第17回 月よ、犬を救ってくれ。――角幡唯介「私は太陽を見た」

第17回 月よ、犬を救ってくれ。――角幡唯介「私は太陽を見た」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2017/12/07
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私はどうするか思案した。デポ食料が無くなった以上、もはや北極海を目指すなどと言っていられる状況ではなくなった。かといって村にもどることもできなかった。というのも村を出て最初に嵐を二発喰らった例のメーハン氷河だが、あの氷河の下り口は非常に分かりにくいのである。

引き返すのも簡単なことではなかった。

メーハン氷河を下るための入口は地形的に非常にせまく、しかも両側をはるかに大きな別の氷河にはさまれているため、油断するとその大きな氷河に迷いこみやすい。私は過去二度、春の明るい時期にメーハン氷河を下ったが、いずれも非常に迷った。もしこの真っ暗闇の時期に村にもどろうとしたら、まず往路と同様、ツンドラと氷床の二次元平面空間をコンパスだけで突っ切らなければならない。しかも、往路ではどこかの時点でアウンナットの小屋にいたる長い谷に入り込めればよかったが、村にもどる場合はメーハン氷河のその極端にせまい下り口にピンポイントでたどり着かなければならないので、その難易度は往路に比べて5倍から10倍は高くなる。30倍ぐらいかもしれない。もし本当に闇の中を村にもどろうとすれば、まず間違いなく氷河の入口が見つからなくなる。そして入口がわからないということは現在位置がわからなくなるということだから、アウンナットの小屋にももどれないし、村にも行けない状態になる。要するに村にもどるという選択肢は氷河を越えた時点で事実上、封印されていたわけで、帰還するためには極夜が終わり明るくなるのを待つしかなかった。

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氷河(往路)をのぼり始めて4日目の様子。復路の難易度は非常に高い ©角幡唯介

極夜が明けるのは2月中旬以降である。今日の日付が1月10日で出発から36日目にはいっていた。村から持ってきた食料は2カ月分、途中で兎を仕留めるなどして多少は節約していたが、それでも残り1カ月分弱となっており、安全に村にもどるためには足りなかった。

このままでは犬が死んでしまう。

だが私の食料よりも問題は犬の餌だった。イヌアフィシュアクにドッグフードのデポが大量にある予定だったので、私は犬の餌を40日分しか用意していなかったのだ。

あらためて餌の残存量を調べると、どうやらこれまでけちけちして規定量ほど食べさせていなかったようで、食い延ばせばあと10日分ぐらいはありそうだった。これまで犬に元気がなかったのは極夜病などではなく、単に餌が足りなかったからかもしれない。それでも村にもどれるほどの量はのこっていなかった。

このままでは犬が死ぬ。餓死する。野垂れ死ぬ。それを思うと急に胸が重苦しくなってきた。絶対にそれだけは避けなければならないと思った。

いずれにしても食料が足りなかった。犬を死なせないためにも何か獲物を狩るしかない。この暗闇の中、一か八かで村にもどるよりは、どこかで獲物を見つけて食料を確保したほうが安全性は高い。そう判断した。しかし獲物といっても兎や狐の小物ではたかが知れている。少なくとも海豹以上、できれば白熊か麝香牛級の大物を獲るしかない。これらの大物獣を部外者が狩るのは違法だが、そのことはひとまず脇に置いておくことにした。もし大物の獲物が手にはいれば、私と犬の分をあわせても1カ月以上の食料となるだろうから、一発逆転、北極海は難しくても北上する旅を継続することができるかもしれない。なにしろ燃料だけは腐るほどあるのだ。

麝香牛を探しにセプテンバー湖へ

獲物をとって犬を救うことで旅は継続でき、それが自分自身を救うことにもなる。絶対に獲物をとる、と私は天地天命に誓った。月に誓った。まだ旅を終らせるわけにはいかなかった。

そしてどこで何をねらうか考えた。真っ先に妥当と思えたのは麝香牛をねらうことだった。白熊は海豹をねらって海氷上をうろつきまわる放浪者なので、そのとき、その状況にならないとどこにいるかわからない。つまり白熊と会えるかどうかは運次第ということになる。しかし麝香牛はちがう。麝香牛は白熊にくらべてはるかに棲息頭数が多いうえ、私はここ数年アウンナット―イヌアフィシュアク周辺を歩きまわっていたので、実際に群れる場所を知っていたし、またどのような土地に群れる傾向があるのかも推測できた。

セプテンバー湖だ、と私は思った。

セプテンバー湖は2014年に私がはじめてこの犬と旅をしたときに立ち寄った湖で、湖畔や丘のうえには大量の麝香牛が群れていた。10頭前後の群れを5、6回は見たと思う。その様子はもはや麝香牛牧場と呼んでも過言ではなかった。あの当時、異様な寒さに震えていた私はそこで1頭の麝香牛を仕留め、その脂を食べまくることで身体が温まりなんとか旅を継続することができた。牛を狩ることで犬の餌も大量に手に入ったので、余ったドッグフードをアウンナットの小屋にデポしたがカナックの猟師に持ち去られてしまったという例の因縁が発生した原因となったのも、セプテンバー湖の麝香牛である。あそこに行けさえすれば絶対に肉が手に入ると思った。そのときの牛たちの屯する映像が鮮やかにフラッシュバックした。

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アウンナットの小屋 ©角幡唯介

残された時間は多くなかった。上空を見上げると丸い月が幻想的な黄色い光を放っていた。月はニヤニヤと笑っていた。この日の月齢は11.8。月は数日で満月をむかえて絶頂となり、それから5、6日は極めて明るい期間がつづく。だがそれ以降は暗くなり遠くの獲物を見極めるほどの光量はなくなるだろう。この極夜世界で狩りをするには月の光をあてにするしかなく、そのためにはどんなに頑張っても今から1週間程度が限界だった。

時間がない。私は焦り、即座に荷物のまとめにかかった。少しでも足を速くするため、橇を1台に減らし、余分な灯油や装備は英国隊デポ跡地に置いていくことにした。1時間でも惜しかった私は「絶対に麝香牛をとるぞ」と犬に発破をかけてすぐに出発した。

落ちついて考えると急に弱気になった。

歩くと月の高度がだんだん高くなりさらに明るくなった。満月期の月が正中すると何でも見える気がする。麝香牛は黒くて丸くてもそもそ歩くので、春の明るい時期でも岩の塊と分別できないほど見分けがつきにくい。だが、それでもこの月があれば大丈夫だと思った。私は何度も月光でほのかに映えた海岸に目をやり、そこに見える岩影を麝香牛に見立てて、大丈夫だ、あれなら見えると自分に言い聞かせて歩いた。

追いつめられたことで脳下垂体から大量のドーパミンが噴出して集中力が異様に高まり、わずか1時間でセプテンバー湖から流れる川(仮称・セプテンバー川)の河口近くの岬に到達した。

だがそこで急に、それまでぶしゃーっと噴出していたドーパミンがぷしゅっ、ぷしゅっと切れたみたいにふと冷静になった。

その場に立ち止まり、本当に行けるのか? と自問した。

私は2014年にセプテンバー湖からセプテンバー川を下ったときのことを思い起こした。セプテンバー川は大きな丸石が河床全体にゴロゴロところがり、その上に軟雪がのっかったひどい川だった。進むたびに橇のランナーが石にひっかかり、あるいは横転し、わずか25キロを下るのに4日も要した。とても人間が橇を引いて歩くような場所ではなく、絶対にもうこの川は二度とルートに使わないとかたく誓ったほどだ。でもイヌアフィシュアクからセプテンバー湖に行くにはこの川を遡らなければならないのだ。

落ち着いて考えろと私は自分に言い聞かせた。明るい時期の下りで4日かかったのだから、暗い中を遡ったら最低5日、下手したら1週間だ。私はもう一度、海岸の岩場に目をやり、5日後の弱まりはじめた月光で本当に麝香牛の黒い影と岩の見分けがつくか想像した。それに天気の問題もあった。今は晴れて視界がいいが、氷床のときみたいに上空が雲におおわれたら何も見えなくなる。湖に着いたときに都合よく晴れているとは限らない。というかその可能性は低いような気がしてきた。そして、とても無理だと思った。ドーパミンが切れたせいか急に弱気になって、月の光だけで麝香牛なんて獲れるわけがないと思えてきたのである。もしセプテンバー湖に行き麝香牛が獲れなかったら、他にルートはないのでまた川を下るしかない。だとしたら他にもっといい場所があるのではないか……。

今日はテントのなかでじっくり考えたほうがいい。そう思い直し、私は、今度はとぼとぼ2時間近くかけて来た道を引き返し、英国隊デポ跡地にテントを張った。

(角幡 唯介)

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