服部文祥「息子と狩猟に」/加藤秀行「キャピタル」

  • 西日本新聞
  • 更新日:2016/12/01

ほとんどありとあらゆるコト/モノが小説の題材にはなり得る。小説にはさまざまなジャンルがあるということだけではなくて、それぞれのジャンルの中にも多様性がある。登場人物の職業身分や趣味嗜好(しこう)だけを見ても色々(いろいろ)である。それがどういうタイプの小説なのかということとは別に、それがどんな題材を描いているかということが、その小説の個性や魅力をある程度決定づけている。

そんなことは当たり前だと思われるかもしれない。ならば小説でなく文学ならどうか。文学の定義が明確でないと思われるかもしれないが、私はかねがね「文学とは文学の専門誌であるところの『文芸誌』に掲載され、それゆえに芥川賞の受賞作になる可能性を持った小説のことである」という自分なりの定義(?)を持っているのでそれに従う。文芸誌に掲載されている小説=文学の題材にもそれなりのヴァリエーションはあるものの、小説全体に較(くら)べるとまだまだ狭いように思える。端的に言って、文学にカテゴライズされる小説の主人公の仕事=職業には多様性が乏しい。そもそも何をして暮らしているのか判然としない人物もいる。それは文学自体が明らかに浮世離れした営みであるからかもしれない。しばしば作品ごとに新たな取材や資料集めが必要とされる文学以外の小説とは違い、作家が自分自身をリソース(資源)にしている場合が多いことも関係しているだろう。

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服部文祥の「息子と狩猟に」(「新潮」12月号)では、テレアポ詐欺チームのリーダー加藤のパートと、小学6年の息子を連れて奥秩父に狩猟に出かけた倉内のパートが交互に描かれていく。加藤は高度に組織化された詐欺集団を率いて幾度も大きな成果を上げてきたが、その手腕が仇(あだ)となって思わぬトラブルに落ち込んでいく。倉内は初めて狩猟に同行させた息子を気遣いつつも、獣の生々しい実在を感じるとともに非日常的な、それゆえに原初的な本能と繋(つな)がった狩りの時間に没入してゆく。

特筆すべきは、どちらのパートもディテールが詳細に描き込まれていることだ。テレアポ詐欺の最前線はどうなっているのか、電話口での舞台さながらの寸劇の模様や、詐欺チームの複雑な指揮系統や役割分担、耳慣れぬ専門用語が矢継ぎ早に記される。狩猟にかんしても、狩り場での諸注意から動物との距離の取り方、しとめた獣の処理や料理の仕方などに多くの言葉が費やされている。加藤と倉内、どちらのパートの描写にも極めてリアリティーがある。それらが現実とどのくらい同じであるのかは重要ではない。私はテレアポ詐欺のことも狩猟のことも全然知らない。問題はリアルではなくリアリティー=本当らしさなのだ。だが、そうは言っても濃厚なリアリティーを現実や事実と完全に無関係に生み出すことはむつかしい。

交互に語られていった2つの物語は、ラスト近くになってひとつに収斂(しゅうれん)する。技術的なことを言えば、クライマックスの導き方、特に視点の交錯がいささか生硬であり(特に息子の独白が唐突に入ってくるのは戴(いただ)けない)、ひとによってはショッキングであるのかもしれない結末も、そのあからさまなアンチヒューマニズムの効果を上げ切っていない。だが、ともあれ読ませる。

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加藤秀行の「キャピタル」(「文学界」12月号)は、デビュー以来この作家が描き続けてきた「高度資本主義社会における勝ち組たちの憂鬱(ゆううつ)」を更(さら)に一歩推し進めた中編である。コンサルティングファームで働く須賀は会社から7年間勤務した報償として1年間の「サバティカル=一時休養」を与えられ、ある成り行きによってタイのバンコクに滞在している。そこにファームの元先輩社員で現在はファンドに勤める高野から連絡がある。高野の会社で採用予定だったタイ人女性アリサが交通事故に遭い、その後入社を取りやめるという連絡があったきり音信が途絶えたので、見舞いがてら接触して事の次第を調べてほしいというのだ。須賀は病院にアリサを訪ね、彼女がデータセンターを所有するタイの上場企業を親から受け継いだことを知る。アリサの人生と人生に対する考え方が須賀のそれと共振する。そして2人は高野のいる東京へと発(た)つ…。まさに勝ち組中の勝ち組たちの物語と言えるが、ここにも好ましいリアリティーがある。私のコンサルや投資会社の知識は詐欺や狩猟と同程度だが、それでも登場人物たちの逡巡(しゅんじゅん)や苦悩は理解出来た。文体にはそこはかとなく村上春樹からの影響を感じるが、比喩は春樹ほど上手(うま)くない。過去への戻り方も行き当たりばったりで計算が甘い。しかし、ここまで書けていれば秀作と呼んでよいだろう。

服部文祥は登山家、加藤秀行はバンコクでマーケティング会社を経営している。リアリティーはリアルをリソースにしている。結果として、2人の作品はユニークな「文学」になっている。だが、他に方法はないのだろうか、という気もしてしまう。

(佐々木敦 ささき・あつし=批評家)

=2016/11/30付 西日本新聞朝刊=

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