を糧に乗り越えていって欲しい。綱の重みをしっかりとかみしめて、立派な横綱になってくれることを期待している。

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