私には「可愛い」を更新する責任があるから、今日も鏡に笑いかける

私には「可愛い」を更新する責任があるから、今日も鏡に笑いかける

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/10/16
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私は、可愛い。

そう思っていても、普段は胸の中にひっそりと隠している。でも、世間様や目の前の人に向かって声高に言い切りたい時がある。

私は「可愛い」自分になるため、数えきれないくらいの努力をした

私は顔立ちや遺伝云々は置いておいて、可愛いを詰め込む努力に関しては随分行った方だ。つやつやサラサラのロングヘア、ナチュラルに見えて作りこんだメイク、華奢なアクセサリー、ピンクのグロス、淡い色調のレースやとろみ素材の服、ロマンティックなパンプス、甘い香り、数え上げるとキリがない。迷った時は、“女の子らしい方”をモットーに自分を作り上げてきた。

可愛いを身につけることさえ許されずに、隅っこで小さくなってた丸々とした私は、可愛いは正義で無敵だと思っていた。これさえあれば何でも上手くいくと。現実は私の格好のように甘くはなかった。

まず私の心を打ちのめしたのは、この世に生を受けた時点で可愛かった子達の存在だ。いや、もう、遺伝子が違う。自然乾燥で髪はトゥルトゥル、肌荒れとは無縁の陶器のような肌、痩せてるのが当たり前。さらに、親から高価で可愛い身なりにしてもらえる。私が努力で勝ち取ったものは、初期装備である。

その事実を認識時点でクラクラしたし、やはり本物の前では負けてしまう。皆が本当に誉めそやすのは本物だ。私がさっきまで皆から貰っていた「可愛い」は、急に現れた隣の子に集まっていくのを感じながらにっこり笑うしかできない。あーあ、努力値がそのまま見た目に反映されたらいいのに。

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可愛いは褒められるけど、絶対「幸せになれる」とは限らない

次に、可愛いは絶対に幸せになれるかといったら、そうでもないこと。さっきまでの内容と矛盾してるかもしれないが、トータルで見ると“可愛い”の烙印を押される程度の私でも、可愛いを求めるくせして幸せは同程度くれない世の中の理不尽さにぶち当たったことがある。

その最たるものが恋人である。世の多くの乙女たちがそうであるように、私もデートの数日前から仕込みを始める。まずは、パックやトリートメント、マッサージでコンディションを底上げする。当日には、2時間かけて丁寧にヘアメイクして、思い出して貰えるようにといつも一緒の香水をつけて、最後に鏡に笑いかけて家を出る。足取りも軽い“可愛い彼女”の完成だ。

しかし、私がこれほど手間をかけたとしても、彼氏はタンスの一番上から取ったような服を着て、寝癖のまま現れるということが多々あった。

「ここまで頑張ってきた彼女の隣によくそれで並べるな」とか思ってしまっていた、ごめんね、私が勝手に頑張ってきただけだし、君は「そのままで十分」って言ってくれてた人なのに。そして「可愛さを褒めてくれない」と拗ねていた。私はこんなに頑張って可愛いを保って更新しているのに、彼氏さえ認めてくれない。

可愛くても幸せになれないのに、どうしてまだ可愛くするのだろう…?

今考えれば、かなり押し付けがましい可愛いであるが「気持ちはわかるよ」というのが本音である。そもそも私が、可愛くいたいだけなんだけれど、たまには他の人にも認められたい、いやけど自分が可愛いと思えない姿でそう思われるのも不本意だしといった複雑な意地と自尊心。

けど、結局私は可愛い自分がハチャメチャに好きなのだと、その彼と関係が最悪といっても差し支えないほど悪化した時にやっと気づけた。何回浮気されようが、邪険にされようが、暴言を吐かれようが、私は毎日完璧なヘアメイクでつんと顎を少し上げて堂々と学校に行った。

「可愛くしてても幸せになれなかったのに、どうしてまだ可愛くするんだろう」と朝の冷えた洗面所の鏡に写った自分に問いかけたこともある。

答えは「可愛い自分の方が好きだから」という単純明快なものだった。向かい風にも最高の可愛いをぶつけてやりたい。これが私だ。

ちょっぴり意固地で必死なくらい日々可愛いを更新しようと頑張る私。

まだまだ皆は、その魅力に気づいていないみたいだし、シンデレラのガラスの靴のように幸せへの鍵にはなったりしないとわかっているけど…私は、可愛い。

まい

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