「怖い」はどこから生まれるのか?怖過ぎて4万ファボされた神戸のお面から考える

「怖い」はどこから生まれるのか?怖過ぎて4万ファボされた神戸のお面から考える

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  • 更新日:2020/11/21
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昼間でもビビったのにこれ夜見たらチビるやろな… pic.twitter.com/ATpUOOb6wH
— demoso (@demoso_)
October 19, 2020
from Twitter

このツイートがきっかけで話題になったアート作品がある。今年で11回目となる、六甲山で開催中の『六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020』で六甲高山植物園に展示されている『木霊(こだま)』と題された作品。

「怖っ」「字体も文章も怖すぎ」「目の中にもなんかいる」といったコメントと共に1.5万リツイートされ、4.4万ファボがついた。さらにはその噂を聞きつけ、テレビ取材までもがやって来た。

制作したのは美術作家の谷澤紗和子さんと、小説家の藤野可織さんのユニット。ところがおふたりともそもそも怖がらせようという意図はなく、「怖っ」とひと言ですまされることにモヤモヤしたのだとか。

そこで、さまざまな昔話に登場する女の子を現代の目線から読み解いた『日本のヤバい女の子』(柏書房/2018年)のはらだ有彩さんを迎え、2020年11月8日、六甲高山植物園で「怖いってなんだろう」ということについてあれこれ話しながら考えた。その模様をお届けします。

どうして「怖い」と感じるのか

――そもそもおふたりは怖がらせようと思って作ったんでしょうか。

谷澤 『木霊』は木の精霊なんですけど、「人ならざるものの語り」をテーマした作品で、怖がらせようと思って作ったつもりはありませんでした。

藤野 私も怖いものを書くつもりはなくて、人が危機に直面したときに、立ち向かうか逃げるかという選択肢があって、どちらの選択肢もその人にとっては正しいもので責められるものではない、ということを真剣に考えた結果こういう文章を書きました。

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『木霊』:2016年からスタートした谷澤紗和子氏と藤野可織氏のユニットによる3作目の作品。1作目は焼き物と言葉による『亡霊』、2作目は切り紙と言葉による『信仰』。『木霊』はふたつの巨大な顔のようなお面に、それぞれ違った藤野氏の言葉が載っている/撮影:来田猛

――はらださんはこの作品を観て、どんな感想を持ちましたか。

はらだ 「怖い」っていう意見もわからなくもないし、でも私自身は「怖くない」って気持ちが勝っています。「怖い」という人がどうしてそう感じるのかを考えてみると、笑っている理由がわからなくて、感情を読み取ることができない。それから、文字が見慣れたあしらいではない。
しかも、文章の意味がわかりそうでわからない。そして、顔の正体がわからないという4つの理由があるんじゃないでしょうか。わからないから、危険なものではないと証明ができない。でも、「怖いと感じること」と、「怖いと感じた対象が悪いものであること」は必ずしも一致しないんですよね。

谷澤 文字について言えば、(松の木)の作品は日本語を書いたことがないような人が日本語を見て書いたような字にしようとオリジナルの文字を作って、はねやはらいなどは日本語のフォントにあるようなものとは違うものにしました。

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谷澤氏が「(松の木)」と呼んでいたほうの『木霊』/撮影:来田猛

はらだ 人ならざるものが文字風のものを見様見真似で書いて、自分ではうまく書けたと思っているけど、人のほうからすると変じゃない?と思っている感じですね。

谷澤 (榎の木)は染色工芸家の芹沢銈介が作った文字絵のデザインを取り入れています。型染めは型を使って色をつけるのですが、「こだま」には音が反響するエコーという意味もあるので、そのイメージに重ねて「複製」を制作手法に取り入れたんです。
ちなみに複製で言うと、ひとつのお面がもうひとつのお面の型になっていて、ステンシルのように黒いスプレーを吹きつけて写し取りました。また、目の中にも顔があって、この本体がどこにあるかわからない感じも怖いのかもしれませんね。

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谷澤氏が「(榎の木)」と呼んでいたほうの『木霊』/撮影:来田猛

はらだ 文章の意味がわかりそうでわからないということも関連しますよね。「おーい」と書いてあるから話しかけられている気がするけど、そこから先の文章には違和感がある。コミュニケーションしているようで噛み合っていない感覚に怖さを感じるのかもしれません。

藤野 そうですね。もともと、木がしゃべったとしても、木は人間のことは興味がないだろうから人間についての話はしないだろうなあと思っていました。きっと人間には理解できないことを話している。でも点が3つあれば顔に見えるように、話す声を聞いたら人は、あれは自分が理解できる、自分に何か関係のある話なんだと思うんじゃないかと思います。

「怖い」と言われることへのモヤモヤ

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撮影:来田猛

『木霊』(榎の木)に書かれている言葉
「お~い。そこのひと。とまって。もどって。もどるところをうばわれたのなら。うばいかえすのそうすれば。あなたはきらきら。にくしみをあびてきらきら。まるでまなつのこもれびのよう。さあいって。いきなさい。たたかいなさい。あたまをあげて。さあ。いまにもかがやきだすそのてを。あちらへ。」

――はらださんが「私は怖くない」と思われたのはどうしてですか。

はらだ この作品を「得体の知れないものに話しかけられて、理解できない、何されるかわからない」と受け取ると、確かに怖さを感じると思うんですね。だけどよく読むと、「うばいかえす」とか「たたかいなさい」とか「ここはあんぜん」という言葉が入っている。鼓舞したり応援する優しい文章なんです。これを「怖い」と丸ごと遮断することで、何かを取りこぼしているような気がしてしまいます。

谷澤 「怖い」って判断しているようで距離を置くことですもんね。もう一歩先まで見たり聞いたりしてほしいなと思います。ちなみに「おーい」って書いたのは私なんです。プランの段階で仮に入れたものだったんですが、それを藤野さんが残したまま作品にしてくれたんです。

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撮影:来田猛

『木霊』(松の木)に書かれている言葉
「おーい。そこのひと。ここ。ここです。おいで。そこのあなた。あなたです。あなたはきらきら。あなたのかなしみできらきら。まるでまなつのこめんのよう。ああもうじゅうぶん。そうあなたです。さあにげておいで。にげてにげてにげてにげてにげておいで。ここへ。ここはしずか。ここはあんぜん。あなたはあんぜん。おいで。はやく。ここです。ここはしんみつ。さあ。そのかがやくてを。こちらへ。」

藤野 「おーい」ってすごくいいなと思いまして。怖さと親密さってつながっているところがありますけど、私は人じゃないものがそういうふうに親密に語ってくれたらいいなと思うんですよね。私の小説も怖いと言われがちなんですが、ホラーを書こうと思ったことはほとんどありません。逆に受け手としてはホラーが大好きで、日本のホラーって白い服を着た女の人の怨霊が圧倒的に多いことが気になっています。
見ていてひどいなと思うのは、たとえば『呪怨』の伽椰子や『リング』の貞子は血まみれで這っていたり、体がバキバキの状態だったり、髪もボサボサで、ひと目でひどい目に遭って逃げて来た状態であるのがわかるし、実際のバックグラウンドもそうなのに、それをみんながギャーギャー逃げて怖がること。助けに行こうよって思ってしまいます。

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トークは『木霊』が展示されている六甲高山植物園で行われた/写真提供:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020

はらだ それで思い出したのが吉本新喜劇のテッパンのギャグです。未知やすえさん演じる女性が悪者に絡まれて連れ去られそうになる。すると、それまでは怯えて震えていた女性が急にキレて、乱暴な言葉遣いでスゴむ。ビビった悪者たちが降伏すると、女性はまたか弱いキャラに戻って「怖かった~」と言うんですが、皆が「怖いのあんたやがな」ってツッコんで、ズコーっとコケる。
でも、この女性は自分の身を守るために「怖い」状態になっているのに、まわりはそれをすっ飛ばして表層だけ見て笑っている。「怖い」と言うだけで、女性がなんで「怖い存在にさせられたのか」を考えない。
藤野さんの小説作品『ドレス』にも、登場人物や読者の方から「怖がられる」女性が登場しますよね。だけど彼女が「怖がられる」存在になるまで、実は彼女自身が加害される立場にあったことも多い。

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『ドレス』藤野可織(河出文庫/2020年)/文庫版の挿画をはらだ氏が担当している

谷澤 実は「怖い」っていう反応以外に「刺さる」って反応もあったんですよね。

はらだ 「怖い」って「自分が理解できない」と一緒の意味ですもんね。でも、今つらい状況にある人にはその部分が刺さるんじゃないかと思います。たとえば、誰でもいいから強大な力でこのつらい世界ごと壊してほしい、その力で自分をあと押ししてほしい、と思いながら見ると、全然怖くないし、ありがたいだろうなって思います。

人ならざるものだから怖いのか

はらだ この目元が笑っているのは、楽しいのか怖がらせるのかどちらなんでしょうね。世間一般的には未だに、女の子は「にこにこしていなさい」と言われがちですが、時には強要されるものでもある「笑い」が一周回って怖く見えるというのは、弱者が一転して力を持ったようでもあります。この表情に「ほら、笑えって言うたのお前やろ」って笑いながら怖がらせるみたいなイメージも感じました。

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撮影:来田猛

藤野 笑っている顔が怖いということで思い出しました。ホラー映画やちょっとしたドラマなんかでも、たまに笑っている女性の幽霊が登場しますね。

はらだ 顔の側はどう思っているんでしょうね。「怖い」っていうのは見る側の感想ですが、見られている作品自体はどうなんでしょうか。

谷澤 わたしはそもそもお面という想定で作っていて、顔だと思ってないんです。

藤野 お面っていうもの自体が不気味ですよね。すでに怖いっていうものを含んでいる。

谷澤 中の表情が見えないから。

はらだ 中が見えないのに表層は感情を表しているから怖い。

谷澤 ちょうど制作していたときは緊急事態宣言で美術館も図書館も閉まっていたので資料を探すのもなかなかで、国立民族学博物館のデータベースで世界中のお面をいろいろ見た結果、ちょっと目がついているだけでもお面になるし、どんな形でも成り立つんやなとわかって、それが作るときのヒントになりました。
お面らしいものを作ろうとしたけど、どういう形でやってもお面になるので、『セーラームーン』のちびうさというキャラクターが持っているルナPボールから着想を得ました。

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美術作家の谷澤紗和子氏「お面という想定で作っていて、顔だと思ってない」(写真提供:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020)

はらだ ルナPボール! 私は鑑賞者として、これはお面じゃなくて顔だと思っていました。だから対話することができたらいいな、と。ちなみに谷澤さんは、これは意思の疎通ができるものかできないものかどう捉えているんですか。

谷澤 できないかな。木霊の言うがまま。見ている人がなんぼ語りかけても同じことしか言わない。自分で答えを見つけないといけないような存在。

藤野 どちらの道を選んだ人にとっても後押しになるようにっていうのを、それだけを考えていたので、造形面については完全に谷澤さんにお任せしました。結果、人間の反応によって傷ついたり怒ったり悲しんだりすることのない、私たちとは違う次元にいる強力なものができ上がっていると感じています。

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小説家の藤野可織氏「木霊は無敵。強そうに見えて好きです」(写真提供:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020)

はらだ この作品を作ったおふたりが、「この木霊は、人間の行動には影響を受けない」って言ってくれるのは、少し突き放しているように見えて、木霊そのものを守るようでもあると思いました。相手の心情を想像したり寄り添ったり、気遣ったりする行為って、ある意味では見ている側の勝手な解釈で、エゴイスティックにもなり得ることだけど、お面が鑑賞者の影響を受けないと言われると、力強いし心強い。
ふと、能の『山姥』という演目のことを思い出しました。山姥の歌を歌って評判になった、百万(ひゃくま)という名の芸能者が、京都から信濃に行く道中で、自分が元ネタにしている本物の山姥と出会ってしまう。山姥は超怒っていて、「私をネタにした歌を、私にも聞かせてみろ」と言う。怯えながらも百万が歌を披露すると、山姥は舞い踊りながら心を慰められ、いつしか穏やかになって山へ帰っていく。山姥自身も山の中で自分の存在を忘れそうになっていたんだけど、第三者である百万が自分を語ったことで、自分の輪郭を取り戻した……という話だと私は解釈しています。「怖い」ものが必ずしも「強い」わけではない。だから、木霊が何からも影響を受けないと聞くとほっとします。

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“テキストレーター”のはらだ有彩氏「怖いと感じることと怖いと感じるものが悪いものであるかどうかは別」(写真提供:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020)

藤野 そのお話大好きです。山姥を愛しく感じます。

はらだ この作品が「刺さる」人は、その揺らがなさに安寧を見出すのかもしれません。

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トークイベントでは司会を担当した、本稿の筆者である太田明日香(写真提供:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020)

女性の側から「怖い」を捉えてみると

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撮影:来田猛

はらだ おふたりに聞いてみたいのが、もし山の中をひとりずつ歩いていて突如どちらかに遭遇したらどう話しかけますか。

藤野 こんな大きい顔の人がいたらやばいから、ケータイでこっそり写真を撮りつつ静かに退避ですね。

谷澤 成り立ちがわからなかったら横目で通り過ぎるかなあ。スルーですね。怖いものが得意じゃないので。

藤野 バズったときに、白い大きい顔が追いかけてくる『恐怖の森』っていうゲームをもとにした映画があるのを知りました。

谷澤 検索したときめっちゃ怖くて。でも、そういう怖さではないですね。

はらだ 作者が出くわしても、怖いんですね(笑)。『恐怖の森』みたいに追いかけられる怖さと、木霊に遭遇する怖さ、ふたつの怖さを比較して違いを考えると自分が何を怖がっているのかわかるかも。

藤野 「怖さ」っていうのはある種の過剰さですよね。過剰さというのはあまりに極まると笑えるし、シャットダウンにも聞こえる。
谷澤さんに伺いたいんですが、木霊のお面が女性の形っていうのはどうしてですか。わたしにとっては女性であるということはすごくしっくりくるんですけど、男性の顔って選択肢もあったじゃないですか。

谷澤 女性に見えますか?

藤野 だと思ってました。

谷澤 生物じゃないから設定はしてないけど、自分が女性っていうことが関係して自然とこういう形になり、結果そう見えたのかもしれません。

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撮影:来田猛

藤野 さっきすごくしっくりくると言いましたが、こういう強い次元の違うものが女性の姿形をしているのは、私にとっては救いのようにも思えます。ホラーに出てくる幽霊ってたいてい女性ですよね。でもそれって、女性は幽霊になってからじゃないと言えないことが多いからだと思うんですよね。社会的弱者であるからこそ死んでからでないと強さを獲得できないし、その強さは不特定多数の者にとって致命的なまでのものになってしまう。

はらだ 生きている間に言うと力で報復されるから、死んでからでないと言えない。

藤野 はい、本当にそうです。

谷澤 女性像については私も最近の作品で特にテーマにしていて、美術史の中でも女性の像はずっと消費されてきたから、それをこちら側に取り戻したいなと思っています。

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撮影:来田猛

太田明日香

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