荻野目洋子 デビュー当時はアイドル全盛期「右を見ても左を見てもかわいい人ばかり。だから自分は...」

荻野目洋子 デビュー当時はアイドル全盛期「右を見ても左を見てもかわいい人ばかり。だから自分は...」

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  • 更新日:2023/03/19

歌手の荻野目洋子(54)が18日、ニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」(土曜前5・00)にゲスト出演。“アイドル全盛期”だったデビュー当時を振り返った。

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歌手の荻野目洋子

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小学生時代にユニット「ミルク」として活動し、その後高校1年生だった1984年にアイドル歌手としてソロデビュー。「ダンシング・ヒーロー」(85年)などユーロビートのヒット曲で90年代のダンスブームの先駆けとなった。

荻野目の同期の84年デビュー組は吉川晃司、菊池桃子、岡田有希子さん、長山洋子らそうそうたる顔ぶれ。2年先輩は“花の82年組”と呼ばれ、中森明菜、小泉今日子ら人気アイドルがキラ星のごとくひしめいていた。荻野目は歌唱力とキレキレのダンスで人気を博したが、「当時はアイドル全盛期で右を見ても左を見てもかわいい人ばかり。私は自然児で育ってきたので、埼玉や千葉で自然に囲まれて虫を追いかけてた少女だったので、最初はメイクするのが苦手で。だから自分はしっかり歌を歌うことだけを考えようと、そんな心づもりでいました」と回顧した。

「ダンシング・ヒーロー」は荻野目にとって7枚目のシングルで、初のトップ10ヒットとなった。デビューから1年半、「早くトップ10チャートに入りたい」と思っていたが、同曲をもらった時には「自分に歌いこなせるのかと不安でいっぱい」だったそうだ。その後も「六本木純情派」「湾岸太陽族」などヒットを連発したが、「スタッフさんのほうがプレッシャーが凄くて、1曲だけでは一発屋といわれることもあるので。それを私も肌で感じながら、ソロだと一手に背中にしょい込むので十代にしてそれを感じたのは結構なプレッシャーでした」と振り返っていた。

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