春風亭一之輔が「初高座」と“消えていった”兄さんを思い出し...

春風亭一之輔が「初高座」と“消えていった”兄さんを思い出し...

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  • 更新日:2018/01/14
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春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「初仕事」。

*  *  *

今年の『初仕事』は、元日に都内の某ホテルでの落語会。ほんと言うと、暮れの年末進行中にこの原稿を書いてるので、この初仕事がうまくいったかどーか現時点ではわかりません。

私、日頃から高座で皮肉やら嫌みやら悪態をついて笑って頂くスタイルなので、お上品なお客様のご機嫌を新春早々損ねることのないように気をつけねば、と身の引き締まる思いです。チクショウ、待ってろよ。小金持ちども! 何を言ってもシャレだから怒るなよ! ついでにお年玉くれ!!

私、噺家になって17年。平成13年5月1日に春風亭一朝に入門を許され、翌日から師匠のカバン持ちを始め、2カ月と10日の見習い期間を経て、7月11日から晴れて前座になりました。

11~20日までは新宿末廣亭の夜の部で働きましたが、高座には上がれませんでした。普通、初高座はそのへんで済ますんですけどね。理由は私のメクリ(名前を書いた札)がまだできてなかったから。えー、なんだかなー。

ただ前座は落語を話すのがメインの仕事ではありません。あくまで楽屋働きが大切。それをまず最初の10日間でみっちり仕込まれます。

私担当の教育係はK兄さんでした。独り言の多い、挙動不審の変わった人。何か聞いても下を見てぶつぶつぶつぶつ……。

他の兄さんからは「あいつに言われたことの逆をやればいい」とのアドバイス。なるほど、本当でした。……だったら初めから教育係にすんなよなー。そのK兄さん、しばらくしたら辞めちゃいました。自分の師匠とうまくいかなかったようです。「お疲れさまでした」も言えずにフェイドアウトでした。

20日の千秋楽、寄席がはねてからF兄さんにもんじゃをご馳走になりました。

「食べな、食べな」「ありがとうございます」「実は俺、辞めようと思ってんだ」。「なんでですか!? 頑張りましょうよ!!」なんて励ますほどまだ親しくもありません。「辞めたら何するんですか?」なんて踏み込んだことなども聞けず、「……はぁ、美味いですね……もんじゃ……」と、ただヘラを動かすだけでした。

その翌日から兄さんは楽屋に現れず『どうやら21日の朝、辞めたらしい』という噂でそれっきりです。

7月21日からの10日間は上野鈴本演芸場の夜の部の前座になりました。

初日、前座のたまり場で着替えていると立前座のS兄さんが「君まだ高座上がったことないんでしょ~。今日上がっていいよ~」。そんな感じで初高座は突然やってきました。

「お先に勉強させて頂きますっ!」。先輩たちが「ごくろうさまっ!」と送り出してくれます。唯一の持ちネタ『子ほめ』をとにかくデカイ声でやるだけ。たった4人のお客様。無我夢中のまま高座を降りる。でもなんかものすごい爽快感。「良かったよー」と笑顔で声をかけてくれたH兄さんも、その半年後には辞めてしまいました。

今、楽屋で前座さんを見てると「辞めるなら早いほうがいいよー」とも思うし、「辞めたくなったら初高座を思い出してみなー」とも思うし。

みんな、今なにやってんだろう。元気ならそれでよし、ですが。

※週刊朝日 2018年1月19日号

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