「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら...

「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら...

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

「オラッ! オラッ! 殺されたいんか?」白昼、公園から罵声が聞こえてきた街の“1泊1200円”宿に泊まってみると……から続く

【画像】筆者が働いた西成の写真を全て見る(15枚)

筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。

元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った、國友公司氏の著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて4万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。

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街の中心部にある公園(筆者提供)

◆ ◆ ◆

ついに飯場へ向かう

数日後、私は再びあいりんセンターへ足を運び、求人の募集を眺めていた。すでに西成へ来て1週間が経とうとしているが、覚えていることといえばシゲとアダルトビデオを見たことくらいだ。宿泊しているドヤの強烈なカビとハウスダストにやられ、鼻はコンクリートでも流し込んだかのように詰まり、耳はほとんど聞こえなくなった。南京虫は出るし本当にインドの安宿みたいなところである。しかし病院で検査をしたところ異常なし。職業を聞かれたときは一体何と答えればいいものか迷ったが、処方された薬でなんとか日常生活ができるようになった。

今日は契約型の仕事に加え現金型の募集もいくつか出ている。まずは1日だけ現金型の仕事をこなして飯場行きはもう少し先延ばしにしようか。いや、わざわざ死に急ぐこともない。この際、飯場行きはやめてしまおうか……。

「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」

いままで何人の訳アリ人間たちがこのあいりんセンターを訪れたのだろうか。中には前科者もいるだろうし指名手配犯だっているだろう。そりゃ誰だって飯場なんて行きたくない。でもほかに行く当てもないので結局はここで働くことになる。ウダウダしているとこの前名刺をもらったA建設の男が近づいてきた。連絡すると言っておきながら私は電話一つかけずに名刺を破り捨てていた。

「おう兄ちゃん。まだこんなところにいたんか。この前の話どないする? 飯場が怖いのは分かるけどな、そんなこと言っとっても結局いつかは行かんとどうしようもないんやろ。一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」

この街にいるというだけで、まるでヤクザ上がりかムショ上がりであるかのような扱いを受ける。私くらいの若さだとなおさらだ。それだけ訳アリが多いということではあるが、気分としては決していいものではない。

少なくとも人がバンバン死んでいるという噂のA建設はなしだ。自分はこの前大学を卒業したばかりで、ヤクザ上がりでもムショ上がりでもなんでもない。とはいえどの会社も人道外れた悪徳業者に見えてきた。L興業、M開発、N組などなど……。どれもヤクザを連想させるような文字の響きだ。結局どこへ行っても運が悪ければ怪我をしてダムに放り込まれるのだろうか。どこの会社がどうという問題ではなく、このあいりんセンター自体が地獄への窓口になっているということか。

ならばその地獄とやらに思い切って行ってみようではないか。自分なんて死んでも悲しむのはせいぜい数人で、その悲しみすら季節が変われば風化してしまうだろう。私はそんなにたいそうな人間などではない。次に声をかけてきた会社にホイホイ付いて行ってしまえばいい。

「この若い兄ちゃんが寮に入りたい言うとるで」

するとS建設という会社の掲示が目に入った。よく分からないがこの会社だけ「健康保険」の欄に丸が付いている。ほかはどの会社も健康保険の欄が空欄で、なんだか不安だったのだ。しかも部屋は完全個室で所在地は西成区ときた。和歌山県の聞いたこともないような町にある海沿いの飯場など行きたくない。山奥の空き地に建つプレハブ小屋、断崖絶壁の海岸といった不安を煽る風景ばかりが浮かんでくる。よし、S建設に行こう。もう私にはS建設しかない。

するとタイヤの小さい20インチの自転車に乗った老人がフラフラと近づいてきた。肩には小さいポーチをかけ、ハンチング帽をかぶっている。いつか見た、池袋のポルノ映画館で上映していたヘンリー塚本作品に、同じような男が出ていたような気がする。

「兄ちゃん、仕事あるよ」

私はもう行く気満々の顔になっていたのだろう。男は必要最低限のことだけを私に伝えた。他の業者が口にするような「部屋が綺麗だ」とか「楽な仕事が多い」とか、逆に怪しさを醸し出してしまうようなアピールがない。なにをいってもこいつは仕事に行くと男も悟ったのだろう。私はムショ上がりの行き場のない若者の、選択肢がないゆえの迷いのない顔と同じ表情をしていたのだ。

「S建設に行きたいのですが」

「おおS建設ならまだ枠が空いとるで! 車のところまで連れて行ってやるわ。おーい、S建設さん! この若い兄ちゃんが寮に入りたい言うとるで」

あいりんセンターの端に停まっている白い乗用車の前にはS建設の社員と思われる男が2人いた。私は車には疎いため車種は分からなかったが、もしボディが白でなく黒だったら一発でヤクザと分かるような車である。2人の男は角刈りで建築現場にいそうなガテン系であったが、休日は家族とアウトレットにでも行っていそうな人の良さそうなおじさんである。

「土木経験ゼロ」取柄は謙虚さのみ

「兵庫と大阪、どっちがええ?」

「人が足りていない方に行きます。私、経験が本当にゼロなのですが大丈夫ですか?」

土木経験がゼロの木偶(でく)の坊である私の取柄、それは謙虚さのみである。

「何も問題ないわ。経験がなくてもできる現場に付けてやるから安心せえ。作業着とか安全靴もろもろも全部貸せるで。もちろん金は取らん。え、全部持ってるん? じゃあ決まりや。オールオッケーや! ほら、後ろに乗って寮に行くぞ」

私は昨日の夕方、リサイクルショップで上下の作業着(1000円)とマルミで安全靴と安全帯(4000円)を購入した。はじめ安全帯がどういうものなのか分からず、ペラペラのベルトを持って「安全帯はこれですか?」と店員に聞いてしまった。

安全帯は高所での作業の際、自分の腰と手すりなどをガチャリと繋ぎ、落下を防ぐ命綱のようなもの。こんなペラペラのベルトでは命など守れたものではない。店員は不思議そうな表情でそう教えてくれた。あいりんの男たちは長年、肉体労働で生きている。私は完全に浮いていた。

後部座席に座るとすぐに車は動き出した。私は今の今まで飯場という存在をネットの中の文字でしか感じたことがない。どんな場所なのか外観も中身もまったく想像がつかない。三先通りで会ったシゲの部屋に行く時も「もしかしたら襲われて金を取られるのでは」と少しばかりヒヤヒヤしたものだが、その比ではなかった。私はこれから一体どこへ連れて行かれるのだろうか。

「余計なことは聞かないから安心し」

車はあいりんセンターを出発して5分も走らない距離にあるビルの前で停まった。さすがに近すぎるので缶コーヒーでもおごってくれるのかと思ったのだが、どうやらこのいかにもヤクザが所持していそうなピカピカのビルがS建設の飯場らしい。まぶしいくらいに太陽の光を反射している外壁さえ除けば、その辺にあるドヤと同じような造りである。一部屋ごとに窓が設けられており、半開きの窓からは干した作業着が見える。最上階だけなぜか窓が1つもない。元々ドヤだった建物を会社が買い取って改装したのだろう、住み心地は昨日まで泊まっていたドヤよりも良さそうである。

「西成の飯場で良かった」と心から思った。あいりん地区のど真ん中にあるタコ部屋と聞くといかにもヤバそうな匂いがプンプンではあるが、今となってはこれほど安心できる土地はない。あいりん地区といっても徒歩3分の場所にはJRや地下鉄の駅があり、なんばへも歩いて行けてしまう。一般社会とは隔絶されているように見えるが、じつは一般社会が目と鼻の先に感じられる現代的な場所なのである。名前も知らないような山奥の村に連れて行かれ、ダムを造らされるよりは100倍マシだ。

「兄ちゃん、朝飯食った? まだやったら奥の食堂で弁当もらってきいや。ちょっと書いてもらいたい書類があるから食いながら待っといてな」

飯場のビルに入り右に進むと30人ほどが入る食堂がある。朝食、夕食はバイキング形式になっており、昼は支給された弁当を現場に持っていく。朝食の時間はかなり早く、すでに終わってしまったので、私は昼の弁当を朝食代わりにして食べた。さらに昼用にもう1つ弁当を持って行っていいという。

「じゃあこの書類にな、書けるところまででいいから書いてくれや。みんなそれぞれ色々あってここに来るからな、余計なことは聞かないから安心し」

書類に個人情報を記入していく。といっても身分証明書等をあとで見せる必要はないということなので、名前、住所ともにでっちあげでも何も問題はない。市橋達也があいりんセンターで仕事を探し、飯場に潜伏していたというのは彼の手記にも記されている。その事件を機に、飯場でも身分証明書の提示が必須となり、誰でも働けるという状況ではなくなったと聞いていた。しかしザルである。S建設には偽名を使っている人間はもちろんのこと、指名手配犯だっているかもしれない。

「常時70人のポリスがパトロールをしている」

現在あいりん地区では常に警察がパトロールを行っており、狭い地区のなかにパトカーや自転車に乗ったポリスがウロウロしている。三先通りのシゲいわく、「常時70人のポリスがパトロールをしている」ということだった。70人という数字に根拠はまったくないのだが、「こんなに警察がいたら俺なんていつパクられても分からねえよ」と怯えるシゲを見れば、とにかく多いということは間違いない。

自転車に乗っているだけで職務質問をされるこの街、逮捕状が出ていれば犯罪者なんて一発で捕まるんじゃないかとも思うが、星の数だけいる労働者。しかも入れ替わりの非常に激しい街のため、アッと驚くような犯罪者がひっそりと潜んでいてもなんらおかしいことではない気がする。

となると目の前にいるS建設の社員は私のことをもれなく前科者、もしくは逃走中の訳アリ人間と思っているわけで、「生きている価値なんて何もないのだから、何したっていい」くらいに考えているはずだ。

「仕事は明日からやから今日はゆっくり休んどき。兄ちゃんも色々あったんやろうし疲れたやろ。今日の3食と部屋代はタダにしておくから安心してな」とこんな感じで温泉宿にでも泊まっているような扱いが逆に不安を煽るのである。

コンコンというノックと共に……

書類の記入が終わると、「まっちゃん」という寮全体の世話人をしている小柄な男が部屋まで案内してくれた。まっちゃんもまるでデパートのエレベーターガールのようにボタンを押し、私を先に扉の方へ案内する。

「いまテレビを持ってきますから、少し部屋で待っていてください」と言うと、まっちゃんは小走りでまた下の階へ降りていった。私の部屋は4階で広さは3畳ほど。布団を敷いてしまえばほとんどスペースはなくなってしまうが、それでも快適に眠ることができる清潔さである。これにテレビと3食付いて風呂にも入れる。それで1日の共益費は3000円。1ヶ月にすると9万円ほどなので少し高い気もするが、法外な搾取といった料金ではない。

「失礼します。テレビを持ってきました」

コンコンというノックと共に、まっちゃんがダンボールに入った新品の液晶テレビを持ってきた。私は最近の若者らしくほとんどテレビは見ないので無駄なお金は使いたくない。こんな新品をビリビリと開封しておいてタダなんて、あいりんでは信じられなかった。

「國友さん、安心してください。テレビは部屋に備え付けなので追加料金を取るなんてことはしないですよ。それより遅くなってすみませんでした。いま配線をしますからね……」

どこまでも丁寧なまっちゃん。配線が終わった後は、1階にあるコインランドリーや大浴場の案内までしてくれた。

弁当を食べるとホッとしてしまったのか、一気に睡魔が襲ってきた。窓を開けると、生温かい部屋にひんやりとした空気が流れ込んでくる。電車が線路の上を走る音も心地よい。西成に来て約1週間、私は久しぶりに深い眠りについた。

※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。

「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ……」階段で泡を吹いて倒れていたオヤジが、筆者に懇願した理由とは?へ続く

(國友 公司/Webオリジナル(特集班))

國友 公司

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