「アメリカでの準決勝と決勝は、完全にアウェーになります。そこでいかに平常心で、いつも通りのプレーができるのか。間違いなくそこが勝負になると思います」
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2006年に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の優勝メンバーであるプロ野球評論家の薮田安彦氏は警戒心を込めてそう語った。
当たりが戻ってきた村上宗隆
3大会ぶりの優勝を目指す侍ジャパン。舞台は、大観衆が背中を押してくれた東京ドームからフロリダはマイアミにあるローンデポ・パークに移る。環境の変化にいかに対応するかが侍ジャパンにとって重要となるが、その前に薮田氏は、準々決勝のイタリア戦を振り返り次のように解説する。
「大谷翔平選手はかなり気合が入っていましたね。スプリットを上手く使いながら、しっかりと抑えていた印象です。一球一球、気持ちを入れて、先制点を与えないようにピッチングをしていました」

投打で活躍した大谷翔平選手 ©佐貫直哉/文藝春秋
大谷は2失点するも5回途中まで投げ切り、その後、伊藤大海、今永昇太、ダルビッシュ有、大勢が継投し、いい流れを作った。
「僕が注目していたのはダルビッシュ投手なのですが、前回(韓国戦)とは違い、カットボールを使い、きちんと修正できていたように感じました。ただ、まだ実戦が少ないのか本来の力を出し切れていない。WBCで2試合投げたことで状態は上がっていると思うので、球数を考えても次の試合に行けるはず。栗山英樹監督次第ですが、おそらく本人は準決勝以降も投げる覚悟はあるでしょうから、次行くときはさらにいいピッチングを見せてくれると思います」
また不振だった村上宗隆に当たりが戻ってきたのも日本にとっては好材料だという。
「本人も修正できてきたとコメントを出していましたし、イタリア戦でタイムリーを含むマルチヒットを打てたことで気持ち的にも楽になったと思います。ミスショットも少なくなり、反対方向に強い打球が打てていたので、次戦でも期待していいと思いますね」
侍ジャパンにとっての“最大の障壁”
さて、アメリカに乗り込んだ侍ジャパン。イタリア戦後、選手たちはすぐさま空港へと向かいチャーター機に搭乗し13時間のフライトを経て、現地時間の17日午前3時前にフロリダ州マイアミに到着した。準決勝は、3日後の20日19時(日本時間21日8時)にプレイボール。薮田氏は2006年の自身の経験から、障壁は“時差ボケ”であり、それをいかに克服するかが重要だと説明する。
「僕の時も結構きつかったんです。行きの飛行機の中で調整したり、また現地でも試合時間に合わせて、寝ないようにしたり、あるいは早めに寝たり、いろいろ考えながら調整したのを覚えています。何とか僕はコンディションを合わせることができましたが、人によってそれができるかできないかは個人差があると思いますし、少なからず影響は出てくると思います。その点を考えると、アメリカで1次ラウンドと準々決勝を戦ったチームの方がアドバンテージはあるでしょう」
またよくメジャーのマウンドは硬いといわれるがその点に関してはどうだろうか。薮田氏はWBCのほかに、MLBカンザスシティ・ロイヤルズで2年間プレーした経験を持つ。
「確かにメジャーのマウンドは硬いんですけど、近年は日本のスタジアムもマウンドを硬くしている傾向があるので、以前ほど違和感はないと思います。それよりも問題は湿気ですよね。マイアミは高温多湿で、今の時期も30度以上あると聞いています。開閉式の屋根のあるスタジアムで、おそらく当日は閉めて開催するとは思うのですが、それでも湿気はあるのでピッチャーはボールの感覚が変わってくる可能性が高い。そこは多少なりとも影響してくると思いますね」
そして冒頭で語っていた、これまでとは違うスタジアムの雰囲気。準決勝の相手はメキシコ。フロリダは中南米・カリブ海諸国へのゲートウェイであり、現地に住む人はもちろん、海を渡り応援にくる人も多く、日本にとっては完全アウェーになることが予想される。
戦い方を変える必要もあるのか……?
薮田氏は2006年の2次リーグで地元アメリカと対戦。味わったことのない異様な雰囲気の中、アレックス・ロドリゲスやデレク・リー、ジョニー・デーモンら当時のビッグネームを完全に封じ込めた経験を持つ。
「大事なのはリードを許さないこと。スタジアムが盛り上がってしまいますし、仮にそうなったとしてもはね除けるような戦い方をしなければいけません。いずれにせよ東京ドームとは違いますし、実力のある相手ですから厳しい試合になることは間違いない。僕の場合は、日本といるときと同じように準備をしました。ルーティンを淡々とこなし、いつものようにマウンドに立つ。日の丸を背負っているからって気負うことなく挑むことができたので、うまく自分の力を発揮することができました」
プレッシャーが掛かる試合であることは間違いないが、そこでいかに自分の力を余すことなく発揮できるか。
「まずは飲み込まれないように。けど実績のある選手たちばかりですし、ここまで厳しい試合を越えてきた経験もあると思うので、きっと大丈夫だと思います。それに大谷選手やダルビッシュ投手といった現地を知る頼りになるプレイヤーがいますし、彼らの持っている経験や情報はきっと役に立つと思いますね」
勝つために日本は、自分たちの野球をやるだけだと薮田氏はつづける。
「選手の層はもちろん、1次ラウンドと準々決勝の戦い方を見ても、日本はなにかを変える必要はまったくないと思います。ただ負けたら終わりの戦いなので、とにかく無駄なフォアボールやミスを出さないことが肝心。不安材料があるとすればそこだけです」
準決勝と決勝のキーマンは果たして誰だろうか。
薮田安彦氏が明かしたこれからの“キーマン”
「僕は村上選手だと思っています。当たりも戻ってきていますし、やはりここは期待したい。ただ、あとは打順をどうするのか。3番の大谷選手は絶対に警戒されますから、その後ろを打つ選手が重要になります。イタリア戦と一緒で吉田正尚選手のままでいくのか、それとも村上選手を戻すのか、そこは注目したいですね」
あとは準決勝と決勝で先発が予想されている佐々木朗希と山本由伸といった若い投手たちにも薮田氏は期待を寄せている。
「彼らがどんなピッチングをしてくれるのか本当に楽しみです。繰り返しになりますが、よそ行きではない普段の自分のピッチングスタイルを心掛けてほしい。相手がメジャーの打者だからといって萎縮することなく、自信を持って投げることができれば絶対に通用するはずです。残り2戦、厳しい戦いになるとは思いますが、チーム力を見れば十分にチャンスはあると思うので、ぜひ世界一を奪還して欲しいですね」
(石塚 隆)
石塚 隆