【見解】九州豪雨2カ月 社会部・古川努

  • 西日本新聞
  • 更新日:2017/09/15

◆被災地のこれから、目を凝らす

稲穂が揺れ、筑後川が悠然と流れる。日当たりの良い斜面に柿畑が広がる。自然の恵みの中で、代々営まれてきた暮らしが、そこにあった。

2014年夏までの4年間、福岡県の朝倉市、筑前町、東峰村を取材範囲とする朝倉支局に勤務した。目を閉じれば、緑豊かな里山や田畑の景色をありありと思い出す。

だが、目の前には土砂に埋もれた河川があり、その向こうには赤茶けた崖崩れの痕をさらす山々が見える。集落には懸命に泥をかき出す住民の姿があり、農道が崩壊した柿畑には雑草が茂る。

風景を一変させたのは、福岡、大分両県の筑後川中流域を襲った7月5日の九州豪雨。両県の犠牲者数は37人。今も4人の行方が分からない。

災害発生当初、断片的に寄せられる被害状況を聞き、胸がうずいた。実際に現場に立つと、足が震えた。被災地域は12年7月の九州北部豪雨と重なっていたからだ。

5年前に河川の氾濫が多発した朝倉市東部の杷木地域はまた被害を受け、蜷城(ひなしろ)地区は冠水した。氾濫したのは同じ川。被災したのは同じ集落。違ったのは、災害の大きさだった。山地は大規模に崩落し、流木のおびただしさは比較のしようもないほどだ。

それでも悔やまれてならない。あの時の、あの報道は役に立ったのか。5年前の経験が想定の範囲を狭めていたのではないか。もっと防災力の強化を訴えていれば、救えた命があったのではないか。

気付きもあった。何世代にもわたって濃密に結び付いた地域の結束力の強さだ。大切なものを押し流した濁流にも、びくともしなかった。避難所では、気心が知れた顔なじみと苦しみ、悲しみを共有。愚痴も冗談で笑い飛ばし、心を支え合っていた。

豪雨から2カ月。避難所から仮設住宅や「みなし仮設」への移住が進む。濃密な地域社会がばらばらになっていく。ある60代男性は仮設住宅に移る前日、「先のことを考えると、首をくくろうかとも思う」とうなだれた。

「生活再建への一歩」という前向きな言葉の影に「孤立」という新たな危機が忍び寄る。心の支えが必要になるのは、これから。復旧・復興の大きな流れから、取り残される人がないように、被災地に目を凝らしていく。

=2017/09/15付 西日本新聞朝刊=

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