定年5年残して...二ノ宮師勇退 柴田光師も2月末で勇退

定年5年残して...二ノ宮師勇退 柴田光師も2月末で勇退

  • スポニチアネックス
  • 更新日:2018/02/14

JRAは13日、エルコンドルパサーなどで国内外のG1・7勝を挙げた二ノ宮敬宇師(65)と柴田光陽師(同)が2月いっぱいで勇退すると発表した。70歳定年まで5年を残しての引退。二ノ宮師は「65歳になり外から競馬を見ようと思い、退職させていただきたいと思います」と、JRAを通じて文書でコメントした。

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二ノ宮敬宇調教師

二ノ宮師は98年にエルコンドルパサーでNHKマイルC、ジャパンCを制覇。99年には同馬で約半年に及ぶフランス遠征を敢行、サンクルー大賞で海外G1初制覇を飾り、凱旋門賞でも2着と奮闘した。その後も宝塚記念を優勝し凱旋門賞2着のナカヤマフェスタやレインボーダリア(エリザベス女王杯)、ショウナンアデラ(阪神JF)、ディーマジェスティ(皐月賞)でG1勝利を重ねた。14年から16年まで日本調教師会会長も務めたが、昨年は一時、体調を崩していた。

「毎週の競馬開催に追われ、厩舎開業から28年が過ぎてしまいました。これまで調教師会会長や、海外遠征など、十分な成果は得られませんでしたが、貴重な経験をさせていただきました。突然で申し訳ございませんが…」とコメントを発表した同師。引退理由については明言していないが、親しい厩舎関係者によると、これまで角居師らと共に続けてきた引退馬のキャリア支援やホースセラピー(乗馬療法)に本格的に取り組みたい意向を示しているという。偉大な実績を残したトレーナーは惜しまれながら28年間の調教師生活に幕を閉じる。

◆二ノ宮 敬宇(にのみや・よしたか)1952年(昭27)9月5日、神奈川県出身の65歳。橋本輝雄厩舎の助手を経て90年に開業。JRA通算6946戦676勝(13日現在)、重賞30勝、G1はエルコンドルパサーで98年NHKマイルC、ジャパンC、99年仏サンクルー大賞、ナカヤマフェスタで10年宝塚記念、レインボーダリアで12年エリザベス女王杯、ショウナンアデラで14年阪神JF、ディーマジェスティで16年皐月賞の7勝(JRA6、海外1)。

≪蛯名「推薦で携われて感謝」≫エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタの凱旋門賞2着の手綱を取るなど、二ノ宮厩舎の主戦として活躍した蛯名は「寂しい以外にないが、本人が決めたこと。どこかで競馬を応援してくれると思うし、それに応えられるよう頑張りたい」とコメント。エルコンドルの欧州遠征についても「日本の競馬関係者が海外滞在に“諦め”の立ち位置だった時代に挑戦して、日本もここまでやれるんだと証明した。先生の推薦で僕も携わることができて感謝している。いろいろ教えてもらったし、同じ時間を共有した者として、得た経験を伝えていきたい」と決意を新たにしていた。

▼的場師 騎手時代にはエルコンドルパサーなどたくさんの有力馬に乗せてもらった。とても感謝している。精力的に動き回る二ノ宮先生の姿を見て、自分も体力が残っているうちに調教師にならないと、とても務まらないと思った。

▼菊沢師(騎手時代にダイワスペリアーで98年ダービー3着)お世話になったし、ホースマンとして尊敬している。感謝しかないですね。

▼柴田光陽師 このたびは一身上の都合により65歳をもって調教師を勇退しますが、今日まで来られましたのもファンの皆さま、オーナー様、厩舎スタッフおよび周囲の関係者の方々のご支援のおかげと深く感謝しております。私も馬と一緒に仕事させていただきとても幸せでした。残された期間は管理する馬を無事に送り出せたらとの思いです。今後は、馬を愛する一競馬ファンとして中央競馬のますますの発展を心から願い応援していきたいと思います。ありがとうございました。

◆柴田 光陽(しばた・みつはる)1952年(昭27)12月3日、福岡県生まれの65歳。75年に騎手デビューし、89年引退。翌90年に厩舎を開業。重賞は00年G2京王杯3歳S(テイエムサウスポー)など3勝。JRA通算成績は騎手で2067戦184勝、調教師で5889戦338勝。

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