事故での麻痺患者へ治療法が届く日間近か 再生医療の現在

事故での麻痺患者へ治療法が届く日間近か 再生医療の現在

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2019/10/11
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毛髪の再生、人工血液から、「一度傷ついたら二度と元には戻らない」とかつては言われてきた中枢神経系の機能回復まで、急速に発展が進む再生医療。

経済産業省の研究会で2013年に出された世界の将来市場規模予測によると、周辺産業まで含めると2020年2兆円、2030年17兆円、2050年53兆円とされており、来年以降爆発的な成長が期待されている分野だ。

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(提供:岡野栄之氏)

iPS細胞開発者の山中伸弥氏と連携して脊髄損傷の機能回復などを研究してきた再生医療の第一人者、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授がこのほど報道機関向けセミナーで講演し(主催:サンバイオ)、研究段階から臨床での治療へと進む再生医療について語った。

脊髄を怪我して麻痺になる人は毎年5000人以上

岡野教授の研究の原点は、脳研究の、ある「教義」に対する挑戦だった。

1906年にノーベル生理学・医学賞を受けた神経生物学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハールは、「いったん発育期が終わると、神経系の細胞の成長や再生の源泉は、不可逆的に枯渇してしまう」という言葉を残した。以後、「成長期を過ぎた中枢神経系は傷ついたら元に戻らない」という考えが常識として受け入れられてきた。岡野教授らはこの教義を打ち破るべく研究を続けている。

交通事故やスポーツでの怪我で脊髄が傷つくと、その部分より下で麻痺が起こり、車椅子での生活を余儀なくされるようになるなど、生活の質に大きな影響を与える場合がある。脊髄の怪我による麻痺に苦しむ人は日本で毎年5000人以上出ており、岡野教授は脊髄損傷の治療法確立に向け、マウスやサルでの実験などからこの分野への知見を深めた。

1998年に岡野教授らは、成人の脳にも、新しく神経細胞(ニューロン)を作り続けうる「神経幹細胞」とみられる細胞があるのを見つけた。さらに2006年には脳梗塞で傷ついた脳でも実は神経幹細胞から新しいニューロンが生まれており、傷に向かって移動して育っていくことがわかったが、それらの9割以上がすぐに死滅していた。

研究が進むうちにわかってきたのは、中枢神経系が傷ついたのち、再生する神経幹細胞の量がそのままでは機能回復のためには足りないことと、傷の周辺に再生を邪魔する要素ができること。これらの理由で、神経幹細胞があったとしても結果的にカハールの考え通りになっていた。

中枢神経系の傷ついた部分に新たな神経幹細胞を移植することで、機能を回復させる。それが岡野教授の目標となった。

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慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之(おかのひでゆき)教授

最適な時期に細胞を移植するには

脊髄に傷を受けて直後1〜2週間の「急性期」には炎症が起こり、また傷の影響でニューロンも細胞死を起こしている。4週間以後、「慢性期」になると炎症はおさまっているが、傷の周辺にかさぶたのように固まる「グリア瘢痕」ができ、新しく育つニューロンの邪魔をする。

そのため、炎症が収まりつつあり、グリア瘢痕も完全にできあがっていない、傷を受けて2週間から4週間までの「亜急性期」、病状の進行と回復力が拮抗しているこの時期が移植に最適だ。

iPS細胞を使った移植治療の際、拒絶反応を起こさないためには患者本人の細胞を使ってiPS細胞を作成した方がいい。しかし、iPS細胞を最初から作成するには3カ月、神経幹細胞へと分化させるには3カ月、合わせておよそ半年の時間が必要となる。その上、質や安全性の検査には半年以上の時間を要し、それでは移植に最適な時期を逃してしまうことになる。

臨床に使えるiPS細胞由来の神経幹細胞をあらかじめ用意してストックしておくことができれば、この問題は解決する。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中教授らは「iPS細胞バンク」とも呼べる「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」に力を入れている。ここからiPS細胞の提供を受け、そこから調整した神経幹細胞を用い、慶應義塾大学病院で脊髄損傷による完全麻痺患者に移植する臨床研究計画が現在進行中という。

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(提供:岡野栄之氏)

注目を集める再生医療市場 いちはやく成果を患者へ

再生医療研究の恩恵を一般の人もいち早く、安心して受けるため、再生医療にまつわる制度の整備も急速に進みつつある。2013年には再生医療推進基本法、再生医療安全確保法などが相次いで成立。2014年には「条件及び期限付承認制度」が施行された。

この制度は、再生医療関係の製品の有効性が推定され、安全性が確認された段階でいったん承認が下り、患者の治療を行いながらデータを収集して本承認取得を目指すことができる制度で、これらの条件整備により日本は世界の再生医療関連企業から注目を集めているという。

こうした状況も見据えつつ、岡野教授は現在の脊髄損傷治療の研究を慢性期患者への治療、また、脳梗塞治療などへの応用へと広げていきたい考えだ。

岡野栄之(おかのひでゆき)◎慶應義塾大学医学部生理学教室教授。日本再生医療学会副理事長を務めるなど、脳神経領域の再生医療、iPS研究における世界の第一人者。日本医師会医学賞、文部科学大臣表彰(科学技術賞)「幹細胞システムに基づく中枢神経系の発生・再生研究」、紫綬褒章「神経科学」、その他受賞多数。2019年2月には、iPS細胞を使った脊髄損傷治療の臨床研究計画を発表し、話題となった。

参考文献

岡野栄之『脳をどう蘇らせるか』岩波科学ライブラリー246,岩波書店,2016年

塚崎朝子『iPS細胞はいつ患者に届くのか 再生医療のフロンティア』岩波科学ライブラリー218,岩波書店,2013年

日経サイエンス編集部編『人体再生 幹細胞がひらく未来の医療』別冊日経サイエンス152,日経サイエンス社,2006年

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