写研書体を“継承”するためのOpenTypeフォント化、鳥海修氏らが開発にかける想いを語る

写研書体を“継承”するためのOpenTypeフォント化、鳥海修氏らが開発にかける想いを語る

  • マイナビニュース
  • 更新日:2022/11/25
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モリサワは11月24日に印刷技術の展示会「IGAS2022 国際総合印刷テクノロジー&ソリューション展」内で実施したセミナーにおいて、同社が取り組んでいる写研書体の開発プロジェクトの進捗状況を報告。その中で2024年に写研を代表する書体「石井明朝」と「石井ゴシック」の改刻フォントをリリースすることを発表した。

写研のOpenTypeフォント第一弾は「石井明朝」「石井ゴシック」

セミナーではプロジェクトに携わる字游工房の鳥海修氏ら3名のタイプデザイナーが登壇して開発にかける想いを語ったほか、改刻版でリデザインした部分やその意図などが説明された。ここでは、その様子を詳しく紹介していこう。
○写研、モリサワ、字游工房の3社が石井書体をOpenTypeフォント化

現在のようにパソコンで印刷のための原稿データを作成するDTPが普及する前は、写植(写真植字)機と呼ばれる専用機で文字組を行い印画紙やフィルムに焼き付けて版下を作る方法が一般的だった。その写植機を世界に先駆けて実用化したのが石井茂吉と森澤信夫で、ふたりは1924年に「邦文写真植字機」の特許を出願する。

その後、石井茂吉は写研を、森澤信夫はモリサワを創業し、それぞれ写植メーカーとしてハードウェアや組版用システム、書体などを開発して商業印刷を牽引していく。

だが、DTPに積極的で早くからデジタルフォントの開発を行ってきたモリサワに対し、写研は自社の専用システムにこだわり、これまでパソコンで使用できるフォントはリリースしてこなかった。

しかし、豊富なバリエーションと洗練されたデザインで愛される写研書体のデジタルフォント化を求める声は少なくなかった。そうしたなか、写研とモリサワは2019年の国際的なカンファレンスをきっかけにやり取りを再開し、「文字文化の継承」という共通の思いが合致。2021年には両社共同で写研書体をOpenTypeフォントとして開発することが発表された。

以降、写研とモリサワ、モリサワのグループ会社である字游工房の3社が共同で写研書体のOpenTypeフォント化に取り組んできた。

今回のセミナーでは、その成果としてまず、写研創業者の石井茂吉が開発した“石井書体”の中でも人気がある「石井明朝 ニュースタイル大がな(NKL)・オールドスタイル大がな(OKL)」および「石井ゴシック」の3書体を、邦文写真植字機の特許申請から100周年の節目に当たる2024年にリリースすることが発表された。

OpenTypeフォント化にあたっては、写研出身であり現在は字游工房の書体設計士である鳥海氏が全体監修を務め、「石井明朝」を字游工房が、「石井ゴシック」をモリサワが担当。いずれの書体も、写研から提供された当時の資料や原字をもとに開発が行われており、上品で精微な美しさはそのままに現代のDTPやオンスクリーン環境に最適化されているという。

セミナーでは、写研の文字部からのメッセージも披露。それによると、創業者の石井茂吉は機械工学が専門でありながら幼少期より書道に通じ、書に対する深い造詣から石井書体を制作したとのこと。石井書体は写植によって初めて可能になった筆書きの持つ優美で柔らかな線質を最大限に生かした書体で、現在においても写研の書体の開発思想の根幹となっているそうだ。

その石井書体について鳥海氏は「漢字書体だけで全部で20書体近くあります。石井さんが社長業を営みつつ、機械の設計なども手がけられながら、これだけの書体を作ったのは本当にすごいこと。私にとって、なかでも印象深いのが石井細明朝ですね。石井さんは諸橋大漢和(大修館書店の諸橋轍次編纂による『大漢和辞典』)の親字や篆書に加え、本文に使われている細明朝体の5万字近くにおよぶ原字をほぼひとりで作り上げられたと聞いています。手で書くことを大切にされていたそうで、柔らかく品のいい書体になっているのが特徴ですね」と語った。

ちなみに鳥海氏は1979年に写研に入社した際、新人研修で石井細明朝体の一部の書体見本を渡され、それに基づいて自分の名前「鳥海修」の3文字をデザインする課題に取り組んだことがあるそうだ。

しかし「何度やってもうまくできず、鉛筆での下書きに1週間かかるくらいでした。なんとか形になって、鉛筆でアウトラインをきれいに書いたあとに烏口と溝引きで墨を入れる段階に進みましたが、これもうまくいかない。3文字ともシンメトリーではないので、どこに重心を置けばいいのか分からず、難しくて親を恨むくらいでした(笑)」と当時を振り返った。
○オリジナルの特徴を大切にリデザインされた「石井明朝」

このあと、改刻版の「石井明朝」と「石井ゴシック」の開発プロセスや、制作途中の工程などが紹介された。

鳥海氏は「写研書体の改刻で念頭に置いたのが『継承』です。オリジナルのいいところを残しつつ、今の時代に使えるように繋いでいくことを大切にしたいと思い、プロジェクトを進めています」とコメント。

続いて字游工房の伊藤親雄氏により、改刻版「石井明朝」の開発プロセスなどが語られた。

オリジナルの石井明朝ファミリーにはもともと、L(細明朝)、M(中明朝)、B(太明朝)、E(特太明朝)の4つのウェイトが存在するが、ウェイトによって同じ文字でも骨格やデザインのテイストが異なっている場合がある。改刻版では、こうしたウェイト間でのバラツキを見直すため、まずベースになる骨格を決めて、それをもとにファミリー展開していくことになった。

石井明朝の場合は「石井細明朝」を骨格のベースとして開発が進められているという。その理由として、同書体がファミリーのなかでもより整理されており完成度が高いこと、また開発者である石井茂吉の集大成となる書体で、ユーザーから広く人気を集めていることなどが挙げられた。

ただし、太いウェイトの場合はLをそのまま太くするわけではなく、オリジナルの骨格も参考にしつつデザインが決められているそうだ。また、本文用途などで使われることの多いL(細明朝)は小さな文字サイズでの見え方をしっかりさせるため横線を少し太くし、見出し用のE(特太明朝)では逆に大きなサイズでエレガントに見えるよう少し横線を細めるなど、コントラストの細かな調整も行われているとのこと。

また、文字によってアウトラインが少し歪になっているところや、太さ(黒み)の乱れ、字面のバラツキなども見直しを実施。「三」のように、一文字の中でもウロコの形がバラついている場合は、きれいな相似形にするなどの細かい調整も行われた。ほかにも「髯」のかみがしらなどに見られる隙間(アキ)のバランスの乱れや、「放」の部首などに見られる線質の歪みなども整えられているという。

さらに写植印字のにじみ(マージナルゾーン)を再現するため、画線の交差部を少し丸めるなどの処理が施された。かな文字も、形の歪みや太さの乱れなどが細かく調整されているとのことだ。
○ウェイトによる印象の違いを再現した「石井ゴシック」

続いて、モリサワの原野佳純氏により改刻版「石井ゴシック」の開発プロセスなどが語られた。

原野氏によると、オリジナルの「石井ゴシック」はウェイトによってそれぞれ印象が異なるため、どれかひとつの骨格をベースにファミリー展開するか、ウェイトごとに骨格を変えるかが悩みどころだったという。だが、ユーザーの使い勝手やファミリー書体としての統一性を考慮して、改刻版の漢字ではM(中ゴシック)を骨格のベースとすることに決定したそうだ。

一方で、かなについては人気が高く見出しで活きるE(太ゴシック)を骨格のベースとしつつ、細いウェイトはM(中ゴシック)の要素を取り入れて本文などにも使いやすくしているとのこと。

開発にあたっては、オリジナルの「石井ゴシック」の特徴である強い抑揚のあるストロークを保つことを重視。ただ抑揚が強すぎても尖った硬い印象になってしまうため、ほかの文字と比較して抑揚が強いと感じる部分に関しては少し控えめになるよう調整しているという。

また、縦画や横画のストロークには完全な直線を作らないようにしたり、少し歪になっているアウトラインやエレメントの形なども整えながら全体に統一感が出るように制御しているそうだ。

原野氏は「どこまでを直すべきで、どこまでを残すべきかを感覚として理解するのに苦労しました。とくに漢字は同じ『へん』や『つくり』を持つものであっても、文字ごとにバランスがさまざまで、どこまで統一すべきかは、鳥海さんや作業を担当するデザイナーと何度もすり合わせしながら進めました」と開発の苦労を語った。

セミナーでは最後に、プロジェクトに関わったほかのタイプデザイナーからのコメントも紹介された。そのうち写研の文字部からは「当社の書体が、写植機発明100周年である2024年にリニューアルリリースされる運びとなり、大変感慨深い思いです。このリリースを機に、当社のシステムでの利用に限定されていた石井書体が、モリサワ社との提携でより多くの皆様にご利用いただけるようになります。石井書体のファンの皆様、石井書体を使ってみたいと思っている皆様に、幅広くご利用いただければ幸いです」とのメッセージが寄せられた。

なお、2024年にリリースする写研書体はモリサワのフォントサービス「Morisawa Fonts」スタンダードプランにて提供される予定。フォントの仕様など詳細や今後の動向については、決定次第告知するとのことなので、楽しみに待ちたいところだ。

山口優

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