「神田○○町」「日本橋○○町」はなぜこんなにたくさんあるのか?

「神田○○町」「日本橋○○町」はなぜこんなにたくさんあるのか?

  • @DIME
  • 更新日:2017/11/12
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『@DIME』を発行する小学館は東京都千代田区一ツ橋にある。一番近い駅は「神保町」だが、町名でいうと「神田神保町」になる。この神田○○町という地名はとにかく多い。そして東京都中央区の日本橋○○町というのも、これまた多い。

なんでなんだ? 正直、長ったらしくてめんどうなんじゃないの? って疑問に思ったので、ちょっと調べてみたら、江戸から続く意外な歴史がそこにはあったのである。

■神田冠称(かんしょう)は21町、日本橋冠称は19町

まずは、どれくらい神田○○町、日本橋○○町という呼び名が多いか、改めて調べてみた。

千代田区神田○○町をアイウエオ順で数えてみたところ、神田相生町(かんだあいおいちょう)を始めとして神田美土代町(かんだみとしろちょう)まで、21の町名がある。内神田、外神田、西神田、東神田は含まないでこの数は驚きだ。

続いて、中央区日本橋○○町はどうだろう。同じくアイウエオ順で並べてみたところ、日本橋大伝馬町(にほんばしおおでんまちょう)から日本橋横山町(にほんばしよこやまちょう)まで、日本橋、東日本橋は含まないで19の町名があった。

これだけ多くの町名があったら、混乱するんじゃないか? 普通そう思うだろう。ではなぜこんなに多数あるのか? まさにミステリーである。

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日本橋は日本の道路の起点としても有名。「道路元標」が橋に埋設される。写真は道路脇に飾られたレプリカ

■東京は15区から始まった

現在、東京は「東京都」という区分で、その中に「23区」があり、23区以外は○○市、○○村などの呼び方で分けている。しかし、「23区」になったのは昭和22年(1947)のこと。原型となったのは、なんと140年前、明治11年(1878年)の「郡区町村編制法」による「15区」である。

ちなみに「東京都」になったのは昭和18年(1943)のことで、それまでは、江戸から東京に改称した慶応4年(1868)からの80年余り、「東京府」と呼ばれていたのだ。当時なら「小池都知事」ならぬ、「小池府知事」だったわけである。

東京15区の話に戻ろう。15区は麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区などから成り立ち、近郊には荏原郡、南足立郡など6郡があった。この15区6郡を合わせると、ほぼ、現在の23区にあたる地域になるという。

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15区の呼び順は麹町区を筆頭に、のを描く順番で呼ぶのが定例だったという。こちらは東京都台東区による資料。台東区は下谷区と浅草区が合併して誕生した

15区が成立した明治11年から11年後の明治22年(1889)に、郡区町村編制法に代わり「市制」「町村制」が始まった。これにより、15区の区域を「東京市」とすることになった。たとえば、神田区の場合、東京都東京市神田区という地名になったのだ。ややこしいけど。

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明治27年(1894)に完成した東京府庁舎。明治31年(1898)に開庁した東京市役所も建物内に設置された。後、昭和18年に東京都庁舎になり、現在は「東京国際フォーラム」となっている

そして、昭和7年(1932)に周辺5郡(6郡から合併で5郡に減っていた)を合わせて「35区」になり、昭和18年には東京府と東京市を廃止、「東京都」が設置された。ここで、神田区は東京都神田区になったというわけだ。

第二次世界大戦が終わり、空襲の爪痕が色濃かった東京も、ようやく戦後復興が本格化し始めた昭和22年3月、35区は「22区」に整理統合された。同年8月に練馬区が板橋区から別れたことで、ついに現在の「23区」が誕生したのだ。

その時、旧15区の地名は23区へ、残念ながら引き継がれることがなかった。ずいぶんと長い説明になってしまったが、これが、ミステリー解明の核心なのである。

■麹町区と神田区が合併、日本橋区と京橋区が合併し、「千代田区」、「中央区」が誕生した

現在の「千代田区」は昭和22年に麹町区と神田区が合併して誕生、「中央区」も同年、日本橋区と京橋区が合併して誕生した。

晴れて現在の千代田区、中央区ができたわけだが、明治11年に15区が制定されてから70年余り、多くの住民は以前の名前に親しんでいたわけで、情は簡単に切り替えることはできないものだ。そんな住民の声に行政が応えたとも、重複する地名を避けるためともいわれるが、旧神田区の町名に神田の冠称を、旧日本橋区の町名に日本橋の冠称をつけたのが、「神田○○町」、「日本橋○○町」を数多く生んだ理由なのだ。

地名だけではない。現在、千代田区内の税務署は「神田税務署」、「麹町税務署」に管轄が分かれ、中央区も同じく「京橋税務署」、「日本橋税務署」に分かれているのも、15区時代の名残りといえよう。

■えっ、また神田○○町が増えるの?

すっかり、神田、日本橋の地名だらけになったのだが、昭和37年(1963)に施行された「住宅表示に関する法律」に基づいて、郵便物の配達などの便を図るため、千代田区では三崎町や猿楽町などが神田冠称を外すことになった。

しかし、神田の名に愛着のある住民にとって神田冠称を外すことはなかなか受け入れがたかったようで、ほとんどの地区で住居表示の変更は受け入れられなかったこともあり、江戸開府400年を契機として平成16年(2004)に、三崎町、猿楽町の神田冠称復活が区に対して要望された。

そして、平成26年(2014)の区議会で町名変更を決議、平成30年(2018)1月1日から「神田三崎町」「神田猿楽町」の地名が復活することになっている。

これで神田冠称(かんしょう)は23町に増える。ややこしいんじゃないか? と最初は疑っていたけれど、今では地域の歴史に結びついた由緒ある地名に敬意を感じており、神田冠称が増えることに、まったく疑問を覚えない。

東京オリンピック開催で変わろうとしている東京ではあるが、江戸時代から続く歴史を思い返し、温故知新の気持ちで町を眺めたら、見慣れた風景もちょっと違って見えてくるのではないだろうか?

取材・文/中馬幹弘(ちゅうま・みきひろ)

慶應義塾大学卒業後、アメリカンカルチャー誌編集長、アパレルプレスを歴任。徳間書店にてモノ情報誌の編集を長年手掛けた。スマートフォンを黎明期より追い続けてきたため、最新の携帯電話事情に詳しい。ほかにもデジタル製品、クルマ、ファッション、ファイナンスなどの最新情報にも通じる。

※記事内のデータ等については取材時のものです。

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