それは本当に「虐待」ですか?二児の母が突然逮捕・起訴されるまで

それは本当に「虐待」ですか?二児の母が突然逮捕・起訴されるまで

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/23
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生後間もない娘を虐待した疑いで逮捕、起訴された井川京子さん(仮名=37)。大々的に報じられたこの事件の容疑は「母親が殺意を持って乳児に外傷を与えた」というものだ。その根拠とされるのが、「揺さぶられっこ症候群」。乳児を強く揺さぶることで、硬膜下血腫、網膜出血、が生じるとされるもので、近年、虐待の根拠として挙げられることが増えている。

しかし、「そもそも『揺さぶられっこ症候群』というものは存在しない。『揺さぶられっこ症候群』を根拠とした虐待事件は、疑ってかかる必要がある」と訴えるのが、京子さんの弁護を担当する秋田真志弁護士だ。ジャーナリストの柳原三佳氏が、京子さんのケースを基に、「揺さぶられっこ症候群」の闇について取材するルポ第二弾。

(前回の記事はこちら ➡http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53525

自閉症スペクトラム

(前編より…生まれたばかりの長女を虐待した容疑で逮捕された京子さん。前編では2歳半の長男が、抱っこしていた長女を誤って何度も落としてしまい、長女が救急車で運ばれるところまでを記述した。のちに、この「事故」が「虐待」の根拠として挙げられてしまう)

生まれて間もない赤ちゃんが、家庭内で繰り返し事故に遭う……。この経緯を見て、「そんなに事故に遭うことがあるだろうか」と疑問や不審を感じた人も多いのではないだろうか。実は、事故が起きた時点ではまだ明らかになっていなかったのだが、兄のAくんはこの2年後、「自閉症スペクトラム」と「注意欠陥多動性障害」の合併症と診断されている。

自閉症スペクトラムは生まれつきの障害で、親の育て方やしつけ、愛情のかけ方が直接の原因ではない、先天的なものだ。

特に、乳児から幼児期は診断が難しく、初めての子育て中だった京子さんは、1歳を迎えた頃から「活発」を超えて「激しい行動」を取るようになったAくんに戸惑いを感じながら、2人目を妊娠、出産したのだった。

とにかくAくんの動きは、妊婦の京子さんには追い付かないほど過激だった。京子さんは当時の様子を語る。

「息子は1歳のお誕生日を迎え、歩くようになったころから、動きも活発になりました。戸棚の中の物を全部出したり、物を噛んだりするのです。また、自宅の中のMDコンポ、プリンタを壊し、コタツの天板を落としたり、スチール棚なども引きずって倒してしまうことがたびたびありました。

当時、主人と交わしたメールのやりとりが残っていますが、8月には炊飯器を落とし、9月には、棚の上からテレビを落として壊しました。机の上から、食器乾燥機を落として壊したこともありました。とにかく机に乗っては、上にある物を落としてしまうのです」

また、高いところから飛び降りたり、モノを落としたり、激しく足踏みをするため、近隣住民からのクレームも絶えなかった。

「2013年10月ころには、隣人から壁を叩かれるようになりました。私が注意すると、意地になって、かえって足踏みをするような状態だったのです」

2014年11月5日、難産の末、妹のBちゃんが誕生する。産後の肥立ちはあまりよくなかったが、10日後、京子さんは実家に預けていたAくんと新生児のBちゃんを連れて自宅に戻った。

しかし、Aくんは初めて対面する妹のBちゃんに対しライバル心を抱いたのか、京子さんが赤ちゃんの世話をしていると、妹を叩いたり、つねったり、噛んだりという攻撃的な面を見せた。かと思えば、AくんはことあるごとにBちゃんを抱っこしたがったという。

11月26日、京子さんがふと気づくと、いつの間にかAくんがベビーベッドの柵を越え、中に入り込んでいた。Bちゃんのために用意したベビーベッドの柵の高さは約80センチだったが、それを乗り越えたのだ。Aくんは平均より大きく、当時の身長は92.7cm、体重15.3kg。成長曲線グラフと照らすと3~4歳の体格だった。

「小さなベビーベッドの中に、動きの激しい息子が入ることは危ないとも思えました。でも、妹に寄り添うその姿は微笑ましくもあり、私はポラロイドカメラで二人の様子を写真に収めたほどでした」

1回目の落下事故が起こったのは、その翌日、11月27日のことだった。

その後、Bちゃんが2度目の落下事故(12月18日)に遭い、救急搬送されるまでの経緯は図に記したとおりだ。

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前回の記事でも記したが、この日を境にBちゃんだけでなく、兄のAくん(2歳半)も児童相談所に「保護」され、両親のもとから引き離された。京子さんによる虐待が疑われていたのだろう。

事故から9か月後の2015年9月16日、それは突然のことだった。

「いきなり警察官が自宅にやってきて、手錠をかけられたのです。腰にひもを回されたとき、どうしてこんなことになったのか、まったく理解できませんでした」

京子さんは、殺人未遂容疑で逮捕されたのだ。

「殺人未遂容疑」で突然の逮捕

「なぜ? 私がかわいい我が子を殺す理由が、いったいどこにあるというのでしょう……。2度目の落下事故の翌日(12月19日)に私に事情を聴きに来た児童相談所のY氏から、『医者の言うてることと、お母さんの言うてることは合わへんから、お母さんの言うてることは信用できへんわ』…そう言われたことが、今も強く記憶に残っています」

児童相談所のY氏は、Aくんの多動や落ち着きのなさについて、たびたび親の育て方に問題があると決めつけた発言を繰り返していた。「ネグレクトに原因があるのでは?」という無責任な言葉まで発せられていた。

この時点で、Aくんの先天的な障害が明らかになっていれば、児童相談所の対応は少しは違っていたのだろうか。

逮捕後、留置場に勾留された京子さんは、連日、警察の取り調べを受けることとなったが、徹底的に黙秘を貫いた。わが子を殺すために暴力をふるったことは断じてなかったからだ。

京子さんは振り返る。

「取り調べの後、留置場では『被疑者ノート』と筆記用具を渡され、捜査官からどんなことを言われたか、またその時自分はどう思ったか、などを毎日記録しました。あのノートがなかったらどうなっていたかわかりません。本当に心のよりどころになってくれました」

実はこの「被疑者ノート」、偶然にもこの事件を担当することになった秋田真志弁護士が、ともすれば密室の中で理不尽なやり取りになりがちな取り調べの「可視化」を実践するために、14年前に仲間の弁護士とともに作成し、大阪弁護士会での活用を呼び掛けたものであった。

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同弁護士会の当番弁護士のツールとして採用された「被疑者ノート」の活用はその後、日弁連でも取り上げられ、全国の弁護士会に配布されるようになったという経緯がある(ノートの書式は日弁連のHPから、現在もダウンロードすることができる)。

京子さんに手渡された「被疑者ノート」には、細かい文字で捜査官の言葉や態度が記されていた。

そこに記録された警察官の言葉や自身の思いの中からいくつか抜粋してみると……。

●9月16日

(京子さんが、弁護士に相談すると告げると……)
「自分がないのか! 自分で決められないのか? 信念があると思ってたのに、見損なった」

●9月18日
「Aくんにはどう説明するんや、もしくは、説明しーひんのか。臭いものには蓋か!」
(この日、京子さんは被疑者ノートに『手錠と腰ひものある体勢のため体の負担はとても大きい。腰が痛い。食欲もなくほとんど食べられない。残金がないため飲み物も、日用品も買えない。辛い。もしかすると、死刑は安楽死ではないか。この世の安楽死かもしれないと思う日々』と書き込んでいる)

●9月24日
「子ども嫌いなん? なんで2人も産んだん? 準備もできてへんのに生まれてきて、ほんま、かわいそうやわ」

●9月26日
「俺が逆の立場やったら、本当にBちゃんのことを思ってるんやったら、本当のこと言うわ。しゃべらんことで真実を闇に葬り去ろうとしてるんか? もし、本当に冤罪で捕まってるのなら、今の状況は特異やし、必死こいて説明するはずや」

●9月27日
「警察はみんな調べてる。ハッタリや思うたら大間違いや! この9か月、あんたは自分の保身ばかり考えてたんやろけど、こちらも9か月、同じ月日が流れていて捜査してるんや」

「反論できるならどうぞ。3分経った、あと2分あげるからどうぞ。自分で墓穴掘ってるって、わからへんのか! 自分の都合悪いから、下向いてんのか!」

捜査官は最初から京子さんが虐待をやったものだと決めつけて取り調べを進めている。連日浴びせられる理不尽な言葉の数々に押しつぶされそうになり、一時はすべて認めてしまった方がどれほど楽かと思ったこともあった。

「殺意」

しかし、京子さんは耐え抜いた。『被疑者ノート』には、夫に向けたこんなメッセージも綴られていた。

『●●くん(夫の名)、伝言ありがとう。国家権力を行使して、自由を奪った人間相手に、あいつ(取調官)は(私から)一言すら取れていません。弁護士の先生が毎日来てくださるおかげで何とか持ちこたえています。そろそろくじけそうになりますが、残り9日、頑張ります(括弧内は筆者)』

留置場の中で黙秘を貫く京子さんに対しての、連日にわたる理不尽な取り調べの内容に強い憤りを感じた秋田弁護士は、「大阪府警による取り調べは、黙秘権の侵害に該当し、かつ自白強要とも取れる」とし、すぐさま大阪府警本部長に抗議書を送りつけた。

秋田弁護士は語る。

「本件の留置場での取り調べは、録画、録音されていました。その内容を精査すれば、担当刑事による侮辱的、かつ威圧的な取り調べの内容が全て明らかになり、被疑者の訴えが裏付けられるはずです。それがわかっていながら、取り調べにおいてこうした言葉を平気で発していることが、にわかに信じられませんでした」

2015年10月7日、結果的に京子さんは起訴された。罪名は「殺人未遂」から「傷害」に切り替えられていた。勾留請求時の段階で検察が記した『被疑事実の要旨』には、次のように記されていた。

<被疑者は平成26年11月10日から同年12月18日午後6時頃までの間、大阪市*******の被疑者方において、長女(平成26年11月5日生)に対し、殺意をもって、何らかの手段方法により暴行を加えたが、同時に外傷後てんかん等の完治不能の後遺症を伴う硬膜下血腫、頭蓋骨骨折等の障害を負わせるにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。>

「殺意」という言葉は、井川さん夫妻にとって、耐えがたい屈辱だった。

起訴から6日後の10月13日、保釈金300万円で保釈が認められた。2017年11月現在も、大阪地裁において刑事裁判が継続中だ。

この裁判は今、Bちゃんの脳に起こった硬膜下血腫が「暴力的なゆさぶり」、つまり揺さぶられっこ症候群によるものか否かが争点のひとつとなっている。検察側はBちゃんが脳に負った障害は「強い揺さぶり」による虐待の証拠で、2歳半の兄によって引き起こされるはずがないものだと主張しているのだ。

これは虐待といえるのか

揺さぶられっ子症候群(SBS)理論は、1971年、イギリスの神経外科医が『頭部外傷がなくとも、揺さぶりによって乳幼児の硬膜下血腫が生じる』と主張し、『目立った外傷がないにもかかわらず、乳幼児の硬膜下血腫があった場合には、その乳児が揺さぶられた可能性を考慮すべき』と考察したことから広まっていったという。

その仮説は1980年代から90年代にかけて欧米で定着し、第1回目でも紹介した通り、頭部に外傷はなくても、いつしか、①硬膜下血腫 ②網膜出血 ③脳浮腫 の3徴候が見られる場合は、「最後に一緒にいた人が、その子供を強く揺さぶった犯人に違いない」という推定が独り歩きをはじめたらしい。

しかし、現在3件もの「揺さぶられっこ」による冤罪事件を担当する秋田弁護士は、様々な調査や検証を行った結果、その「決めつけ」に、データ評価の典型的な誤りが含まれていると厳しく指摘する。

「硬膜下血腫とは、脳の表面にある架橋静脈が引っ張られて破綻することによって起こる出血であり、暴力的な揺さぶりでなくても起こります。検察官は、『Bちゃんに生じていた急性硬膜下血腫等は“暴力的なゆさぶり”によるもので、そのような“暴力的ゆさぶり”は2歳児にできるはずがない』として、犯人は京子さんだと決めつけました。しかしそれは間違いです。

その決めつけの背景には、虐待を積極的に認定すべきとする医師の間で唱えられている説があるようですが、症状だけから、その原因が親による虐待行為であったと決めつけることなど絶対にできません」

また、「暴力的なゆさぶりでなくても架橋静脈は破綻する」として、次のように主張している。

「低位落下・低位転落によって急性硬膜下血腫が生じ得ることは、発症のメカニズムという医学的観点からも、力学という物理学的観点からも裏付けられます。架橋静脈は、頭に衝撃が加わった場合に、脳実質と頭蓋骨がずれることによって伸展し、破綻しやすいことが知られています。

その結果、硬膜下血腫が生じるわけですが、乳児の場合には架橋静脈が破綻する危険性が特に高いと言われているのです。

物理学的にみても、1メートル以下の落下によって、架橋静脈の破綻を生じ得る回転加速度が働くことは裏付けられます。また、繰り返し頭部に衝撃が加わった場合には、比較的軽微な衝撃でも架橋静脈が破綻し、急性硬膜下血腫に至り、無症状のままリスクが高まってしまうこともあるのです。医学も司法も、謙虚でなければなりません」

Bちゃんは11月27日以降の度重なる頭部への衝撃によって、架橋静脈が切れやすい状態にあったとも考えられる。つまり、この事件の経緯は、まさに秋田弁護士の指摘を裏付けていると言えるだろう。

「Bちゃんが重大な障害を負うことになったのは、大変悲しい出来事です。世の中に虐待という悲しい出来事が頻発していることも事実ですし、虐待から子どもたちを守ることは重大な正義です。しかし、そのことと個々の事例の判断は別です。症状のみを根拠に、虐待であるなどと決めつけることはできません。誤った予断、推測に基づいて、事故を虐待であると見誤ることは、それ自体が重大な不正義です。

日本で発生している虐待事件では、たびたび『揺さぶられっこ症候群』が虐待の証拠として挙げられ、医師の中にはそれを裏付ける鑑定意見書を書く人もいます。しかし、科学者といえども、時として予断から自由ではありません。

裁判所には、ぜひ『虐待』という予断から離れて、冷静に証拠を評価していただきたいと思います。検察官が無視ないし軽視した事情や証拠も、予断なく謙虚に検討すべきです。そうすれば本件は紛れもない冤罪であることが明白となるはずです」

海外ではもう「非常識」

わが子がケガを負ったり、ましてや死に至るということは、親にとっては耐え難い苦しみだ。その上に、身に覚えのない虐待の疑いをかけられ、愛する子どもたちから引き離され、さらに犯罪者として長期の服役を余儀なくされるということが起こったとしたら……。

秋田弁護士をはじめとする弁護団は、学者らと共に「揺さぶられっこ症候群(SBS)」事案における諸外国の動向調査を進行中で、2017年の夏にはスウェーデンへの視察も行った。

その結果、実はすでに欧米諸国ではSBSに対する評価や認識が変わっており、このままでは日本だけが立ち遅れてしまう可能性があるという。現在、日本で立件されている乳幼児虐待事件には多くの根本的な問題が横たわっており、冤罪も多く含まれているという確信が深まったというのだ。

医師だけでなく、児童相談所職員、警察や検察官、さらには厚労省や裁判官までもが、その不確実な理論を信じ切っているとすれば、極めて深刻な事態だ。

ちなみに、厚生労働省では、『赤ちゃんが泣き止まない』という11分間の啓蒙動画をネットで配信し、「乳幼児に対する揺さぶりは脳に障害を及ぼす危険がある」と訴えかけている。(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000030718.html

まさに、SBS理論を肯定する内容ともとれ、すでに刑事裁判でも証拠採用されているというが、このままでよいのか。

次回以降はこの問題を研究する刑法学者にもインタビューを行い、引き続き、諸外国のSBS理論における動向、スウェーデンの最高裁で無罪を勝ち取ったSBS冤罪事例、日本で今も多発する、揺さぶられっこ症候群を根拠にした「虐待逮捕」のケースをレポートする。

(つづく)

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