三ツ星に輝き続けるシェフ、ジョルジュ・ブランが育む「鶏の王国」

三ツ星に輝き続けるシェフ、ジョルジュ・ブランが育む「鶏の王国」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2019/01/14
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「すごいニュースだ! フランス中のメディアがブレス鶏について報道しているよ」

ランチを食べている私の席に興奮した面持ちでやって来ると、ジョルジュ・ブランはこう続けた。「これは、ブレス鶏の最高のプロモーションになる。マクロン大統領に、ブレス鶏の歴史の本を送っておいたんだ」

37年連続でミシュラン3つ星を取り続けるシェフ、ジョルジュ・ブラン。彼にインタビューをした2018年11月11日、パリのエリゼ宮では第一次世界大戦終結100周年を記念した昼食会が行われ、トランプ大統領やプーチン大統領など、各国首脳が参加していた。その昼食のメニューに、ブレス鶏が選ばれたのだという。私は彼の店「ジョルジュ・ブラン」で同じくブレス鶏をいただいていた。

ブレス鶏とは、ヨーロッパで唯一原産地統制名称(AOC)認定された鶏で、「世界で最も高価な鶏肉」と呼ばれることもある。日本でも高級フランス料理店で提供されているが、そのブレス鶏の世界的な人気の立役者がこのブラン氏だ。

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その数時間前、田舎道にそぐわない、真っ白なスポーツカーの革張りシートに身を沈めて、ヴォナという村へと向かっていた。アクセスは、日に数本しかない電車とバスを除けば、車しかない。しばらくすると、「もうすぐ彼の村に着くよ。見たらすぐにわかる」と、ドライバーが声をかけてきた。

ジョルジュ・ブランへの客をよく送迎するというおしゃべりなドライバーは、出身地のリヨンから、より良い仕事を求めてヴォナに移住したという。ブラン氏を家族ぐるみでよく知っていて「彼のおかげでこの村が豊かになっている。素晴らしい人物だし、敏腕ビジネスマンでもあるね」と誇らしげに話す。

「美味しい」は人を呼ぶ

今、様々な国や地域がこぞって「美食観光(ガストロツーリズム)」に力を入れている。美味しいレストランや料理が、観光客を集めるために大きな力になっている、ということが知られ始めたからだ。

だが、それを何十年も前に、フランスの片田舎で成功させたのが、三ツ星シェフのジョルジュ・ブランだ。ヴォナは今も人口3000人ほどの小さな街だが、ビストロを含めた彼のレストラン目当てに多くの観光客が訪れ、夏のバカンスシーズンともなれば250席もある店が連日満席になる。

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やがて真っ白な車は、大きな鶏のオブジェが迎える「ブラン村」の中心、ミシュラン三つ星に輝き続けるオーベルジュ「ジョルジュ・ブラン」に到着した。入り口のドアの取っ手まで鶏の形をしている。部屋に入ると、タオルやバスローブ、小物入れに至るまで、これでもかと言うほどブレス鶏のマークが入っていた。

このブラン村には、オーベルジュに併設されたスパと農園をはじめ、ビストロ、ベーカリー兼パティスリー、ワインショップ、オーベルジュよりも手頃なホテルなどが立ち並び、そのどれもがブラン氏お気に入りの「鶏」モチーフで埋め尽くされている。

まるで「鶏の王国」とも言うべきブラン村の始まりは1970年代。ブラン氏が、曽祖父母の時代から代々伝わるオーベルジュ(現在はビストロとして営業)の付近にあった30軒を少しずつ買い取っていき、いまや総敷地面積7ヘクタールに及ぶほどに拡大した。村全体がブレス鶏のPRになっている、そんな印象だ。

三つ星シェフが「鶏の王国」を作った理由

ブラン氏は1986年からずっとブレス鶏のアンバサダーを勤めているが、彼がこれだけの愛情を注ぐのには理由がある。

ブラン氏は、曽祖父母が1872年に創業したレストランの4代目として生まれた。ミシュランガイドブックがレストランに星をつけ始めた1926年のことだが、それからわずか3年後の1929年、彼の祖母が料理を作っていたレストランが一ツ星を獲得。その時に高く評価された皿が、ヴォナの地鶏、ブレス鶏とこの地域特産のクリームを使った「鶏のクリーム煮」だった。以来、90年にわたって受け継がれている、ジョルジュ・ブランの看板メニューだ。

18世紀から19世紀を生きた美食家で、邦訳もされている著書「美味礼讃」でも知られるブリヤ・サヴァランも絶賛し、1957年から今に至るまでヨーロッパで唯一原産地認証された鶏であるブレス鶏だが、その名を世に知らしめたのは、21冊の本を著し、それらが22カ国語に翻訳されるなど、世界的な知名度のあるジョルジュ・ブランの功績と言っていいだろう。

野生に近い状態で育てられる「ブレス鶏」

ブラン氏が使う鶏の3人の生産者のうちのひとりで、ブレス鶏のコンテストで何度も受賞しているシリル・デグルエイル氏に、農場を案内してもらった。

ブレス鶏と呼ばれるためには、一羽あたり10平米以上の土地を与えて放し飼いにする必要がある。デグルエイル氏の農場でも、広い草原で、鶏たちが足やくちばしで土を掘り起こしては、何かをついばんでいる。虫や種などを食べているのだという。

デグルエイル氏のやり方では、仕上げにケージに入れて10日間ほど肥育させるまでは餌をやるのは週に1回だけ。しっかりと運動し、自分の力で餌を取る。「十分な餌が大地にはあるから、それ以上の餌やりは必要ない」と同氏は言う。

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また、放し飼いのため、狐などの野生動物に襲われることもあり、ある意味過酷な環境を生き延びた鶏でもある。接近して写真を撮ろうとしたが、ものすごいスピードで逃げられてしまい、近寄ることすらできなかった。「肥育期間に入るまでは、野生みたいなものだからね」とデグルエイル氏は、少し申し訳なさそうに笑った。

与える餌は、トウモロコシと牛乳を発酵させた粥状のものだ。粉乳を使う地域もあるが、デグルエイル氏は地元の搾りたての牛乳を使い、トウモロコシと混ぜて発酵させてから与えるのが、美味しさを生み出す秘訣だと語る。

「30年前に父が農場を作った時代は羊や牛も飼っていたが、15年前に私が引き継いでからは、専業でブレス鶏だけの飼育ができている。それは、著名なシェフであるブラン氏が、世界にブレス鶏を紹介してくれたおかげ。今は海外のシェフからも引き合いがある」という。

肥育に入ったブレス鶏は、しっかり脂が乗っているかどうかを血管の様子で確かめ、一羽一羽、状態を見て出荷する。

訪れた時は秋のメニューだったが、ブラン氏はちょうど冬のメニューを考案中だった。

彼はクラッシックなスタイルで知られるが、今も昔も「ゲストから学ぶ」をモットーにしており、「たとえ自分が理想とする”美味しい料理”があったとしても、ゲストが食べ残したら、ポーションや付け合わせ、ソースを変える」と、徹底した顧客主義を貫く。

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書斎の棚の中に、季節ごとの食材の一覧があり、それによって組み合わせを考えるのだと言う。

そんなブラン氏が感じる最近の料理のトレンドは、人々が「フレッシュな味を求めるようになった」とことだという。「あまりにイノベーティブだったり、テクニカルすぎると、食材のフレッシュさが失われてしまう。今は、味わいの時代に戻りつつある」と感じているという。彼の言うフレッシュさとは、良質な旬の食材そのものの、それぞれの個性のことだ。

そのフレッシュさを表現するため、ブラン氏の厨房では、今も昔も、昼・夜のサービスごとに、8〜9種類のソースを1から作るのだという。

クラッシック中のクラッシックというべき「ブレス鶏のクリーム煮」を、三つ星のファインダイニングと、元々のレストランがあった場所にあるビストロで食べ比べてみた。

食材も器も「最高のもの」だけ

ファインダイニングでは、ソースはシャンパンフォワグラソースで、ブレス鶏の白レバーと卵で作ったフランに、ザリガニのソースを添えていただく。そのフランの上にも、鶏をかたどったチュイルが飾られている。

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ファインダイニングの「ブレス鶏のクリーム煮」

ソーシェ(ソースの担当者)の網津聡氏は、「食材でも食器でもなんでも、最高のものしか使わないのがジョルジュ・ブランだ」という。厨房では毎週300羽近いブレス鶏を使っているが、三ツ星レストランで使うのは胸肉だけ。モモ肉はすべてソースに使うという贅沢さだ。こちらで使わない内臓などはビストロで使うようにしているという。

フランス料理の最も重要なアイデンティティの一つとも言われるソースだが、ひときわクラッシックなスタイルで知られるジョルジュ・ブランのソースはどんなものなのか。網津氏に、ソース作りの秘訣を教えてもらった。

このソースのために、一回の仕込みで使う鶏のモモ肉は20羽分。塩コショウをしてから焦がしバターで焼き色をつけ、マッシュルームと玉ねぎ、にんにくを入れて炒める。近郊のマコン産の白ワイン(シャルドネ)を加えて水分がなくなるまで煮詰めてから、地元産のクリームを加えてベースを作り、さらにシャンパン、仕上げにバターの代わりのフォワグラを入れると、「ソースの分量の20%くらいがフォワグラ」という濃厚なソースが完成する。

付け合わせは、ふわふわのジャガイモのパンケーキに、コンフィにしたにんにく、セップ茸、クミンなどのスパイスを効かせたかぼちゃなど、クリームと相性の良い食材を添える。

濃厚なクリームのソースにも負けない、しっかりとした旨味とコクのあるのがブレス鶏だ。かつては煮込んでいたが、今は肉にちょうど良い火入れをするためにローストしている。シャンパンの甘い香りとフォワグラの相性も抜群。食感が硬いわけではないが、放し飼いのため身が締まった肉質のブレス鶏に、脂肪分のあるソースはよく合うのだ。

一方のビストロでは、ブラス氏の曽祖母が作っていたというオリジナルに近いレシピで提供する。切り分けた胸肉ではなく、やや小さめの鶏の胸肉の塊を使い、こちらも煮込むのではなく、ローストし上からクリームソースをかけている。サイドには、ニンニクのコンフィ、ブレス鶏のガラの出汁で炊いたピラフがつく。

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ビストロで提供される「ブレス鶏のクリーム煮」は、オリジナルのレシピに近い

実はどちらのソースも三つ星の厨房で作っていて、シャンパンとフォワグラが入ると、三ツ星のソースになる。ビストロのソースは、濃厚なクリームを贅沢に使いながらも、たっぷりな白ワインのアルコール感に軽やかさを感じる仕上がりだ。

ブレス鶏と生きる村

「地元に住む私たちにとっても、ブレス鶏は誕生日などの祝い事でメインディッシュとして食べる特別な鶏」だと、前出のドライバーが教えてくれた。

そして、この文章を書いている間に、嬉しいニュースが飛び込んできた。毎年12月に行われているブレス鶏のコンテストで、デグルエイル氏の鶏が2015年、2017年に続いて、2018年もチャンピオンに輝いたのだという。伝統的に、チャンピオンに輝いた鶏は、エリゼ宮の食卓に上るそうだ。

デグルエイル氏の鶏は、餌やりの回数が格段に少ないだけあって、広い敷地を駆け回り、自力で餌をしっかりと食べてきた堂々とした体つきと綺麗な色艶の羽が印象的だった。柵はあるものの、その下に穴を掘って入ってくる狐などに約20%は淘汰されてしまう。そんな自然の中を生き抜いた強さを感じる鶏だった。

ブラン氏によると、「ブレス鶏の売り上げは順調で、数十年前と比べて出荷数は格段に伸びている」というが、唯一売り上げが減ったのが2006年、村にほど近いリヨン近郊で鳥インフルエンザが出たときだった。鶏肉の売り上げが一時3割ほど落ち込んだが、ブラン氏はその知名度を生かし、テレビなどに積極的に出演して安全性を訴え、信頼回復に努めた。

ブレス鶏は、脚が青く、体が白く、赤いトサカを持ち、仏国旗のトリコロールと同じ色をしている。フランスのスポーツチームのシンボルマークとしても雄鶏が使われているのは、よく知られるところだ。

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名実ともにフランスのプライドを代表するブレス鶏は、その母国の大自然に囲まれた、小さな街の三つ星レストランと、長い年月を共に歩んできた。

そのレストランでは今、ブラン氏がメニュー作りを行い、息子のフレデリック氏が厨房の指揮を取っている。また、デグルエイル氏の娘で11歳のクロエは、学校の後にブレス鶏の世話を手伝っている。こうして伝統は、途絶えることなく次の世代へ引き継がれて行くことだろう。

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