“キャンセル・カルチャー”に一石を投じる実話! 東独のボブ・ディランの告白『グンダーマン』

“キャンセル・カルチャー”に一石を投じる実話! 東独のボブ・ディランの告白『グンダーマン』

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2021/05/01
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“東ドイツのボブ・ディラン”と呼ばれた男がいた。ゲアハルト・グンダーマンが、その人だ。グンダーマンは昼間は石炭の採掘場でパワーショベルを操縦し、仕事が終わるとステージに上がって、自作の曲を歌った。働くこと、生きることの厳しさと喜びをせつせつと歌い上げ、労働者たちの共感を呼んだ。だが、彼には隠された別の顔があった。東ドイツの国家保安省(シュタージ)に協力し、スパイとしても活動していたのだ。労働者のヒーローとして喝采を浴びる一方、職場の仲間や友人たちを監視し、情報を国家保安省に提供していた。映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(原題『GUNDERMNN』)は、矛盾だらけの生涯を送ったグンダーマンを主人公にした実話ドラマとなっている。

東ドイツ出身のアンドレアス・ドレーゼン監督が10年がかりで完成させた映画『グンダーマン』は、屈折したグンダーマンの内面と同じように込み入った構成となっている。社会主義国家だった東ドイツ時代と東西ドイツが統一された時代とを物語は行き来しながら、グンダーマンの人物像を掘り下げていく。

物語の冒頭、グンダーマン(アレクサンダー・シェーア)は道路に迷い込んでいた野生のハリネズミを助ける。全身とげだらけのハリネズミを優しくいたわるグンダーマンだったが、介抱のかいなくハリネズミは数日後には動かなくなってしまう。傷ついたハリネズミは、グンダーマン自身の分身であるのかようだ。

グンダーマンがスパイとして協力した国家保安省は、秘密警察として東ドイツ市民に恐れられていた。アカデミー賞外国語映画賞受賞作『善き人のためのソナタ』(06)では、人気劇作家の自宅に国家保安省の局員が忍び込み、盗聴器を仕掛ける様子が描かれた。国家治安のためなら何でもやる。それが国家保安省だった。多いときには、東ドイツ市民の10人に1人が国家保安省のスパイだったと言われている。市民同士がお互いを監視し、西側への逃亡を企てる者は密告された。欧州一の理想国家を謳った東ドイツは、実際には密告社会だった。それゆえに東西ドイツが統一されてからは、国家保安省に協力したスパイは旧東ドイツ市民たちにとって唾棄すべき対象となった。

だが、東ドイツ時代に国家保安省から情報提供の協力を求められ、断ることができた者はいたのだろうか。採掘場で働く労働者であり、ミュージシャンでもあるグンダーマンは、国家に睨まれたら職場を失い、さらにはステージに立つこともできなくなってしまう。死活問題だった。

しかも、本作の中で描かれる国家保安省のやり方は、とても巧みだ。国家保安省の幹部(アクセル・プラール)は一見すると、気のよさそうなオッサン。グンダーマンの歌を褒め、その上で「国外でも演奏したくないか」と持ちかける。東ドイツ以外の自由諸国でも自分の曲を歌ってみたい。ミュージシャンとしての純粋な夢に、グンダーマンは嘘をつけなかった。グンダーマンは演奏活動の傍ら、スパイとして情報収集を始めることになる。

■スパイ以外にも秘密を抱えていたグンダーマン

グンダーマンは不器用なほど、実直で真っ直ぐな男だった。ミュージシャンとして人気が出ても、ベルリンの壁が壊されてからも、採掘場で変わらずに働き続けた。巨大ロボットの手のようなパワーショベルを操る作業の合間に、歌詞を考える。自分が暮らす街を愛し、石炭で煤けた職場を愛した。働きながら歌を作ることが、グンダーマンのアイデンティティーだった。

スパイであるだけでなく、他にも秘密をグンダーマンは抱えていた。職場の仲間たちと結成したバンドの一員であるコニー(アンナ・ウンターベルガー)にグンダーマンは好意を寄せていた。だが、コニーは同じバンド仲間とすでに結婚しており、子どももいる。それでも想いを立ち切れないグンダーマンは、コニーと不倫関係に。その後、コニーは離婚し、グンダーマンと再婚することになるが、バンド仲間を裏切っていた事実は消えなかった。

グンダーマンの悩みは尽きない。国家や職場に対する不満や怒り、子どもの頃に家を出ていった父親との間にも軋轢があった。誰にも言うことができない秘密を抱えれば抱えるほど、彼の中での葛藤は高まり、彼の歌にはリアリティーが増していった。仲間を欺いていたグンダーマンだが、彼が歌う曲には嘘がなかった。矛盾しまくった複雑な心境を歌にすることが、グンダーマンにとっての創作活動だった。

みうらじゅん原作の半自伝的コミックを実写映画化した『アイデン&ティティ』(03)の主人公・中島(峯田和伸)は理想と現実の間で揺れ動き、彼も悩みながら歌い続けた。そんな中島を励ますのが、“ロックの神さま”ボブ・ディランだった。『アイデン&ティティ』に出てきたボブ・ディランは、中島だけに見える幻だったが、『グンダーマン』にはリアルなボブ・ディランが登場する。

東西ドイツの統一後、グンダーマンは新しいバンドメンバーと共に、ボブ・ディラン公演の前座を務めた。その際に、ステージへ向かうボブ・ディランと“東ドイツのボブ・ディラン”と称されたグンダーマンは短く言葉を交わし合う。ボブ・ディランが姿を見せるといっても1シーンだけ。しかも映るのは背中だけだが、シリアスな物語の中においてこの1シーンは心を和ませる、とても粋な場面となっている。

■過去は認めるも、ファンに対する謝罪はしない

ボブ・ディランとの邂逅、さらに最愛の妻・コニーとの間に娘のリンダが生まれ、グンダーマンは公私共に幸せの絶頂を迎えた。だが、1995年になると、グンダーマンはミュージシャンとしての活動生命の危機に直面する。東ドイツが消滅し、国家保安省も解体。それまで機密情報扱いだったスパイとしての協力者リストが、おおやけになっていく。スパイ協力者たちの名前が次々と明るみになり、激しいバッシングに晒される。グンダーマンは自分の過去を最後まで隠し通すか、それとも自分からカミングアウトするか、その決断を迫られる。

物語のクライマックスとなるのは、揺れ動く心境のグンダーマンがバンドメンバーと共に上がるステージだ。グンダーマンはこれが最後のライブだという覚悟で、自分の過去を観客の前で告白する。グンダーマンはかつてスパイだったことを認めるが、でもファンである観客に向かって謝罪することはしなかった。詫びるべきは裏切っていた当時の仲間たちに対してであり、それ以外の人やファンには詫びる必要なないと考えていたからだ。突然のカミングアウトに多くのファンが驚く中、グンダーマンは歌い始める。バンド演奏がそれに続いた。

人種差別や政治的に偏った発言が目立つ権力者や企業に対する抗議活動として、「キャンセル・カルチャー」が近年広まりつつある。SNSの普及によって、声なき人々が大きな力を持つようになったわけだが、著名人の過去の発言や行動の中から問題のある部分だけを切り取って糾弾し、キャリアのすべてを否定しようとするケースも少なくない。人種差別やパワハラ・モラハラに対する正義の鉄槌のはずが、人間が持つ多面性や社会の多様性を否定することに繋がっている。東ドイツ時代に国家に協力していたグンダーマンが作った曲も、封印すべき対象なのだろうか。

グンダーマンはカミングアウト後も歌い続けたが、長年勤めていた採掘場が1997年に閉鎖され、失業してしまう。東西ドイツ統一後、倒産に追い込まれた東ドイツ系の企業は多かった。ソロとしての音楽活動を始めた矢先、1998年に脳出血でグンダーマンは亡くなった。まだ43歳の若さだった。彼が亡くなって20年以上が経つが、ドイツでもいまだにその評価は定まっていない。

(文=長野辰次)

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『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』
監督/アンドレアス・ドレーゼン 脚本/ライラ・シュティーラー 音楽/イェンス・クヴァント
出演/アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー
配給/太秦 5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
c)2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH&Co. Filmproduktions -und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg
https://gundermann.jp

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