生と死の境で、言葉の真実を見極める奇跡について思う 『フェイクスピア』観劇レポート

生と死の境で、言葉の真実を見極める奇跡について思う 『フェイクスピア』観劇レポート

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  • 更新日:2021/06/15

NODA・MAP第24回公演、野田秀樹作・演出の『フェイクスピア』が東京芸術劇場プレイハウスにて上演中だ。タイトルはフェイク+シェイクスピアであること、物語の舞台は恐山でイタコが出て来ること……、事前に得られた情報はせいぜいこの程度で、多くの演劇ファンが野田の新たな劇空間を、そこにどんな驚きが仕掛けられているかを心待ちにしていたことだろう。シェイクスピアが生み出す虚構の世界、それのフェイク(偽物)なら裏返って真実に行き着くということ? と勝手気ままに推察するうち、「“言葉についての劇”らしい」という情報も入って来た。これまで縦横無尽に言葉を操り、解体し、肉体に乗せて空間へ放って来た野田が、あらためて言葉と向き合う。その意味とは何なのか。

舞台上に広がるグレーの緩やかな傾斜は、恐山を示しているのだろう。そこに現れる白石加代子がイタコの役であることは誰もが想像したと思うが、百戦錬磨のベテランイタコではなく、もう半世紀もイタコ試験!? に落ち続けている見習いのイタコという設定にまず失笑。白石扮する“皆来(みならい)アタイ”のもとに降霊を求めてやって来た“mono”(高橋一生)、そして“楽”(たの、橋爪功)。ダブルブッキングで鉢合わせしたこのふたりが、イタコのアタイを押しのけて何者かに憑依したように不思議な対話を始める。それはシェイクスピア悲劇の台詞であり、その言葉に呼ばれるように“シェイクスピア”(野田)も現れて……。

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半人前のアタイを叱り飛ばす先輩イタコ、“オタコ姐さん”役の村岡希美は持ち前の艶やかな声と小気味良さで、神の使いと称して現れる“アブラハム”役の川平慈英と“三日坊主”役の伊原剛志はどちらもボケ担当の漫才コンビのような愉快な掛け合いを見せて、野田が仕掛ける異空間を快走し、軽妙なリズムを巧みに刻んでいく。稽古に入る前のぴあアプリ取材でNODA・MAP初参加を心から喜んでいた前田敦子は、アタイの母親らしき“伝説のイタコ”と“星の王子様”、そしてある重要な出来事の象徴となる“白い烏”の三役を担い、全力の声の張りも清々しく、猛進の演技で視線を集めていた。

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時に整然、時に多様なアンサンブルの俊敏な動きが想像の空間を膨らませ、テンポよく繰り出されるキャラクターたちの言葉が頬を緩ませる。ただ、笑いを誘うその勢いの中で、高橋一生の深く、明瞭に響く独白から、その手に持つ怪しげな匣から、橋爪功の朴訥なつぶやきから、震撼の記憶を呼び覚ます言葉が漏れていく。そのことに気づき、ゆっくりと記憶の焦点が定まっていって“ある出来事”にたどり着いた時、あっ、と合点した。いくつかの引っかかっていた言葉も、冒頭でアンサンブルが魅せた、樹々が倒れる美しいムーブメントのその意味も。

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この言葉は野田が生み出したフィクションではなく、野田が公式サイトの挨拶文で「コトバの一群」と綴った、“ある出来事”に関するノンフィクションだ。この一群を舞台に乗せることを「不謹慎にも思った」とも書いていた。観客各々、とくに年齢によって反応の温度差はあるだろうが、筆者はこのコトバの一群を前に、恐怖の記憶が蘇り、戸惑い、体を硬直させながら息を止めて圧巻のクライマックスを凝視した。終演後、落ち着きを取り戻した後に実感したのは、自らが創作した言葉ではない、フェイクではないコトバの一群を演劇作品とした野田の覚悟と、そのコトバに対する畏怖。そして、言葉の真実を見極める奇跡について思う。イタコの言葉は、死者の言葉は、神の言葉は本物なのか。何が本物で、何が偽物か。見える言葉(文字)も見えない言葉(声)も、その真偽を知ることは容易ではなく、私たちは言葉にどれだけ惑わされ、揺さぶられているのか。言葉によって「真実をつかんだ」と思い込むことの愚かさ……。生と死の境も曖昧とする野田の劇空間を思い起こしながら、思考がぐるぐると駆け巡る。

“言葉についての劇”、そこにある観念的な問いは、しなやかなたたずまいと表現で惹きつける高橋、軽やかさと豊かさを併せ持つ白石と橋爪の強靭な二大柱に支えられ、アンサンブルを含めた鉄壁の布陣によって見事に提起されていた。新作の度に、悔しいほどに衝撃をアップデートして来る野田の今回の試みは、ノンフィクションの強度から観劇後に違和感を受け取る人もいるかもしれない。それでも挑み続ける俳優陣の奮闘を、目撃せずにはいられないだろう。劇場は心揺さぶられる場所であることを、あらためて強く気づかされた時間でもあった。

取材・文:上野紀子

NODA・MAP第24回公演
『フェイクスピア』
作・演出:野田秀樹
出演:高橋一生 / 川平慈英 / 伊原剛志 / 前田敦子 / 村岡希美 / 白石加代子 / 野田秀樹 / 橋爪功 / 他

★チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2170305

【東京公演】
2021年5月24日(月)~2021年7月11日(日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス

【大阪公演】
2021年7月15日(木)~2021年7月25日(日)
会場:新歌舞伎座

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