マリエの「枕営業」告発が大問題にならない理由 騒動からみえる令和型「判官びいき」の構図

マリエの「枕営業」告発が大問題にならない理由 騒動からみえる令和型「判官びいき」の構図

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  • 更新日:2021/05/02
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マリエ(C)朝日新聞社

マリエの衝撃告発から、ひと月がたった。4月4日にインスタグラムの生配信で、15年前、当時のトップ芸人・島田紳助(2011年に引退)に関係を迫られたと明かし、断ったことで紳助絡みの仕事を失ったと主張。また、同席していた出川哲朗が止めなかったとして、「CM出てるのはマジで許せない。本当に許せない」と非難した。

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ただし、出川サイドは「お騒がせしているような事実はない」と否定。また、酒らしきものを飲みながらの発信という彼女のやり方にも、疑問の声があがっている。

15年前の真相はさだかでないものの、この件で久々に注目されたのが「枕営業」だ。実力者とこれから成功しようとする者が性的につながることで、おたがいに利益を得ようとすることを指し、世間的なイメージはよくない。が、芸能界では昔から、さまざまなうわさが語られてきた。

とはいえ、その実態は都市伝説みたいなもの。うまくいった場合、おたがいに得をしているので、真相が明かされることはめったにない。明かされるのはもっぱら、利益を得られなかったと感じた一方からの暴露というかたちだ。

たとえば、1990年代に騒がれた松田聖子の不倫トラブル。あれも一種の枕営業といえる。ジェフ・ニコルスやアラン・リードといった相手男性がメディアを通して暴露に及んだのは、男性側のほうに交際によるメリットが物足りなかったからだろう。

とはいえ、マリエの告発が事実なら、彼女は枕営業を断り、そのために一種のパワハラを受けたことになる。しかし、現在は紳助が引退していることで、結果的に非難の矛先が出川に向けられたような構図になった。あのとき、止めなかった出川ごときが売れていることが許せない、みたいな言い分にも思われる。

実際、出川はここ数年、好感度を上げている。その反動もあって、ガッカリしたという見方をする人もちらほら出てきたが、大々的なバッシングが始まったかというと、そうでもない。むしろ、同情する人も出てきた。そこには、かつてセレブタレントとして世に出たマリエに弱者のイメージが希薄なこと、本の出版計画が明らかになってその宣伝かという指摘がされ始めたことが関係しているようだ。

また、出川のほうにも弱者的な側面がある。15年前、彼が紳助に意見できるような立場ではなかったことは多くの人が感じることだろう。

それゆえ、この騒動はどこか曖昧なものになっている。どちらに肩入れしていいか、よくわからない人が大半なのではないか。

この手のスキャンダルが盛り上がるかどうかは、「判官びいき」をできるかどうかにかかっている。つまり、かわいそうな弱者に入れ込み、強者をバッシングする快感があるかどうかが重要なのだ。

ここ数年はそこにネットニュースやSNSという新たな文化が絡むことで、その質も変化してきた。スキャンダルが一気に広まり、あっという間に国民投票みたいな状況になり、善玉悪玉の図式(というか、イメージ)がはっきりしてくると、即座に同情とバッシングの波が起こる。いわば「令和型判官びいき」へのアップデートだ。

不倫トラブルなどではこれが顕著で、昨年は東出昌大や渡部建がこの波にのみ込まれ、ジャニーズ事務所にあれほど庇護されてきた近藤真彦ですら無期限の活動自粛に追い込まれた。

ジャニーズつながりでいえば、独立トラブルにもまた、このアップデートによって変化が生じている。かつては業界主導による処理の仕方がわりと一方的に通りやすかったが、ネットでの反発が顕著な場合、業界もそれを無視できなくなってきた。新しい地図の3人がSMAP解散時よりも盛り返し、地上波のテレビでもまた活躍し始めたのはこの判官びいきがプラスに働いたからだろう。

のんについても、似たことがいえる。独立以来、メジャーな仕事から干されたような状況に対し、理不尽だとする判官びいき的な見方はネット中心に根強く、それが彼女の生き残りを後押ししてきたのだ。

もっとも、令和型へのアップデートは別の違和感ももたらしている。スキャンダルへの極端な反応が出た場合、業界も極端な対応を素早くとるしかないので、活動自粛や作品の封印といった展開への加速が目立つのである。昔なら、業界的な「なあなあ」も作用して、もうちょっと妥協した着地になっていたはずのものが、何か救いのない流れになっているケースもある気がしてならない。

もちろん、判官びいきの恩恵を受けられれば、新しい地図やのんのように助かる人もいるのだが、その逆の立場になった人には容赦がない。活動自粛や作品の封印となれば当然、ファンは悲しむし、他の芸能人も迷惑をこうむることになる。スキャンダルの内容にもよるとはいえ、そのあたりへの配慮というか、想像をもうちょっと働かせてもよいのではということも感じたりする。

たとえば、最近、筆者は「オトナンサー」に執筆した「広瀬すず、杉咲花らが巣立った伝説ドラマ『学校のカイダン』」を語り継ぎたい!」という記事のなかで、伊藤健太郎に言及した。このドラマのメインキャストのひとりだったことに触れ「昨年10月、交通事故に伴う不祥事を起こしてしまったものの不起訴処分が決定。SNSで謝罪も行い、活動再開が期待されています」と書いただけだが、多くのファンから感謝の反響が寄せられ、その切実な思いに改めて気づかされたものだ。

ネットがなかった時代は、大衆が知る情報は今より限られ、その気分を反映させる場も今ほど大きくはなかった。そのぶん、業界やメディアの望む流れになりやすく、今ならもっと同情を受けられそうな人が泣き寝入りするようなケースも多かったかもしれない。

ただ、特殊な例ではあるが、一種の自浄作用が働くこともある。1979年のTBSプロデューサー・久世光彦の不倫をめぐる樹木希林の告発がそれだ。

ドラマ「ムー一族」の打ち上げで、彼女は久世と21歳の女優・のぐちともこが不倫関係にあり、もうすぐ子供が生まれることを公表。のぐちはこのドラマにも出演中だった。久世はのちに妻と離婚して、のぐちと再婚するが、この時点ではテレビ界の大物と新進女優とのあいだに成立した「枕営業」のような見方もされたものだ。

しかし、樹木は久世を断罪するために告発したのではない。「久世さんがああした状況の中でなし崩しにショボショボしていくのが耐えられなかった」「ふたりの気持ちを軽くしてやろうと思った」(日刊ゲンダイDEGITAL)というのが真の狙いだった。

そして、久世の死後にもこんな話をしている。

「だけど、久世さんにも言ったんだけど『ああいうことがなかったら、あなた本書いてないよ』って。『うん、まあな』って言ってた。やっぱりああいうきっかけでTBSを辞めることができたわけよ」(「hon-nin」)

実際、久世はこのスキャンダルを機に独立して制作会社を立ち上げ、文筆活動でも高い評価を受けた。久世の才能を惜しみ、のぐちの幸せを考えての公表でもあったわけだ。第三者が告発することによって、最後は丸く収まったともいえる。

思えば、前出の聖子の件にしても、暴露した男性たちはその見返りとして金銭などを得ている。一方、聖子はそれをスルーすることで打たれ強い大物感をさらに高めた。

大衆の判官びいきが行き過ぎると、誰かひとりを不幸にしてしまうおそれがある。むしろ当事者たちに任せることで、それぞれがそれなりに幸せでいられることもある気がするのだ。

とはいえ、他人のトラブルに首を突っ込むのは楽しいし、正義感に酔えたりもする。それが法に触れそうなことなら、断罪もしたくなるだろう。ただ、そこは警察や裁判所といったその道のプロに委ねて、大衆も、そしてメディアもそれなりの節度を持ってなるべく向き合いたいものだ。

曖昧な結末をたどりそうなこの「枕営業」騒ぎが、もしかしたらその転機になるかもしれない。

●宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

宝泉薫

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