「今はもう冷戦時代じゃない。友達が友達をスパイするなどあり得ない」 メルケルが“知的レベルが同じ”オバマに“激怒”した真相

「今はもう冷戦時代じゃない。友達が友達をスパイするなどあり得ない」 メルケルが“知的レベルが同じ”オバマに“激怒”した真相

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/11/25

4期16年にわたりドイツを率い、近く政界を引退するアンゲラ・メルケル首相(67)。メルケル氏は監視国家である東独出身者であり、常に挙動を見張られ、ときに同僚に密告されるなどの目に遭いながら過ごしてきた。そのため、人権やプライバシーへの意識を人一倍強く持つようになったメルケルだが、アメリカのオバマ大統領(当時)との信頼関係が危機に瀕したことがある。メルケル氏の素顔に迫った評伝『メルケル 世界一の宰相』より、オバマ大統領とメルケル氏のエピソードを再構成して紹介する。(全2回の2回目。前編を読む

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オバマに対し懐疑的だったメルケル

オバマに対するメルケルの第一印象は、「生き急いでいる若者」というものだった。若くカリスマ性のある演説で脚光を浴びるその姿が、キング牧師やケネディ大統領の演説を真似しているように見えたからだ。質実剛健なメルケルからすると、オバマには謙虚さという美徳が欠けている気がしたのだ。

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アンゲラ・メルケル首相 ©️AFLO

ヒラリー・クリントンは、こう証言する。「はじめ、メルケルはオバマに対してどこか懐疑的だった。『オバマの政策はどのようなものなのか? 実際のところ、どんな人物なのか?』ということを知りたがっていた」。ドイツの人気雑誌「シュテルン」は、2008年にオバマを表紙にしたとき、“救世主? それとも扇動者(デマゴーグ)”との見出しをつけた。まさにメルケルは同じような疑念を感じていたようだ。

もしかしたら、オバマへのちょっとした嫉妬もあったのかも知れない。聴衆を鼓舞するオバマをテレビ中継で見ていたメルケルは、言葉だけで多くの人をあれほどの歓喜の渦に巻き込むのは、自分にはできないと分かっていた。メルケルが演説を終えても、「愛している!」と叫んでくれる聴衆はいないからだ。

けれども、メルケルの懐疑とはうらはらに、オバマのアメリカ国内支持率は大統領就任1年後の2010年になんと80%を記録。同年、オバマケア(医療保険制度改革)に署名する姿を見て、さすがのメルケルも、オバマが口先だけではないのを認めないわけにはいかなかった。

性格的にはよく似たふたり

東ドイツのルター派の元科学者であるメルケルと、ケニア人の父とアメリカ中西部出身の母のあいだに生まれたオバマ。バックグラウンドこそ違うが、性格的にはよく似ていることがやがて分かってきた。ふたりとも、知性的で、感情よりもグラフに示された事実、あるいは分厚い報告書に記された事実を重んじ、没個性的な政治を好む。つまり政治を自らのアイデンティティとするのではなく、あくまで仕事としてこなすのだ。また、中央の政界から見ればよそ者ながら、大方の予想をくつがえして政権の座に就いた点も共通していた。

しかし、メルケルにとって意外だったのは、にこやかな笑顔がトレードマークのオバマが、少人数のグループでは無表情な学者のように、さもなければ弁護士のように、厳しい一面を見せることだった。「メルケルはオバマのことを、自分と知的レベルが同じと感じていた」と、ふたりの会談に頻繁に同席していたオバマ政権の担当者は証言する。

オバマからの賞賛

一方のオバマがメルケルに賞賛の念を抱くようになったのは、何年も経ってからのことだ。オバマの側近によると、「アンゲラ・メルケルはまさにオバマが手本とするタイプの指導者だった。現実的だが、信念のためなら賭けに出る」。もうひとりの側近であり、のちにバイデン政権の国務長官になる人物は、オバマがこう語ったのを記憶しているという。「何か知りたければ、たいていのことはアンゲラ・メルケルに尋ねる」。

メルケルとオバマの関係が良好だったのは、オバマが真のフェミニストであることによるところも大きい。女性に任せれば、世界の問題の半分は解決するというのが、オバマの口癖だった。プーチン(ロシア大統領)、エルドアン(トルコ大統領)、ネタニヤフ(イスラエル首相)、のちのトランプと、トラブルの元凶は男だからだ。

だが、そんなふたりの信頼関係が完全に崩れるような出来事が起きる。

オバマ政権による携帯電話への盗聴が発覚

2013年6月23日、ロシアの大統領プーチンが「今年はクリスマスが早く来た!」とうれしそうに言った。アメリカの内部告発者である元CIA職員エドワード・スノーデンが、ロシアへ飛行機でやってきたからだ。無数の機密文書を“手土産”として携えて。長年、オバマやメルケルから人権侵害を痛烈に批判されていたプーチンだったが、スノーデンに関しては、政治的亡命者として保護すると積極的に申し出た。

スノーデンはアメリカ政府がその名のもとに行なっていることを「世間に知ってもらいたい」とし、数々の機密文書をアメリカのワシントン・ポスト紙とイギリスのガーディアン紙で公表。そこで明らかになったのが、オバマ政権がドイツ国内の電話を盗聴し、メールを盗み見ていたという事実である。さらに10月には、メルケルのプライベートな携帯電話が盗聴されていたことも判明した。

メルケルは、激怒した。東独出身で、監視国家の被害者として育ってきたからだ。メルケルは、当時の勤務先の同僚や親しい友人から、秘密裏に監視されながら20代を過ごしてきたのだ。

メルケルは、すぐさまオバマに電話をかけ、怒りをぶちまけた。あまりにも腹が立って、ドイツ語で激しく非難した。「今はもう冷戦時代じゃない。友達が友達をスパイするなどあり得ない」と。

さすがのオバマも、メルケルをなだめる言葉が見つからず、ふたりの信頼は完全に崩れた。両国の関係もすっかり冷え込んだ。

実際のところ、メルケルの携帯電話からどのような内容が盗聴されたのだろうか。メルケルの通話記録を読んだアメリカの外交官はこう語る。「その盗聴から得られたものは何もなかった。メルケルは非常に賢く、問題となるようなことは何ひとつ電話では話さなかった。会話の内容といえば、『夕食はどこで?』とか『明日の予定は?』といったことだけだった」。けれども「盗聴は、オバマから真に信頼されていない証拠のような気がして、メルケルは不愉快だったのでしょう」。

今後私たちは同胞の話を録音しない

同年の6月後半の時点で、ドイツを公式訪問していたオバマ。おそらくドイツの機嫌を取るためもあっただろう。しかし、ドイツ公共放送連盟は、国民の60%以上がアメリカを信頼できないと考えていると報道。首相官邸を訪れたオバマを、メルケルはバルコニーに案内し、通勤列車を指差しながら、オバマも重々承知しているはずのことを説明した。「ドイツ人がこれほど憤っているのは、多くの国民が監視国家で暮らしていたからです」。ふたりは腹を割って話した。

それからの数日間、ふたりが公の場所に登場するたびに、「友達をスパイすること」について質問をされた。だが最終的には、二国間の崩れた信頼関係が話題にのぼることはなくなった。国際社会を見渡せば、ほかにも危機に瀕していて、解決せねばならないことが山ほどあったからだ。

オバマは盗聴に関しては公には責任は取らなかったが、今後「私たちは同胞の話を録音しない」と明言した。メルケルは根に持つタイプではなく、また、国家の問題を個人的な感情に結びつけるタイプでもなかった。プライベートな携帯電話の盗聴にオバマが同意したという事実を、メルケルは水に流した。そうせねばならなかったからだ。そして、携帯電話を買い換えた。

(文藝春秋翻訳出版部/翻訳出版部)

文藝春秋翻訳出版部

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