ホークス東浜 「やっと心の底から喜べる」 両リーグ単独トップ16勝 1年目は泣いていた 独占手記

ホークス東浜 「やっと心の底から喜べる」 両リーグ単独トップ16勝 1年目は泣いていた 独占手記

  • 西日本スポーツ
  • 更新日:2017/09/17

ローテの柱としてV奪回の立役者となった東浜巨投手(27)が本紙に独占手記を寄せた。優勝の懸かった大一番で6回1失点と好投し両リーグ単独トップの16勝目。プロ入り後最速の151キロをマークする気迫の投球だった。3球団競合の末に鳴り物入りで入団しながら苦闘した日々。工藤監督と出会い、転機となった3年目のオフ。花開いた今季の足跡を振り返り、支えてくれた家族への思いもつづった。

マジック1で登板する機会なんてプロ人生でも1回あるかないか。いつもと違った独特の雰囲気の中で目いっぱい飛ばしていった。何だかホッとした気持ち。2年前の胴上げは、輪の外でただ手を挙げているだけで全然喜べていなかった。今年は先発ローテで投げ続けて優勝できた。1年間やることの大変さを今になって感じているし、それが報われた瞬間だなあ。

胴上げの輪の中で今までの苦しい日々がよみがえってきた。プロに入る時、自信は全くなかった。特に1年目はしんどかった。結果が出ず、先が見えない。足の裏まで全身に発疹が出て治らなかった。病院で診てもらったら汗や疲労、ストレスが原因と言われた。ストレスだったのかな。

今思えば、やらなきゃいけないと重圧をかけ過ぎていた。大卒でドラ1、それも競合。他球団の同期は1年目から活躍した。誰とも絡みたくないと思って、寮では長風呂。一人で部屋にいるとふと、無性に悔しくなって泣いていたこともあった。冷静になった自分が「何、泣いとんや」って。

3年目は1勝。大卒で3年間結果が出ず、来年はクビだと覚悟もした。今までやってきたことを根本的に変えなければ絶対自分は変われない。そう思っていたオフに転機が訪れた。

(日本一直後の)秋季キャンプで工藤監督にみっちり鍛えられた。単身で米国にも渡った。そのときウエートトレーニングで体の変化を感じた。(負荷を担ぎ下半身を鍛える)スクワットで最初は100キロでもハーハー言っていたのが、1カ月で160キロぐらいまで上げられるようになった。筋肉量はそんなに変わっていない。力の伝え方を覚えたからだった。

それが昨年の9勝にもつながった。鍛えながらのシーズンは本当にきつかった。監督は「トレーニングが第一で、その間に試合があると思って投げろ」と。毎日のトレーニングに必死で、気付けば「今日は試合だ」ぐらいの感覚だった。それまで試合にのめり込みすぎて自滅していたのが、気持ちに余裕ができた。

それでも、2桁勝利にも規定投球回にも届かなかった。今年は優勝、規定、2桁を目標に掲げた。ヤマ場は春季キャンプ。ほぼ毎日ブルペンに入ったし一番多く投げた。ブルペンは入っているだけでもアピールになる。若い選手が入らないと「何で入らんのやろ」と疑問だった。アピールはそこしかないのに。毎日見てもらった方が絶対に印象に残る。だから、投げた。

シーズン序盤、先発陣に故障者が相次いだ。けが人が抜けたから順位が落ちたとだけは言わせたくなかった。高校、大学でエースと呼ばれた。だから意気にも感じた。経験したことがあるからこそできる楽しみ。任されてありがたいなと。

苦しい時期を乗り越えられたのは、沖縄の両親をはじめ家族の支えがあったからだ。親戚もみんな仲良しで父、母側にそれぞれグループLINE(ライン)がある。全部で50人ぐらいかな。登板日になると「頑張れ」って。みんなで立って応援している写真なんかも送られてきて、試合後もラインがたまっている。励みになるし、うれしい。

天国のおじい(忠吉さん、享年85)にも届いたのかな。昨年10月、CSで負けた直後に「じいちゃんが危ないから、帰って来られる?」と連絡があった。秋季キャンプまで休みで、急いで沖縄に帰っておじいのいる病院に行った。既に意識はなく「おじい、帰って来たよ」と話しかけても反応はない。まぶたは閉じていたけど、一瞬だけ目が確かに動いた。僕を理解してくれたのかな。翌日、おじいは息を引き取った。小さいころからすごくかわいがってもらったし、僕を待っていてくれたのかな。

葬儀には球団の方からもたくさんのお花を頂いた。王会長、監督、選手たちからの花が並び、祭壇はすごく華やかだった。親戚には「巨、ありがとう。これだけ盛大に送られて、おじいちゃんも幸せだよ」と言ってもらえた。すごいところで仕事をしている。やらなければいけないとあらためて思った。おじい、優勝したよ。シーズンが終わったら、必ず報告に行くからね。 (福岡ソフトバンク投手)

◆東浜 巨(ひがしはま・なお)1990年6月20日生まれ。沖縄県うるま市出身。沖縄尚学高3年春の選抜大会でエースとして同校を9年ぶりの優勝に導いた。夏は県大会決勝敗退。亜大では最速152キロの剛球を武器に東都リーグ記録の22完封、420奪三振で通算35勝をマークした。ドラフト1位で2013年にソフトバンク入団。通算成績は64試合31勝15敗、防御率3・06。182センチ、75キロ。右投げ右打ち。

=2017/09/17付 西日本スポーツ=

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