石井裕也監督「(PFFの)スカラシップが決まってから20回脚本を直した」

石井裕也監督「(PFFの)スカラシップが決まってから20回脚本を直した」

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  • 更新日:2018/01/14
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石井裕也(いしい・ゆうや)/1983年、埼玉県生まれ。PFFのスカラシップ作品として撮った「川の底からこんにちは」が大ヒット。以降、「舟を編む」「バンクーバーの朝日」など大作映画も多数手掛ける(撮影/遠崎智宏)

1977年にスタートし、今年で40回目を迎えるぴあフィルムフェスティバル(PFF)。84年からは新人監督を商業映画デビューさせる「スカラシップ」部門が用意されており、2009年の第19回作品「川の底からこんにちは」で石井裕也監督はブルーリボン賞監督賞を最年少で受賞した。作品制作の裏側、PFFとスカラシップについて石井監督に聞いてみた。

*  *  *

映画監督として世に出るにはPFFしかないと思っていました。グランプリを獲って、スカラシップをもらって商業監督デビュー。そのルートしか知らないし、とりあえず皆がPFFを目指している感じでした。

グランプリを獲った「剥き出しにっぽん」は学校の卒業制作です。デジタルが主流でしたが、16ミリフィルムにこだわって、僕と美術、撮影、制作・照明の4人で、一人100万円ずつアルバイトで稼いで撮りました。僕は大阪・西成のビデオ試写室で時給700円のバイトを週6日。お客さんは個室に入るし、接客の必要がないから脚本も書ける。2年半くらいやった。

「剥き出し~」は正直言って自信がありました。受賞スピーチまで用意していましたから。「大学生らしいことは一切せずに映画ばっかりやってきた。青春を台なしにしてよかった」って。「青春を台なしにしてよかった」はネットニュースの見出しになるなって……イカレてるんですよ(笑)。で、本当にその通りになった。ニュースもその見出しで。でも申し訳ないけどグランプリまでは想定内、スカラシップに王手をかけてからが本番だと思っていたので、そこから出す企画は相当、悩みましたね。

コンペは他の候補者と拮抗していたと思う。そんなとき、香港国際映画祭で僕の作品が特集上映されて、アジア・フィルム・アワードでエドワード・ヤン記念アジア新人監督大賞をもらった。流れがきてる?と予感がしたあとすぐスカラシップも決まった感じでした。でも、そこから20回くらいは脚本を直したかな。当時の僕は女性の情念が噴出していく様を表現することにとらわれていたんですが、スカラシップのプロデューサーの天野真弓さんと話し合ったり、藤原新也さんの『東京漂流』を読んでシジミを捕る人に興味を持ったりして「川の底からこんにちは」ができていきました。

商業映画の現場で大変だったのは、プロのスタッフと自分の思いを共有すること。自主映画では独裁者みたいにやっていたから映画用語も知らないんですよ。一生懸命伝えようとしても理解してもらえなくて……。泊まりでの撮影中に、大浴場でロケバスの運転手さんに声をかけられたんです。「監督、大丈夫?」って。「なぜですか?」と聞いたら「毎年、監督はみんな泣いてるからね」。それを聞いたとき、すごくホッとしました。この大変さは通過儀礼なんだって。それから前向きになれました。おかげで「川の~」は大勢の人が見て、僕を知ってもらうきっかけになった。24歳くらいまで、誰にも望まれてないのに映画を作り続ける状況がホントにきつかったんです。でもPFFやスカラシップ作品を通して、一生懸命やればちゃんと分かってもらえることを知った。それは大きな変化でした。

(ライター・大道絵里子)

※AERA 2018年1月15日号

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