学校の性教育で「性交」を取り扱うハードルの高さ 障壁となる「はどめ規定」の実態

学校の性教育で「性交」を取り扱うハードルの高さ 障壁となる「はどめ規定」の実態

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  • 更新日:2023/01/25
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立体イラスト kucci

正しい性教育は性情報にあふれる中で暮らす子どもを守るほか、セクハラや強制性交罪などの抑止にもつながると期待される。しかし、多くの学校は学習指導要領の「はどめ規定」のため、積極的な性教育の実施をためらっている。実態を追った。AERA 2023年1月30日号の記事を紹介する。

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「1、目と目が合う。2、言葉を交わす。3、並んで歩く。4、手をつなぐ。5、肩を抱き寄せる……」

1月上旬、埼玉県川越市の市立中学校の体育館に産婦人科医の高橋幸子さんの声が響いた。「交際の12段階」についての説明を聞いているのは、3年生の男女約140人。段階が進むにつれて、顔を見合わせたり、ざわついたりする生徒たち。

「6、腰に手を回す。7、近い距離で向き合う。8、見つめ合う。9、唇が触れる……」

わぁ、きゃあ、という声があちこちで漏れる。

「10、互いの性器に触れる。11、裸で接触する。12、性器の挿入を伴う性行為」

ざわめきが大きくなったところで、高橋さんが言った。

「交際には順番があって、段階があります。お付き合いをして、いきなり12番ということはないんだよね。パートナーがどの段階を望んでいるのか、はっきりと口に出して聞くことができる対等な関係でいてほしい。『触れる』という言葉がある9番以降は性感染症の可能性があって、12番は妊娠につながる行為です」

体育館は、しんと静かになった。高橋さんが教えてくれた、性教育講演の様子だ。

■自分を守る未来の選択

埼玉医科大学病院(埼玉県毛呂山町)の産婦人科で思春期外来を担当する高橋さんは、2007年から学校での講演を始めた。訪問先は小学校から高校まで年間100件を超える。勤務先で、予期せぬ妊娠で中絶期間を過ぎてしまった少女らに接してきたことがきっかけのひとつだという。

「かつての性教育は『あなたたちはかけがえのない大切な存在です』というキラキラした部分だけのものでした。でも、それではダメ。妊娠や中絶について具体的に知ることで、初めて自分を守るための未来の選択ができると思います」(高橋さん)

いま子どもたちは、インターネットで24時間いつでも性情報に触れることができる。高橋さんは、危機感を口にする。

「高校生になると、私が伝えたいことはゆがんだ形ですでに子どもたちに入り込んでいると感じることがあります」

日本性教育協会(東京都)が約6年ごとに実施している「青少年の性行動全国調査」によると、17年の高校生の性交経験率は男女とも2割を切り、前回調査よりやや減少。一方、中学生の経験率は男子約4%、女子約5%で、1987年の調査開始以来、上昇傾向が続いている。

だからこそ、早めに正しい性教育を──。そう判断し、動き出している自治体や学校は冒頭の川越市のように増えている。けれど、全ての学校現場で積極的な性教育が展開されているかというと、そうでもない。

障壁となっているのは、学習指導要領にある「はどめ規定」だ。学ぶ内容を制限するもので、性教育の分野では、小学5年の理科で「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学校の保健体育で「妊娠の経過は取り扱わないものとする」という一文で示されている。

いずれも98年の改訂時に加えられたものだ。例えば中学の保健体育の教科書には、「生殖機能の成熟」について学ぶ単元で身体の成熟と受精卵が着床して赤ちゃんが誕生することは図解されているが、前提となる性交の記述がない。そのため、望まない妊娠や中絶についても原則として授業で取り上げることができないことになっている。

■法的に義務付けの意味

保健体育を管轄するスポーツ庁の担当者は、

「『はどめ』という言葉が独り歩きしている部分がある。集団で一律に指導するためにつくられたのが学習指導要領。発達の差が大きく、性に関する価値観が多様化している中、各学校で必要に応じて実施してもらえばいい。禁止はしていない」

と説明する。だが、元文部科学事務次官の前川喜平さんは、

「『取り扱わないものとする』という書き方になっている。『ものとする』は、法的に義務付ける意味を持ちます」

と指摘する。さらに、実施するためには「学校全体で共通理解を図ること」「保護者や地域の理解を得ること」など、ただでさえ忙しい学校現場が尻込みしてしまうような四つの条件がつく。「はどめ」を超えた性教育のハードルはなかなかの高さなのだ。

■激しい性教育批判も

激しい性教育バッシングもあった。

03年、都立七生養護学校(当時)で在校生同士が性関係を持ったことから、教員が知的障害のある生徒向けの独自の性教育プログラムを作成した。わかりやすいように性器の部位や名称を入れた歌や人形を使って、具体的に性交を教える内容だった。しかし、都議会議員が「不適切」と批判。都教育委員会が校長や教員を降格や厳重注意処分とした(13年に最高裁が処分は違法と認定。教員側が勝訴)。

05年には戦前から続く家父長制に基づく家族観を重んじる自民党内で「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が発足。当時幹事長代理だった安倍晋三氏が座長、山谷えり子参議院議員が事務局長に就き、過激な性教育は「より性を乱す」と主張して全国の性教育の実態調査もした。学校現場の萎縮はピークに達した。

「『壁ドン』して『好きだ』と言えば妊娠するとでもいうのでしょうか? 現状では、校長先生や管理職のカラーによって子どもたちが受ける性教育に差が出てしまう。大きな問題です」

と一貫して主張してきたのが、一般社団法人全国妊娠SOSネットワーク代表理事で医師の佐藤拓代さんだ。だが、21年春に文科省主導でスタートした「生命(いのち)の安全教育」の教材にも「性交」は一切出てこない。子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないことを目指したもので、セクハラや強制性交罪などの抑止にもつながると期待されているプログラムだが、「性交」を教えずして性被害の実態を理解させようとする内容に失望の声が広がる。

佐藤さんが座長を務める日本財団の「性と妊娠にまつわる有識者会議」は昨年8月、人権教育を基本にした「包括的性教育」の必要性を指摘し、学習指導要領の見直しを求める提言書を発表した。

「指導要領の改訂には10年かかる。それを待たずいわゆる『はどめ規定』を撤廃する通知を出してくれればいい」(佐藤さん)

動かない政府。一方で、性教育を求める動きは年々活発になっている。

19年春、家庭でできる性教育情報を発信するサイト「命育」を立ち上げた宮原由紀さんは、3児の母だ。子どもたちが性器に純粋な興味を持ち始めた頃、対応方法がわからずにインターネットで検索。ほとんど情報がないことに愕然(がくぜん)とした経験が原点だ。

ウェブメディアで働いた経験があったこともあり、同じ課題意識を持つ友人に声をかけてサイトを開設。産婦人科医や専門家に監修してもらい「男の子の性器の洗い方」「プライベートゾーンってなあに?」「あかちゃんはどこからくるの?にどう答えるか」といった、身近にある性にまつわるトピックを発信している。アクセスは現在、月50万ビューを超えるという。

■学ぶことで慎重になる

漫画など学びやすいコンテンツも増えている。長年、性教育に携わってきた元高校教員の村瀬幸浩さんとイラストレーターのフクチマミさんの共著『おうち性教育はじめます』シリーズ(20・22年)は累計24万部を超えるベストセラーに。3歳以降の子どもを持つ親向けに描かれたもので、

「今の親世代は、十分な性教育を受けていない。自ら学び直しながら、子どもに向き合おうという人に読まれている」(フクチマミさん)

ここ数年、日本社会では、ジェンダー平等やLGBTQなどを受け入れる機運が盛り上がる。それは性教育の追い風にもなりつつある。

18年、東京都足立区立中学で3年生を対象に行われた性教育の授業で「性交」「避妊」などの言葉を使ったことを都議が批判。都教委が指導に入る事態となったものの、区教委が「必要な授業だ」と反論したことは、大きなニュースとなった。当時この授業を行った保健体育科の元教諭、樋上典子さんは言う。

「避妊を教えると性行動が活発になると言う人がいますが、短絡的です。学ぶことで慎重になる様子が子どもたちのアンケートや感想から読み取れます。自分の体を守るためにも正しい情報を発信し、子どもたちと本音で語り合える環境がほしいです」

国は実態に向き合い、考えるべき時にきている。(編集部・古田真梨子)

※AERA 2023年1月30日号

古田真梨子

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