私、クリームコロッケ作れないけど「問題」ございますでしょうか?

私、クリームコロッケ作れないけど「問題」ございますでしょうか?

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/11/20
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大学生活も後半になると平日授業がない日なんかもあって、実家で過ごす時間が増えた。今でこそ社会人になって、平日の昼間に家にいることは減ったが、ゆるゆると起き出してはなんとなく午後から活動するのがわたしのルーティンだった。

なんとなくの雑音を求めて、わたしは家でだいたいテレビをつける。しっかり観るというよりは、テレビの音がする空間に安心するのだ。

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叔母さんの一言で思い出した、以前も体験したことある「この感覚」

その日のわたしは、ガヤガヤとした雑多なワイドショーとニュースの雰囲気がなんとなく嫌で、とある料理番組をBGMに選んだ。おそらく皆さんも知っている、有名な料理番組である。

内容としては街中で若い人を捕まえて、お題の料理を試しに作ってもらう様子を、スタジオから眺めるという構図の料理番組。めちゃくちゃなレシピを自己流で作り上げる人、それっぽく作るけどちょっと本家のレシピとは異なるものができてしまった人、もはや黒こげになった物体を創り出すひと。そこにスタジオの大人が揶揄を入れ、最後にシェフが出てきて正解のレシピを作る。おおよそ、そんな流れだった。

初めはなんとなく見ていたのだが、だんだんと何かが気になり始めた。ずっと喉に刺さった魚の小骨が取れない気分で、それでも家にいる時間は大体いつも同じ時間帯なので、ときどき流しながら番組を観ていた。

そしてある日、わたしがいつもテレビを観ながら作業をしている時間に、家に親戚が来ることになった。そのときに流れていたのが、いつものあの料理番組だった。

確かその日のお題は、クリームコロッケだっただろうか。なかなかにハードルが高いお題に、自分なら無理だわと心の中でひとり呟いた。画面の中のちょっと派手なお姉さんが失敗するのを観て、親戚の叔母さんはゲラゲラ笑っていた。そして私に言った。

「suuちゃんはもっと上手に作れるよね?」

一瞬の沈黙。しかし、叔母さんがあまりにも楽しそうだったので「作れますよこれくらい」と小さく呟いて返した。チャンネルはそれとなく変えた。変えたチャンネルの内容は、よく覚えていない。

この感じをわたしは知っている。以前も体験したことがある。もちろん、叔母さんに悪気はない。軽い冗談だったかもしれない。

「何かから外れている人」がいることで、安心したり暇つぶししたり…

そもそも“この時間に”流れていることの意味、この時間にテレビを観ている層は、どんな人なのかを突き詰めて考えれば、答えはすぐだった。

わたしは、番組の批判をしたいわけじゃない。だからここから先は、あくまでわたしの個人的な意見でしかない。

クリームコロッケを作れない若者を観て安心したり、退屈を紛らわせたりしたい誰かのために作られた番組は、小学校の時に問題児として名前が挙げられたあの子の話が夕食に上った時に似ていた。

うちの家庭は違う。うちは普通だもの。

“何かから外れている人”と、“そこには属していない安全圏のわたしたち”の構図がそこにはある。少なくとも、わたしはそう感じた。そして最後には極めつけにシェフが出てきて、いい素材で美味しそうなクリームコロッケを作る。街中で突然捕まえられて作るのとは訳が違う。

自分は自分。だから「比較」なんて、もうやめてしまえばいい!

メディアにおける“笑い”について、かなり考えさえられる問題だが、対象が“笑われることを生業としてお金を稼いでいる”場合にのみ許されるのではないかと考える。芸人さんがバラエティ番組で弄られていても、彼らが望んで笑いを取ろうとしているのだからこれは話が別だ。

誰に向けて発信しているのか、受け取り手の環境、様々な要因によって微妙にニュアンスが異なるため、確固たる答えがあるわけではないからこそ、メディアについて発言するのはなかなか勇気がいる。だからこそ、言わせて欲しい。あの瞬間、確かにわたしは不快であった。

メディアと一括りにしても、内訳はもう数え切れないくらい細かい。SNSも個人ブログも今や誰もが発信者となって、自由に発言できる時代。テレビとの距離感より、ずっとずっと近いスマートフォンを通じて放たれた言葉の矢が誰かの命を奪ってしまうニュースは、わたしも貴方も数え切れないほど聞いてきたはずだ。テラスハウスの打ち切りも、コンカフェで働く女の子の自殺配信も遠い世界の話ではない。

“わたしたちと切り離された誰か”という物事の見方は、いつしか誰かを傷つけてしまうかもしれない。

自分への自信は、決して誰かと比較の上で身につけていくものではなく、己を高めることで自ずとついてくるものである。だから、比較なんてもうやめてしまえばいい。メディアを通じて、誰かの幸せに引け目を感じる必要も、自分より下を探してくだらない優越感に浸る必要もないのだ。

わたしはわたし、貴方は貴方。三つ星シェフみたいなクリームコロッケを作れなくたっていい。ちょっと不細工なくらいが、きっと愛らしい。

魚の小骨が、今ようやく取れたような気がする。

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