
写真提供◎photoAC
かつて女性の辛さは「女三界に家無し」と表現されました。しかし現代、「本当に住む家が買えない、借りられない」という危機的状況に直面するケースも増えています。そして男女雇用機会均等法で社会に出た女性たちが、会社勤めをしていればそろそろ一斉に定年を迎える時期に…。雇均法世代である筆者は57歳、夫なし、子なし。フリーの記者・編集者。個人事業主ではあるが、見方によっては「無職」。ずっと賃貸派だった彼女が、60歳を目前に「家を買おう」と思い立ち、右往左往するリアルタイムを、心情とともに綴ります。
* * * * * * *
前回「公団へGO!~これぞ最後の頼みの綱、お金さえあれば何歳でも、単身無職でも借りられる!」はこちら
日本中で「民族大移動」が起きる時期
2月から3月は、不動産業者にとって、年間で最大の繁忙期だそうです。
激しいです。良い物件ほど足が速いです。空きが出た、となったら、とたんに申し込みが入ります。退去も出ますが、入居希望も入り、物件がどんどん入れ替わります。春の転勤や進学、就職を前に、日本中で「民族大移動」が起きる時期だからです。その勢いに、急ぎでもない、期限が決まっている訳でもない私は、いま、すっかり吹き飛ばされそうになっています。
2月のある日曜のことです。以下の2つの賃貸物件を見たいと、不動産仲介業者A社に事前にアポを入れました。
1、某私鉄沿線B駅(急行停車駅)徒歩7分 4階建て3階部分 52平方メートル南向き 家賃9万7000円+共益費3000円、敷金ゼロヵ月、礼金1ヵ月、現空。
2、同C駅(Bの隣駅)徒歩10分 5階建て1階部分 54平方メートル南東向き 家賃8万2000円、共益費なし、敷金1ヵ月、礼金1ヵ月、現空。
いずれも、スーモやアットホーム、ホームズなどの賃貸情報ポータルサイトで探して見つけた物件です。取り扱い業者として書かれていたのが、B駅前にあるA社でした。火曜にメールでアポを入れた段階では、両方とも「現空」つまり「現在空室」「即入居可」で、部屋の中を見る「内見」が出来る状態でした。
この時点で、私にとってこのエリアは、ほとんど土地勘がなく、未知の状態でした。上記の2物件がどれほど「お得」か、どのくらい「お勧め度」が高いか分かりませんでした。この沿線で、実際に賃貸物件を探したことも、内見したこともなく、たまたまウェブ上で見つけ、写真や条件を比べただけです。「家賃(共益費や管理費込み)10万円以内」「B駅かC駅から徒歩10分以内」という条件に合ったので、どんなものかまずは見てみよう、という軽い気持ちでした。
果たして日曜。不動産屋に行って、そこで担当者から衝撃の事実を告げられました。「2つとも、申し込みが入ってしまいました」。申し込みが入ると募集はストップしますから、内見もできません。なんと。不戦敗です。ここで私は久しぶりに、賃貸物件を借りる時のルールを思い出しました。「早い者勝ち」です。
賃貸物件を借りる時のルール
しばらく賃貸の住み替えをしていなかったので忘れていましたが、賃貸物件は、基本的に申し込みを入れた順番に決まります。一番手で申し込んだ人が審査を通らずに、次に申し込みたいと表明していた「二番手」に回ってくることは希です。ほとんどは一番手で決まります。ですから、特定のエリアに住みたい人は、前もって、そのエリアで空室が出たら内見をして、土地勘と建物勘を養っておきます。例えばXという建物の2階以上の西側住戸が良さそうと思えば、1階東側でも募集が出た時に内見して確認しておきます。希望の階で募集が出たら内見せずに申し込めるようにです。あらかじめ建物・部屋の狙いを定めて、「空室」情報を待つのです。
A社の話に戻りましょう。担当者は若い女性でした。その場で物件情報を検索して、近隣の似たような広さ・家賃の物件を紹介してくれました。案内されて見に行きました。3、B駅徒歩4分の南西向き43平方メートル10万円(+管理費4000円)と、4、同4分の東向き38平方メートル10.5万円(+管理費5000円)でした。いずれも、家賃は予算を上回っていたうえ、間取りが良くなかったり、狭かったり、日当たりや眺望が今一つだったり。敷金、礼金、仲介手数料や保証料まで含めた初期費用は、3で約47万円、4で約39万円もかかります。良い!と心から思えないのに払う金額としては、お高いです。「検討します」と、事実上、お断りしました。
でもC駅の物件に未練があった私は、女性担当者に、今度はC駅で探してもらいました。不動産仲介業者だけが見られる情報サイトには、次々と新着物件が上がっていました。C駅前の物件が「こんなにたくさんあるのは初めて見ました」と担当者が言うほど、意外にも件数は多かったです。でも、ピックアップしたある物件は、内見手続きの電話を掛けたら、「あ、今、申し込みが入りましたか」と、目の前で埋まりました。さすがは1年最大の繁忙期。すごい勢いで、新着物件が埋まっていきます。こっちも気が焦ります。結局、見せてもらえることになったのは、5、C駅徒歩11分の南向き54平方メートル9.5万円、6、同14分の南向き54平方メートル9万円、の2部屋でした。

元沢さんの「譲れない条件」18か条(クリックして拡大)
帯に短し、たすきに長し
現地で実際に見ると、やはり、図面の印象とは大違いでした。5、6とも、図面で見た限りでは、「南向きで、日当たりさんさん。(物件資料写真で見る限り)眺望も良さそう。建物は古いけれど、何年か前にリフォームしているからきれいっぽい」と期待しましたが、果たして。5はエレベーターなしの5階建ての5階で、部屋まで行くのが想像以上に大変でした。スーパーの大荷物や、パソコンや重い書類を抱えての上りや、出張の大きなトランクの上げ下ろしを考えただけで、げんなりします。歳を取ってからも住み続ける、老後までを見据えた住まいとしては非現実的でしょう。
6もエレベーターなしの3階でしたが、こちらは内装がくたびれていて今一つ。これ以上のリフォーム予定はないとのことでしたので、やはり見送りました。
たくさん物件はあるのに、「帯に短し、たすきに長し」です。何かが良ければ、別の何かが足りません。すべてがパーフェクトな理想の家なんて、ないとは分かっています。でも、地獄の沙汰も金次第。予算を上げれば、良い物件に出合える確率は上がるでしょう。お金に余裕さえあれば、ね。

写真提供◎photoAC
上記の1~6だけを見ても思うのは、家賃が安めで条件が良い物件はすぐに決まってしまうこと、そして、安いには安いなりの理由がある、ということです。例えば、古かったり駅から遠かったりすると安くなりますし、階段だけでエレベーターがない建物も安くなります。
北向きなら安くなりますし、部屋が南向きでも、目の前に別の建物があって、眺望も日照も得られなければ、安い理由になります。ベランダからの眺望が良くても目の前がお墓ならば、またしかりです。逆に、古くても、駅から遠くても、階段でも構いません、となれば、かなり広い部屋が「お得」に借りられるでしょう。
やすーい、ふるーい、遠ーい、それでも良いと思えるかどうか、なのです。私の場合、いまやリモートワークが基本で、どこかの編集部に毎日出勤する必要がないのですから、駅からバス便でも遠くても問題は無いはずです。出掛けるには不便だけれど、周辺環境や日照、間取りなどが快適な、広いけれど遠い物件にするか、それよりも、やっぱり駅近で、狭くても良いから、そこそこ新しくて、でも、そこそこ高い部屋を選ぶか。後者だとしても、少なくとも、いま住んでいる23区内の物件よりは、安くなるはずです。要は、覚悟というか、決めの問題なのです。
住むことは人生そのものだ
住むことは人生そのものだと、改めて思います。いまの自分が何を大事に思っているかが、住まい選びには出ます。予算の中で、何を優先したいか、です。広さか、家賃の安さか、駅からの近さか、日照か、静かさか、防犯面での安心感か、それとも……。その優先度は、人によって違うでしょうし、同じ一人の人であっても、人生のどのステージかによっても変わってくるでしょう。
例えば、会社勤めだった時は、私にとって家は寝に帰るだけの場所でしたから、日照や眺望がなくても、目の前に建物があっても、なんら構いませんでした。むしろ、朝は日が差さない部屋のほうが、不規則な睡眠時間を邪魔されなくていいと思っていたほどでした。なので、会社員時代から住んでいる今の部屋は、当時の通勤に便利なように、都会のど真ん中にあります。
夜、お芝居やコンサートから帰る時は近くて便利ですが、ゆえに住環境としては残念なことになっています。ベランダの前には隣のオフィスビル。南向きなのに、日が差さないどころか、こっちの室内は向かいのオフィスワーカーから丸見えです。だから日中もカーテンは閉めっぱなし。南向きの恩恵には、まったく浴せていません!
でもいまや、私には通勤がありません。朝から在宅で調べ物をしたり原稿を書いたりするなら、窓を開けて、カーテンも開けて、お日様にあたりたいです。ですから、いま、私が最も欲しているのは、南向き(または東南、南西向き)のお日様と、隣のビルから見られる心配のない眺望なのです。いっそ、いま探している駅徒歩10分圏内よりも遠く、バス便の物件を探した方が良いのかも知れません。

写真提供◎photoAC
とはいえ、仕事で、夜の舞台やコンサートを観に行くこともあります。終演後に劇場を出て、帰りの交通手段がない、では困ります。他県の劇場を9時半過ぎに出ても、終バスに間に合うでしょうか。間に合ったとして、終バスだと乗降客が少なくて、マンションまでの夜道が恐いんじゃないでしょうか。これらは、実際に、夜、行って確かめないといけません(しかも、「恐い」の感覚は人それぞれなので、自分で体験しないと。他の人が見て大丈夫と言っても、意味がありません)。
というわけで、私は、値段と図面、インターネットの資料写真だけで部屋を決める気にはなれないのです。値段には理由があるのですから。その部屋がその金額になっている事情は、許せるか、妥協できるかは、自分で見てみないと。内見もせず、現地に夜に行きもせずに決めてしまうのは恐すぎます。これから歳をとるほど、経済的にも、年齢的にも、転居がしにくくなるのですから。環境や室内を確かめて、納得してからでないと、お金を払って契約はできません。
かくして、さくさく契約を決めてしまいたいと思っている繁忙期の不動産業者にとっては、きっと私は迷惑な客でしょう。あれも見たい、これも見たいと、内見ばかりしておいて、ちっとも納得せず、いつまでたっても部屋を決めないのですから。
ところで、そもそもの疑問。「民間不動産で、アラ還独身女子は賃貸を借りられるのか、借りられるとして、いつまで借りられるのか」問題のほうですが。
どうなっているかといえば……。については次回に詳しく綴ります。
※次回は「民間賃貸で大丈夫?(下)~75歳まで大丈夫とプロが太鼓判、ただし賃貸市場はコロナ後、供給減で薄商い」をお届けします。
元沢賀南子