2500万人もの死者を出した正体不明の病原体「スペイン風邪」が解明されるまで

2500万人もの死者を出した正体不明の病原体「スペイン風邪」が解明されるまで

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  • 更新日:2022/11/25
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【前回の記事を読む】天然痘、ハシカ(麻疹)、黄熱病…人類はどのように伝染病を解明したのか?

ウイルスの発見

(1)正体不明の濾過性病原体

1898年には、ドイツの細菌学者レフレルとフロッシュが、口蹄疫にかかった牛の患部のひずめから膿汁を採取して細菌濾過器にかけ、その病原菌の有無を丹念に調べたが、細菌はまったく見つかりませんでした。ところが濾過器を通った濾液を健康な牛のひづめに注入してみたところ、驚いたことに牛は口蹄疫にかかったのです。

彼は、イワノフスキーのタバコモザイク病の研究で、同じようなことを発表していたので、パスツールが予言したように、細菌より小さく濾過器を通すほどの病原体がいるだろうと考え、濾液を高倍率の顕微鏡で調べ、さらに、遠心分離器にかけて病原体の分離を試みたのですが、当時の光学顕微鏡や検査機器では、何も確認することができませんでした。

病原体の実体不明のまま「口蹄疫病やタバコモザイク病のような病原体は、濾過器をも通過する極めて微細な生物である」と学会誌に発表し、タバコモザイク病や口蹄疫病などのように濾過器を通る超微細な病原体を濾過性病原体と名づけました。

1917年に、フランスの細菌学者デレルが赤痢菌を培養し研究していたところ、この培養液の中に赤痢菌が溶けてなくなる現象が起こったのです。不思議に思ったデレルは、培養液を細菌濾過器を通した濾液を別の赤痢菌の培養器に入れてみたところ、同じように赤痢菌が溶けてなくなったのです。彼は、濾過器を通過し顕微鏡でも見えないが、赤痢菌を食い殺す姿なき濾過性病原体がいるとみて、バクテリアを食うという意味のバクテリオファージと名づけて発表しました。

当時、このデレルの研究から、細菌を殺すバクテリオファージの入っている濾液には、他の細菌も殺す効果があるだろうと考え、伝染病治療に使えると研究者の注目を集めました。この濾液をもらって、他の病原菌の培養器に加えて実験を試みたのですが赤痢菌以外の細菌を殺す効果がなく、他の病気の治療薬には使えなかったのです。

1918年5月に、スペインのマドリードで悪性の風邪が発生して、たちまち世界中に感染拡大して、この年から1922年かけて4年間もの間大流行しました。この悪性風邪は、発生地スペインの名をつけてスペイン風邪と名づけられ、多くの研究者がこの風邪の菌を調べようとしましたが、細菌濾過器でも捕らえられず、顕微鏡でも確認することができないので、スペイン風邪は、正体不明のまま悪性濾過性病原体と発表されました。

このスペイン風邪が流行した1918年11月に、第一次世界大戦が終結したので、多数の兵士が戦場から母国に帰還してこの病源体を持ち込んだために世界各地に蔓延したのです。このスペイン風邪は、感染力が極めて強く各地でパンデミックを起こして、多数の肺炎などの呼吸気管の重篤な症状の患者を生じさせ、驚くほどの死者がでました。

当時はスペイン風邪のワクチンや特効薬は開発されず、対症療法だけしかできないために、世界中では、これまでにない2500万人もの膨大な死者を出し、スペイン風邪というこの見えざる敵が世界各地の人々を恐怖におとしいれ、世界の歴史に残る流行病になりました。日本でも大正時代の1920年頃をピークに多くの人が罹患し、40万もの人が亡くなったと記録されています。

⑵電子顕微鏡の発明

[質問]「細菌より小さく濾過性病原体と呼ばれて、光学顕微鏡でも見えない正体不明のウイルスは、どのようにして確認されたのですか」

1932年に、ベルリン工科大学のクノルとルスカによって、電子顕微鏡が発明されました。当初は、あまり精度が高くなかったのですが、ドイツのジーメンス社の研究チームによって改良されて、1940年には性能の高い電子顕微鏡が製作され、これまで姿なき病原体とされていた濾過性病原体の存在を初めて確認することができました。

世界の科学者たちは、電子顕微鏡に映し出された濾過性病原体の大きさが約100万分の1mmで、細菌の約100分の1位しかない極く微細な病原体が存在することを知り驚愕しました。

電子顕微鏡は、高度の真空状態に保った装置で、構造図(図表1)のように、可視光線の代わりに陰極の電子銃から放射される電子線を用いており、レンズの代わりに、電子レンズ(注1)によって電子線を屈折させて、その電子線を対象物に当てて拡大し、その像を蛍光板上に映して見る装置なのです。

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写真を拡大 [図表1]電子顕微鏡の構造 電子顕微鏡の発明で、微細なウイルスを観察することが可能になり、光学顕微鏡の世界から科学者の視野が微細な世界に大きく広がりました。電子顕微鏡は、光の代わりに陰極からでる電子線を用いて、レンズに代わって電子レンズで電子線を屈折させて試料にあて、その拡大像を蛍光板上に映して観察する装置で、装置全体が真空になっています。電子線の波長は極めて短く陰極の電圧によって変えられ、超微細なものまで観察できます。

電子は、物質であると同時に高速の電子線は波動性をもち、その波長は、ド・ブロイ波の関係式によって、電子を加速する電圧によって決まり、電圧が高いほど波長の短い電子線が得られるので、可視光線より短い波長の電子線によって、ウイルスのような超微細なものまで見ることができたのです。

50万Vの加速電圧の超高圧電子顕微鏡では、4万倍の倍率に拡大できます。このように、科学技術の発達は、肉眼でしか観察できなかった世界を光学顕微鏡の世界から、さらに微細なものがいる電子顕微鏡の世界に拡大してくれたのです。

(注1)電子線と電子レンズ:電子は負電荷をもっており、直流高電圧をかけた電子銃より真空中に放出した電子の流れを電子線といいます。電子線は、波動性(物質波)をもち光線がレンズで屈折するように、負電荷の電子線は電界や磁界によって屈折します。

このため、図1のような電界や磁界による電子レンズによって屈折させて集束や拡大することができるので、電子顕微鏡や電子線回折装置などに利用されています。電子レンズの利点は、電界や磁界の強さを変えることで、容易に屈折率を変えられることです。

武田 祐治

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