小田急沿線の「古くて新しい廃線跡」途中下車の旅

小田急沿線の「古くて新しい廃線跡」途中下車の旅

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/01/15
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今回は、小田急沿線の廃線跡をめぐります(写真:『シニア鉄道旅の魅力』より)

鉄道の旅は楽しい。夫婦や気の置けない仲間との旅、駅の旅情を味わう旅や、はやりの廃線跡をめぐる旅――。

新著『シニア鉄道旅の魅力』では、シニア世代の鉄道旅行に詳しい著者が、奥深い大人の鉄道旅の楽しみ方を伝授しています。

本稿は同書より一部を抜粋・再構成しお届けします。なお、本稿の情報は同書執筆時点のものです。

小田急沿線の廃線跡めぐり

小田急線は、下北沢付近(東京都世田谷区)の住宅や商店などの密集地帯を縫うように走っていた。開かずの踏切も多く問題化していたが、2018(平成30)年3月、計画から半世紀かかってやっと代々木上原~登戸間の複々線化工事が完成、最後の難関だった下北沢周辺は地下二層化によって開業した。

これにより空き地となった東北沢駅付近から世田谷代田駅付近までの1.7キロメートルの地上区間は、「下北線路街」として再開発が進行中である。東京に新たに誕生した、この廃線跡を探訪してみよう。

まずは地下に潜った東北沢駅(東京都世田谷区)で下車。地下ホームから地上に出ると、東口にあるまだ真新しい駅前ロータリーが目につく。そこを新宿寄りに戻るように進み、交通量の多い都道を渡ると、小さな公園がある。その東寄りに見晴らし台のようなスポットがあり、新宿方面から延びてくる小田急線の電車が真下へ潜る様子が観察できる。ちょっと写真は撮りにくいけれど、ここから地上の廃線跡が始まるのだ。

一旦、東北沢駅に戻り、北側の脇を進むと、駅西口に出て「下北線路街」が始まる。人がゆったりとすれ違えるくらいの幅で、時折自転車も駆け抜ける。ところどころにはベンチがあり、仕切りにレールを輪切りにした文鎮のようなものが置かれている。鉄道の名残を感じさせ、廃線跡らしくてよい。右手には、ホテル、カフェ、商業施設が並ぶ。

その先には、立ち入り禁止の空き地があるので迂回して下北沢駅前へ。広々とした空間は、イベントやマーケットを催す場所として活用するためのようだ。活気あふれる下北沢にふさわしい。地下に潜った駅の真上2階には「シモキタエキウエ」という商業施設がある。カフェや飲食店、雑貨店など雑多な店舗が入っているものの、広々とした真新しい空間のためか、どこか上品な感じがする。

緑豊かなエリアも

さらに進もうとすると、工事中になっている。廃線跡を離れ、迂回して世田谷代田駅を目指す。しばらく歩き、鎌倉通りを渡ったところから再び遊歩道が始まる。今度は公園や保育園があったりと雰囲気が変わり、その先でゆるやかにカーブすると緑豊かな別世界のようなエリアが現れる。

左手に高級そうな和風の建物がある。よくみると温泉旅館だ。何でも箱根から湯を運んでいるとのこと。割烹・茶寮もあり、都心とは思えない雰囲気づくりに惹かれる。日帰り入浴もできるそうで、コロナ禍が落ち着いたら、のんびり時間を過ごしたい。すぐ脇にある世田谷代田駅の裏口のような改札口も、山間部の駅を彷彿とさせ、秀逸な演出だ。

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温泉旅館

しばらく進むと、世田谷代田駅の正面の出入り口が現れ、駅前広場を突っ切ると、環七通りを陸橋でまたぎ、テラスハウスの脇を過ぎると庭園がある。庭園の先で小田急線は地上に出て、梅ヶ丘駅に続く。地下化で廃止となった地上区間の散歩は終わりだ。まだ完成はしていないけれど、思った以上に充実した「線路街」だ。

世田谷代田駅から小田急線に乗り、小田原方面に向かう。多摩川を渡り、登戸駅の次の向ヶ丘遊園駅で下車する。

向ヶ丘遊園駅の南口にはロータリーが広がり、その先には駐輪場がある。実は、この駐輪場こそが、2001(平成13)年をもって廃止となった小田急向ヶ丘遊園モノレール線の駅跡地だ。ここから1.1キロメートル先の向ヶ丘遊園正門までモノレールが道路上を走っていたのだ。

廃止後20年になるので、軌道は影も形もない。少し歩いていくと、二ヶ領用水に沿った五ヶ村堀緑地という遊歩道があり、春と秋にはバラが咲き乱れる。2002(平成14)年に閉園となった向ヶ丘遊園の一部がばら苑となっているけれど、そこへのアクセスロードにもなっている。

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ばら苑アクセスロード

その案内板には、この上をモノレールが走っていたと記されていた。のんびり歩いていくと、「藤子・F・不二雄ミュージアム」にたどり着く。そのあたりにモノレールの終点駅があったと思われる。

バラに癒やされていると、うっかり見過ごしてしまうけれど、遊歩道の脇には、「小田急電鉄モノレール線橋脚37」をはじめ「小田急電鉄モノレール線橋脚39」「53」「57」という、数字が異なる小さな銘板が何枚も道路に埋め込まれているのを発見した。廃線跡を示す唯一の遺構かもしれない。

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新百合ヶ丘駅付近の旧線廃線跡

およそ半世紀前にできた「新百合ヶ丘駅」

向ヶ丘遊園駅に戻り、再び小田急線に乗って新百合ヶ丘駅へ。この駅は1974(昭和49)年に開業した比較的新しい駅で、多摩ニュータウンへ向かう多摩線との分岐駅として新設された。そのとき、この付近のカーブが連続する線形を直すためにショートカットする新線を建設し、その中間に新百合ヶ丘駅を造ったのだ。その後、急激に開発が進んだので、旧線の廃線跡はほとんど痕跡を残していない。

わずかに、多摩線の高架下から本線に合流するあたりの区間が廃線跡と認識できるにすぎない。新百合ヶ丘駅から町田方面へ向かうと、多摩線の高架橋の下あたりから保線用車両の留置線が本線に合流するように延びている。この保線基地が旧線の一部を再利用したものだ。

旧線跡だと確認するには、多摩線に乗って俯瞰するとよくわかる。とくに多摩センター方面から新百合ヶ丘に到着する前、北側にはソーラーパネルが帯状に延びた廃線跡に設置されているのに気づく。

その昔、このあたりを電車で通ったとき、百合ヶ丘と柿生駅の間は、ずいぶん長かったような記憶がある。半世紀近く前の話だが、何もなかった田園地帯が、あっという間に開発されてにぎやかな街となったとは……、変われば変わるものだ。

新百合ヶ丘駅付近の旧線跡は、やや難度が高くマニアックであるが、「下北線路街」と向ヶ丘遊園駅近くの「ばら苑アクセスロード」は、誰もが気持ちよく散策ができる廃線跡だ。この2つはシニアでも楽しめるので広くおススメしたい。

(野田 隆:日本旅行作家協会理事)

野田 隆

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