本屋大賞の小説「流浪の月」を映画化。「パラサイト」の撮影監督も参加

本屋大賞の小説「流浪の月」を映画化。「パラサイト」の撮影監督も参加

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2022/05/15
No image

小説を対象とした文学賞は数多あるが、「本屋大賞」ほど売上部数に直結する賞はないと言われている。それはこの賞が「新刊書の書店(オンライン書店も含む)で働く書店員」の投票で決定されるからだ。

通常の文学賞であれば、主催するのは出版社で、選考委員は作家だったり編集者であったりする。本屋大賞を運営しているのは、書店員の有志で組織する本屋大賞実行委員会で、あくまで本を売る現場の人間の意思が反映されている賞なのだ。

しかもこの賞で特徴的なのは、「流通」と密接に結びついている点だ。全国の書店員によって一次投票で選ばれた10作品は、「ノミネート作品」として大賞が発表される約2カ月半前から書店の店頭に大量に並ぶ。大賞作品に至っては、受賞作品として売り場に「山」が築かれる。

ちなみに、今年は「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬*著)が大賞を受賞したが、一次投票には全国483書店より627人の書店員、二次投票では322書店から392人の書店員が投票に参加した。

つまり、これらの書店では投票した書店員によってノミネート作品や大賞作品が確実に店頭に並ぶことになる。老舗の文学賞などより売上部数が伸びるのも当然のことかもしれない。

No image

『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

原作者の熱い支持を得て映画化へ

今年で第19回を数える本屋大賞だが、大賞受賞作品のほとんどが映像化されているのも、特記されるべきことかもしれない。しかも小説としての「基礎票」が確かなためか、映画化されてヒットを記録する作品も多い。

一昨年の本屋大賞に輝いた凪良(なぎら)ゆうのベストセラー小説「流浪の月」も、受賞直後から映像化のオファーが殺到したという。著者のもとに寄せられた企画書のなかには、映画監督の李相日(リ・サンイル)のものもあった。そしてその企画書には監督直筆の手紙も添えられていた。

もともと「悪人」などの李監督の作品が好きだった凪良は、直筆の手紙に書かれていた内容にも深い共感を覚え、「これはもう李監督にお願いするしかない」と思ったという。手紙を添えた李監督は、原作については次のように語る。

「本屋大賞を受賞する前に人に勧められて読みました。『恋愛』という言葉では括れない濃密で清々しい2人の関係に、ある種の理想形を垣間見ました。そんな関係が本当に存在し得るのかという疑念と、だからこそあって欲しいという願い。社会という荒波にさらされても砕けない、確かな純粋性を追求できると感じました」

原作者の熱い支持も得てスタートした「流浪の月」の映画化だったが、実は脚本も担当した李監督によって、原作はかなり改変されている。視点を主人公の現在に置き、過去の出来事をその時系列のなかに巧みに織り込みながら、物語が進行していくのだ。

*逢は二点しんにょう

家内更紗(広瀬すず)は、ファミリーレストランでパートとして働きながら、恋人の亮(横浜流星)と暮らす日々を送っていた。亮とは結婚を意識していたが、更紗は気になる「過去」も抱えていた。彼女は15年前に世間を騒がせた小学生女児誘拐監禁事件の被害者だったのだ。

No image

『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

「家内更紗」の名前は、ネットで検索をかければ、すぐに現れ、事件の概要も知ることができる。彼女の住む地方都市では、いまだに事件は人々の好奇の対象となっており、そのこともあり更紗はどちらかというと控えめに静かな生活を送っていた。

ある日、更紗は同僚の佳菜子(趣里)に連れられ、ビルの2階でひっそりと営業するバーを訪れる。照明を落とした店内で1人接客する店の主人を見て、更紗は息を呑む。15年ぶりに彼女の前に現れた誘拐監禁事件の「犯人」、佐伯文(松坂桃李)だったのだ。

No image

『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

実は、更紗のなかでは、文は「犯人」として記憶されてはいない。父親を亡くし、母親は家を出てしまい、伯母の家に引き取られていた更紗にとっては、文は初めて心を通じ合えた人間だったのだ。15年前、文に「誘拐」されて「監禁」された生活は、更紗にとってはまさに安息の場所だった。

過去の甘美な記憶に動かされるように、更紗は仕事帰りに文のバーへ立ち寄るようになる。しかし、文が自分に気付いているのかははっきりしない。更紗と一緒に暮らす恋人の亮が、そんな彼女の行動に異変を感じ、パート先にシフトを確認したり、彼女の行先に現れたりするようになる。

そんなとき、ネットで15年前の女児監禁誘拐事件のまとめサイトが更新される。そこには、犯人の現在の姿として、バーを営む文の写真が掲載されていたのだった。動揺する更紗に、亮は「あんな奴がいつまでも隠れていられるわけないだろ? いいかげん目を覚ませ」と激しい言葉を投げつけるのだった……。

原作では更紗と文のそれぞれの視点から過去と現在の話が語られているが、映画では更紗を主人公として、前述のように現在の時間軸のなかで過去の事件が明らかにされていく。

文が犯人として逮捕される場所や、最終的な結末などの設定も映画では変更されており、このあたり李監督の脚本は、原作の世界観を保ちつつ、さらに映画的な陰影を盛り込み、独自の物語世界を形成している。原作者の凪良も脚本には賛辞を送っているが、李監督は次のように語る。

「観客はいまの更紗が置かれた状況や葛藤を見つめながら、自由で幸福だったあの頃に思いを馳せる。15年離れていても互いを思い続けた痕跡と、それらが生む周囲との摩擦。加えて文が密かに抱えている絶望……、過去と現在を連結させながら、更紗と文の宿命をいかにダイナミックに展開させるかに腐心しました」

「パラサイト」の撮影監督を起用

映画「流浪の月」のメガホンをとった李相日監督は、1974年の生まれ。大学卒業後、日本映画学校(現日本映画大学)へ入学。卒業制作作品である「青~chong~」 (1999年)が、「ぴあフィルムフェスティバルル(PFF)/アワード2000」で、グランプリを含む4冠に輝く。

村上龍原作の「6 9  s i x t y n i n e」(2004年)、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した「フラガール」(2006年)などを監督して注目を集める。吉田修一原作の「悪人」(2010年)や「怒り」(2016年)も高い評価を受け、実力派映画監督しての力量を遺憾なく発揮している。

「流浪の月」は、その李監督が満を持して6年ぶりに手がけた新作となる。前述のように脚本も担当している李監督は、原作の小説を見事に自分自身の作品として映像へと定着している。そのキーポイントとなっているのが、撮影監督として参加したホン・ギョンピョだ。

ホンは「母なる証明」(2009年、ポン・ジュノ監督)や「哭声/コクソン」(2016年、ナ・ホンジン監督)、「バーニング 劇場版」(2018年、イ・チャンドン監督)など韓国映画の話題作で撮影監督を務め、アカデミー賞作品賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」(2019年)でも監督であるポン・ジュノの信頼が厚かった。

実は、李監督とホンを結び付けたのがそのポン・ジュノ監督だったという。李監督が語る。

「2018年に『パラサイト』の撮影を見学に行ったとき、ポン監督が彼を紹介してくれました。そのときは『怒り』が素晴らしかったと言ってくれて。思い切ってオファーしたいとポン監督に相談したら、激情型どうしで合うのではないかと、すぐに繋いでくれました。常に新しさを探求して、閃きを大切にするカメラマンだから刺激的だよと言って」

ポン・ジュノ監督のバックアップで、撮影監督にホン・ギョンピョを得た李監督の「流浪の月」は、映像的にも観る者の心を揺さぶるクオリティの高い作品に仕上がっている。例えば、随所に挿入される月や水や雲などの自然を映した映像は、登場人物たちの心理描写に深い奥行きを与えている。

特に、原作では動物園だった文が逮捕されるシーンは、映画では水遊びをする湖畔へと変更されており、その場所を映した不穏な雰囲気を醸し出す映像は、主人公である更紗の過去と現在が交錯する印象的な場面として展開されている。

また、2人が初めて出会う、公園のベンチに独りで座る小学生の更紗に大学生である文が黙って傘を差し出すシーンでも、雨や雲や光の映像が実に見事に配されて物語と絡み合い、運命的瞬間が見事に描かれている。撮影監督のホン・ギョンピョは次のように語る。

「この映画は、世間の枠からはみだしている特別な人々の物語です。断絶と抑圧、苦痛を経験した孤独な男女。そんな2人の特別で美しい愛の物語を、独特の新しいテンポにのせて映画に溶け込ませることに重点をおいて撮影しようと努めました」

No image

『流浪の月』5月13日(金)全国ロードショー(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ

映画「流浪の月」を最初に観たとき、この作品から不思議な「湿度」を感じた。それはいわゆる日本的な陰湿なものではなく、それよりもこの奇跡的なラブストーリーに眩いばかりの「潤い」を与えるものだった。そして、それは小説「流浪の月」が、映画「流浪の月」に飛翔を遂げた瞬間でもあったのだ。

連載:シネマ未来鏡

過去記事はこちら>>

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加