横浜市・山内小学校校長が語る「不登校」公立で受け皿つくる意義とは?

横浜市・山内小学校校長が語る「不登校」公立で受け皿つくる意義とは?

  • 東洋経済education×ICT
  • 更新日:2022/05/16
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不登校の子どもが増える中、その対応策の1つとして注目される校内フリースクール。それが今、公立の小・中学校に広がり始めていると聞けば、驚く人も少なくないのではないだろうか。横浜市立山内小学校では、「誰一人取り残さない」というスローガンを掲げ、子どもだけでなく、保護者も先生も「誰一人取り残さない学校」を目指し、教育現場の改革を進めている。今回はその旗振り役である同校校長の佐藤正淳先生に話を伺った。

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公立小学校が変えられることは、まだまだある

横浜市青葉区にある横浜市立山内小学校(以下、山内小学校)は1873年に創立され、来年150周年を迎える市内有数の歴史を誇る公立小学校の1つだ。住宅地が広がる東急田園都市線あざみ野駅から程近い場所に位置し、児童数は700名超と市内小学校では中規模クラスの大きさ。会社員家庭の子どもが多く、私立中学校に進学する児童も3割強いる。児童指導は丁寧で、教科担任制も市内で先んじて導入してきた。ある意味で都市部の住宅地にある優等生的な公立小学校と言えるかもしれない。だが、そうであるからこそ、佐藤正淳先生が2019年に校長として着任した当初、学校の体質としては何事に対しても石橋をたたいて渡るような保守的な態度が目立ち、至るところで守りの姿勢が感じられたという。

「守備に徹することは大事であり、手堅い学校であることは確かによいことですが、その分、前例踏襲となり、チャレンジすることが少ない学校であるように感じました。そして、保護者の顔色を気にしすぎたり、失敗を恐れすぎたりしている面も多くあったように思います。私はもっと楽しい学校にしたい、もっとワクワクする学校にしたいと考えるようになりました」

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子どもたちが好きで、学校が好き、もっと現場をよくしていきたいという気持ちにあふれる佐藤先生
(写真:山内小学校提供)

そう語る佐藤先生は1989年に横浜市立あざみ野第二小学校から教員人生をスタート。95年から在籍した横浜市立西前小学校では特別支援学級を5年間担当し、2005年からは3年間、ルーマニアのブカレスト日本人学校に勤務。帰国後、横浜市立白幡小学校で教務主任や副校長を歴任し、13年からは6年間、横浜市教育委員会事務局教育政策推進課で「横浜教育ビジョン2030」の策定や働き方改革の推進などに取り組んだほか、文部科学省の業務改善アドバイザーとしても活躍したキャリアの持ち主だ。

「教育行政には、やってもよいホワイトゾーンと、やってはいけないブラックゾーンがあります。ただ、実はその間にはグレーゾーンの領域がたくさんあるのです。しかも、そのグレーゾーンには明確なルールがない。だから、多くの学校では新しいことになかなか取り組めないのです。しかし、私はそうは考えませんでした。こんな学校を子どもたちのためにつくりたい。そんな確固としたビジョンを掲げ、その実現のために、この取り組みをやる。もしその取り組みにルールがないなら、自分たちでつくればよいと考えるようになりました」

不登校の子どもを救う「校内フリースクール」

そこで佐藤先生が掲げたビジョンこそ、「誰一人取り残さない学校」を実現することだった。共通言語「あったかハート」の下、学級、学年、学校、保護者、地域と学校に関連する機能を階層に分け、各階層で何が課題なのか。その課題解決に取り組むための全体像をつくり、それを基に次々と新たな施策を打ち出していったのだ。その1つが校内フリースクール「あったかハートルーム」の設置だった。

「私が着任してすぐにこんなことがあったのです。2年生から不登校で、5年生になった児童が1年ぶりに勇気を出して学校に来たのですが、保健室も相談室も使われており、居場所がない状態になっていました。そこで『僕はどこで過ごしたらいいの?』と悩む児童に直面し、不登校の子どもがいつ来てもいい、いつでも安心できる場所をつくれないかと考えたのです」

横浜市では市内すべての小学校に、学習支援などの取り出し指導を行う「特別支援教室」の設置を徹底してきた。山内小学校でも特別支援教室を設置していたが、それに加え、佐藤先生は校内フリースクールを設けることにしたのだ。

「山内小の取り組みを声高に言うつもりはありません。ほかの学校でも“保健室登校”といわれるものがありますから。ただ、私たちの学校では保健室以外に専用の部屋を持ち、常駐の先生をつけていることが特徴だといえるかもしれません。従来の取り出し指導と校内フリースクールを合わせた体制で、不登校の子どもの支援に取り組むことにしたのです」

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校内フリースクール「あったかハートルーム」。学校の中で、つねに変わらず居場所がある、同じ先生が対応してくれる、ということが子どもにとって、大きな意味を持つそうだ

この校内フリースクールは常時開設されており、対応は児童支援専任の教員が中心となる。ほかに特別支援教室担当、サポートの非常勤を含め計4名、また、特別教育支援登録をしている学生など支援員8名がおり、日替わりで1日当たり1~2名で不登校児に対応する。

「山内小の校内フリースクールは、家でもなく、教室でもない、その真ん中にある存在だといえるでしょう。ただ、イメージとしては“安住の地”であるが、“永住の地”ではないということです。最終的には通常の教室に戻ってほしい。ここでは自信をなくした子どもに、安心できる場所を提供する。そして、次の一歩を踏み出させるために、“自己選択と自己決定”ができるように主体性と自己肯定感を高める指導を行っています。山内小では取り出し指導と校内フリースクールを同じ部屋の前後に設置し、連携して指導していくことで、不登校の子どもに自信をつけさせ、通常の教室へ送り出すことを目的としているのです」

同校の校内フリースクールは、ほかのフリースクールと異なり、在籍する学校とのつながりを子どもが持ち続けることで、学校に足を運び続けられるように促し、通常の教室に戻すことに主眼を置く。現在は全学年で5~6人の児童たちが学んでいる。中には、この校内フリースクールに通うために、他校から転校してきた児童もいるそうだ。こうした校内フリースクールの取り組みについては、市内外の学校や保護者からの問い合わせも少なくなく、校内に受け皿があるということで、子どもにとっても、保護者にとっても、安心だという声が多いという。

「校内フリースクールの児童は昼から登校したり、45分の活動時間を20分に短縮して、あとはゆっくりするなど、さまざまです。最近では、自分で時間割を見て、校内フリースクールの教室からオンラインで通常の教室の授業を受ける子どもも出てきています。こうした取り組みの結果、もちろん個人差はありますが、毎日、校内フリースクールに通っていた子どもが半年ほどで通常の教室に復帰するといった成果も生まれています」

「やれない理由は、本当はないはず」

実は、佐藤先生の学校改革への取り組みはこれだけにとどまらない。共通言語である“あったかハート”の傘の下で、さまざまな改革に取り組んでいるのだ。例えば、「Yぷらす」という地域学校協働本部を設置している。「Yぷらす」は、「共育・共創の学校=山内小学校」の実現に向け、保護者や地域を巻き込んで組織されている教育支援ネットワークだ。ここでは、サポーターを募集。それぞれの得意分野を生かしたサポーターとして登録し、通学の見守りをはじめ、週末には、親子スナックゴルフ大会やiPad活用講座を実施するなど、地域や企業がボランティアとなって教育支援を行っている。

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「児童」を中心として、「学級」「学年」「学校」「保護者」「地域」が関わり合って学校をつくっていく
(写真:山内小学校提供)

学校運営協議会では、委員にICTに詳しい人や自治体職員、大学教授などを選出し、オンラインを活用しながら意見を集約。学校に対する支援につなげている。また、教育と福祉の連携も図り、社会福祉法人「かたるべ会」の障害のある人たちと一緒に学校の掃除をしたり、話を聞いたりすることで、子どもが福祉を理解する場を設けている。さらに、児童がイラスト化した学校のキャラクターをLINEスタンプ化する取り組みや、そのキャラクターを使ったグッズをPTAが販売し、売り上げの使い道を児童が決めていく取り組みなども行っている。あまりにも取り組みが多く、すべてが紹介しきれないほどだ。アイデアは、家でゆっくり湯船につかっているときや、移動中などに、どんどん浮かんでくるのだという。

「すべては子どもたちのため、誰一人取り残さない学校を目指すための施策です。ビジョンを実現する全体像を基本とし、共通言語である『あったかハート』の下に、理念と覚悟を持って、ワクワクする、楽しい取り組みを行っていく。その結果として、誰一人取り残さない学校をつくっていく。いずれの取り組みもバラバラに行っているのではなく、1つの目的に向かって行われているのです」

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山内小学校のシンボルキャラクター「ケヤリーフ」。全校児童から募集したキャラクターはLINEスタンプや、グッズになっている
(写真:右下を除き、山内小学校提供)

新たな取り組みを次々と実行し、学校の形を変えようとしている山内小学校。同校には佐藤先生という強力な旗振り役がいるからこそ実行できているといえるが、ほかの学校でも改革を進めるためには何が必要なのだろうか。佐藤先生が言う。

「できない理由なんて、本当はない。まずは、そこをスタート地点にすべきです。できない理由を挙げるのなら、できる方策を考えたほうがいい。そして、全体像を描き、そこから具体的な施策に落とし込んでいく。できない理由があれば、それは本当なのか調べてみる。もしルールがなければ、きちんとしたルールをつくればいいのです。誰もがワクワクする、楽しい学校をつくっていきたい。それは、すべて子どもたちのためなのです。そんな熱い思いと覚悟があれば、学校を変える、世の中を変えることにつながっていくのです。前例踏襲では何も変わりません。学校経営の視点から見ても、校長自ら未来のビジョンをつくり、それを実行するための全体像をいかに描けるかが重要になってくるのです」

とはいえ、今は学校教育に対する意見や要望も多く、先生たちの負担は増加している。こうした状況の中で、はたして学校改革はスムーズに進むものなのだろうか。

「すべてをハイクオリティーでやることを教員に求めることは、まず無理なことです。だからこそ、教員それぞれが自分の得意分野を見つけて、組織として取り組んでいけばいいのです。私は昔からビデオ編集やプレゼンテーションの資料作り、ポスターや学級便りを作ることが大好きでした。それが今では自分の武器になっています。日々の学校業務に加え、教員が自分もワクワクする、楽しくなる仕事を見つけていくことが大事なのです」

今、学校の教育現場はコロナ禍でICT化が急速に進み、学びの方法も変わりつつある。1人1台タブレットが持てるようになったことで、児童一人ひとりが自分のノートなどをサムネイル(画像データの縮小見本)でアップし、自分の考えを発信して、誰かに見てもらえたり、聞いてもらえたりするようになった。これは明治以来の学校の学びのスタイルを劇的に変えるものだ、と佐藤先生は指摘する。

「子どもたちのアウトプットの仕方が変わり、これまではグループで感想文を見せ合うのが関の山だったものが、今ではタブレットを使用し、一瞬でクラスメート全員に共有することができるようになりました。そうすると、誰かに見られることを前提にノートを作るようになり、児童全員が全員のアウトプットを見るようになり、対話も増えるのです。コロナ禍で、ここまで学びのスタイルが進化するとは、正直想像もしていませんでした」

しかし、その一方で先生と子どもの基本的な関係は今後も変わらないと話す。すべては子どものため。これからも誰もがワクワクして、楽しいと思える公立小学校をつくり続けていきたいと佐藤先生は語る。

「私は中学受験に失敗して、人生の負け組だと感じてしまうような子どもたちを生み出したくないのです。自分にはビジョンがあり、こんな大人になりたい。だから今、勉強しなければならない。社会に出れば、いろんな人たちとの出会いがある。中学受験はゴールではなく、その先も人生は続いていく。そこを絶えず、子どもたちに意識させてあげたい。子どもたちを元気にするために、これからも新たな取り組みを行っていきたいと考えています」

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佐藤正淳(さとう・しょうじゅん)
横浜市立山内小学校校長。1967年生まれ、55歳。福島県出身。文教大学教育学部卒。89年、横浜市立あざみ野第二小学校で教員人生をスタート。95年から10年間在籍した西前小学校では、特別支援学級を5年間担当。2005年から3年間、ルーマニア・ブカレスト日本人学校に勤務。帰国後、白幡小学校では教務主任や副校長の立場から、地域や企業と連携した先進的な取り組みを牽引。13年から6年間、横浜市教育委員会事務局教育政策推進課指導主事として「横浜教育ビジョン2030」の策定や働き方改革の推進等に取り組む。2017~18年には文部科学省の業務改善アドバイザーとして全国各地に出向き、働き方改革に係る講演等を行う。19年より現職

(文:國貞文隆、注記のない写真:尾形文繁)

東洋経済education × ICT編集部

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