ブレハッチ×恩田陸『蜜蜂と遠雷』対談「ショパン演奏に潜む苦悩と美学」

ブレハッチ×恩田陸『蜜蜂と遠雷』対談「ショパン演奏に潜む苦悩と美学」

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  • 更新日:2017/11/12
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恩田陸(おんだ・りく):『夜のピクニック』『ユージニア』『中庭の出来事』など著書多数。浜松国際ピアノコンクールを4度取材した『蜜蜂と遠雷』で直木賞を受賞/Rafal Blechacz:1985年生まれ。2005年のショパン国際ピアノコンクールで優勝と副賞をすべて獲得した。新世代のスターとして世界中で演奏活動を行う(撮影/写真部・大野洋介)

恩田さんの直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』執筆のきっかけになったのが、新世代のスターとして世界中で演奏活動を行うピアニスト・ブレハッチさんの存在だった。初対面を果たした二人が、ショパンの神髄を語る。

恩田:私は昨年、「芳ヶ江国際ピアノコンクール」を舞台に、若いコンテスタント(コンクール参加者)が競い合い成長していく小説『蜜蜂と遠雷』を書きました。このコンクールのモデルとなったのは、ブレハッチさんも最高位経験のある「浜松国際ピアノコンクール(以下、浜松ピアノコンクール)」です。何度も浜松に通ううち、素晴らしいコンテスタントだったブレハッチさんのことを聞き、それが執筆のきっかけとなりました。ブレハッチさんにとって浜松ピアノコンクールでの経験(優勝者なしの第2位)はどんな意味があったのでしょうか。

ブレハッチ(以下、ブ):とても大きな意味がありました。というのは浜松ピアノコンクール後にショパン国際ピアノコンクール(以下、ショパンコンクール)への参加を控えていたからです。それまでポーランド国内で開催された小規模のコンクールへの参加経験はありましたが、浜松のように四つも段階があって、3週間続くような世界規模のコンクールは初めてだったのです。

恩田:ポーランド人のブレハッチさんにとって、(ワルシャワ出身の作曲家の名を冠した)ショパンコンクールはプレッシャーだったでしょうね。

ブ:実は、プレッシャーを避けるために大変努力をしました。浜松の時もそうでしたが、とにかく期間中はコンテスタント仲間をはじめあらゆる人との接触を避け、耳に何も入らないようにしていました。ラジオやテレビはつけず、プレスの会見内容も一切知らない状況の中で音楽に集中したのです。

恩田:そうでしたか。コンクールには勝ち負けの要素があり、私はそれを『蜜蜂と遠雷』で書いたのですが、ブレハッチさんご自身は人の演奏を聴いて「勝った」とか「かなわない」と思ったことはおありですか。

ブ:コンクールでは他の人の演奏を聴かなかったので、そういうことを経験する機会自体がありませんでした。演奏に必要なインスピレーションはコンクール前に得ておく、自分の確固とした解釈を身につけておくというのが私のスタイルです。でも、コンクールの場で他の人の演奏に触発されたいと思う人もいて、私の仲間たちも積極的にホールの中に入って聴いていました。私も、自分の演奏は聴いてみたかったですね(笑)。

恩田:ブレハッチさんは浜松ピアノコンクールやショパンコンクールの審査員だった中村紘子さんともご縁がおありでしたね。

ブ:最初に声をかけていただいたのは、ウィーンで行われた浜松ピアノコンクールのオーディションでのことでした。演奏を終えて結果が出る前にホールの脇に立っていたら、紘子先生が近づいていらして「私、あなたの演奏がとても気に入ったわ。浜松でお会いしましょう」と言ってくださったのです。だから私は結果が公表される前に自分が通過したことを知ったわけです(笑)。その後も本選、ショパンコンクールにおいて、審査員とコンテスタントとしてのご縁がありました。まさに日本とショパンを結んだ方でしたね。

恩田:私は、ポーランド人であるショパンのイメージはある程度持っていますが、誰かの演奏を聴いて「どこか違う」と思うことはあっても、「これがショパンだ!」と思うことはあまりありません。でもあなたの演奏を聴いたポーランドの方は、「これがショパンだ!」とわかったのではないかと思うのです。

ブ:クラシック音楽をよく知らない人は、私の演奏を聴いても「ああ、ショパンだ」としか思わないかもしれませんね。ショパンは特別なスタイルで書かれた音楽ですので、どう弾けばいいというレシピはありません。ピアニストがそれぞれ個人的に研究を深めるしかなく、多くの人が悩み、苦しみ、その中から何かを得ていくのだと思います。何かを得るためにはそれぞれの心に聞いてみないといけない。その上で心の奥底から湧き出てくるものがショパンらしさでしょう。ただし、あまりロマンチックにしすぎないことが重要だと思います。

恩田:今回ブレハッチさんのいろいろな録音を聴かせていただきましたが、どれも音が素晴らしくて感激しました。ショパンの「ポロネーズ集」では、初めてポロネーズとはどういう曲なのか、わかった気がしています。ポロネーズはポーランド風の「舞曲」ですし、勇ましくて儀礼的な曲だと思っていましたが、本当はメランコリックというか、どこかやるせないものがあるのだと感じました。そういうことも考えながら弾いていらっしゃるのでしょうか?

ブ:はい。自然に出てくるものではなく、相当楽譜を研究した結果としてメランコリックな要素が出てくることもあります。

恩田:ブレハッチさんが理想とするイメージがあってそれに近づけるのか、それとも理論的に構成を考えた上で近づけていくのか、どちらでしょう。

ブ:曲にもよりますが、楽譜を見た瞬間から理想はこうだと浮かんでそれをめざすべく練習するものもあります。あるいは解釈を続けていくうちにようやく見えてきて形になるものもあり、いろいろですね。

恩田:毎日の練習はどれくらいなさっているのですか。

ブ:ツアーの途中なのか、家にいられる時なのかによっても違いますが、今のように日程の詰まったツアー中ですと1日4~5時間以上弾くことはありません。でも家にいる時は、6時間以上は練習します。

恩田:今でもどなたか先生について勉強を続けていらっしゃるのでしょうか。

ブ:今は定期的に習っている先生はいないんです。一人で研究し、練習し、音楽をつくっています。でも、必要があれば世界中でお会いする素晴らしい音楽家に相談したり、お話を伺ったりします。ピアニストだけではなく、指揮者に相談することもありますね。指揮者でありチェンバリストでもあるトレヴァー・ピノックさんなどとは実際に練習もしますし、よい意見交換ができています。

恩田:哲学の勉強もしていらっしゃると伺いました。

ブ:まさに博士論文を仕上げたところです。私は哲学の中でも音楽と関わる美学に興味があり、勉強していけば私の演奏にも役に立つかもしれないと思っています。音楽を演奏するとはどういうことか、その中で自分は何者であるか、コンサートはどういうものであるかということを研究してきました。趣味はと質問されたら、「ピアノ、哲学、オルガン、車の運転」と答えるでしょう。オルガンには幼い頃から教会に通って親しみましたし、4歳の時から自分でも習い始めました。カトリックの家庭に育ち、幼い頃から教会の中で宗教曲を聴いたことはバッハの解釈をする時などに役立っています。車の運転も大好きで、欧州のツアーでは自分でハンドルを握って移動することもあります。わりとスピード狂かもしれません(笑)。

恩田:今は世界中をまわっていますが、どんなことに喜びを感じていらっしゃいますか?

ブ:コンサートの舞台に出ていって、たくさんのお客様の前で演奏することですね。自分は一人ではないのだ、こんなにたくさんの方々と音楽の素晴らしさを分かち合えるのだと感じることです。私は仮に録音がなくなっても生きていくことはできます。でも、コンサートのない人生は考えられません。

恩田:演奏を終えて「今日はよくできた」と思う日もありますか。

ブ:ピアノも調律も音響も、その他の条件も全て整っている環境で、満員のお客様が期待に満ちて待っている中、私も完璧に深い演奏ができたなら、ある種の満足感は得られるでしょう。しかし、たとえそうであっても、翌日はまた別の演奏になります。結局のところ、究極の理想に近づいていく過程こそが美しいのであって、生きている間はその理想にはたどり着けないのではないでしょうか。

恩田:またどうぞ素晴らしい演奏をお聴かせください。ありがとうございました。

(構成/ライター・千葉望)

※AERA 2017年11月13日号

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