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「ああいう小説は処女でないと書けないんでしょ」少女小説の旗手・氷室冴子が立ち向かったもの

「ああいう小説は処女でないと書けないんでしょ」少女小説の旗手・氷室冴子が立ち向かったもの

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/23
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近年、フェミニズムに対する関心が高まり、関連書籍の刊行も盛り上がりをみせている。そんな状況のなか、『なんて素敵にジャパネスク』などのヒット作で知られる人気少女小説家の氷室冴子さん(1957-2008)が90年代に発表したフェミニズムエッセイ『いっぱしの女』が、ちくま文庫から復刊を遂げた。

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〈やっぱり、ああいう小説は処女でなきゃ書けないんでしょ〉

『いっぱしの女』は、氷室さんの衝撃的なセクシュアルハラスメントの回想から始まる。本書で語られるのは、女性であるがゆえに味わった悔しさや怒り、独身女に対する世間の偏見や風当たり、結婚をめぐる母と娘の確執、そして女性同士の連帯……。鋭い観察眼と軽やかな言葉でつづられたエッセイ集は、30年前の本でありながら古びることなく、鮮烈かつアクチュアルな問いを私たちに投げかけてくる。

氷室さんの痛切な発信から30年を経ても、女性が抱える生きづらさ、もどかしさの根底にあるものはいまだ変わらない。『いっぱしの女』をいま出し直す意味や、色褪せぬ魅力について、新版の編集を担当する砂金有美さんに語ってもらった。

『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒットも復刊の後押しに

『いっぱしの女』の単行本が刊行されたのは1992年。その後、1995年に文庫化されたものの、2000年頃から品切れとなっていたという。それがなぜ2021年に入り、復刊されることになったのだろうか。

「きっかけになったのはSNSでした。今年に入ってからTwitter上でたびたび『いっぱしの女』が話題になり、復刊してほしいと声をあげてくれた方たちがいたんです。一つ一つのツイートは爆発的なバズとまではいかず、規模としては小さめでした。けれども、復刊を望む声が2011年頃まで遡れたことなどを含め、数だけでは測れないツイートの重みが、企画を後押ししてくれました」(砂金さん、以下同)

砂金さんは氷室冴子さんの名前こそ知っていたものの、『いっぱしの女』を初めて手にとったのは、SNSの声を受けてのことだった。

「読んでみたらめちゃくちゃ面白い本で、読み手の気持ちを喚起させるような言葉がたくさん詰まっていた。私は1990年生まれですが、とても30年前の本、30年前の声とは思えず、まるで自分の友達や同世代の人と同じような悩みや苦しみが書かれていて、衝撃を受けました。SNSで皆さんがおっしゃっていることは本当だ、とにかくこの本をもう一度世に出したいと、突き動かされるように企画会議に持っていきました」

そして無事企画は通り、『新版 いっぱしの女』の刊行が決定する。企画が通った背景には、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめ、筑摩書房がこれまでに刊行したフェミニズム的なメッセージを強く持った書籍のビジネス的な成功も大きかったという。復刊を願う読者の声と、それに呼応した編集者、そしてフェミニズムをめぐる時代の流れが結びつき、『いっぱしの女』の再刊が実現したのだった。

「権威のある男性」の解説は避けたかった

氷室冴子さんはコバルト文庫を中心に活躍し、1980年代から90年代にかけて女子中高生から絶大な支持を集めた作家である。『なんて素敵にジャパネスク』や『クララ白書』、『海がきこえる』などのヒットで知られているが、エッセイにもすぐれた仕事が多い。なかでも『いっぱしの女』はフェミニズムエッセイとして、今後読み直しが期待される一冊だ。

“新版”とタイトルにあるように、本書は単なる旧文庫の出し直しではない。装丁や解説が一新され、『52ヘルツのクジラたち』と題して、2021年本屋大賞を受賞した町田そのこさんが、愛にあふれた新解説を寄せている。

旧版の『いっぱしの女』では、男性の文芸評論家が巻末の文庫解説を手がけていた。その解説文は氷室さんの痛みを十分に汲みとっているとは言いがたく、今日の目から見れば、さまざまな意味で90年代当時の空気や価値観を背負い込んだものであった。

「時代状況を考えれば、かつての文庫が狙った方向性もわかります。ですが、いまこの本を復刊するのであれば、権威のある男性が本書の価値を解説するという構造は避けたかった。氷室さんと近い視界を共有しているであろう女性の小説家にお願いすることで、氷室さんが抱えていたものを捉えなおしたいと思いました」

そして、氷室さんを好きな女性作家という条件のなかで、本屋大賞で脚光を浴びた町田そのこさんに解説を依頼する。

「『いっぱしの女』を〈今〉と接続させたいという気持ちが強くあり、町田さんのお力を借りることで、氷室さんの言葉をより多くの人に届けられたらと願っています」

逝去から10年以上が過ぎ、特に若年層読者との接点に乏しかった氷室冴子作品だが、近年その風向きにもやや変化が生まれている。2020年刊行の『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』(集英社)のような作品の復刻を含め、再評価の機運が高まりつつある。

その動きを後押ししているのが町田そのこさんや、『お探し物は図書室まで』で本屋大賞第2位を受賞した青山美智子さんら、氷室さんの小説を読んで作家を目指し、リスペクトを公言する女性小説家たちの活躍なのだ。

セクハラという言葉を知って「やっぱし!」

『いっぱしの女』にはさまざまな話題が登場するが、とりわけセクシャルハラスメントにまつわるエピソードは、強いインパクトをもたらす。

たとえば、セクシャルハラスメントという言葉を知ったことで、〈あのテのことに傷ついていた同胞はたくさんいて、わたしひとりが怒りっぽく、我慢が足りない、というわけではなかったのか、やっぱし!〉と自らの体験を再定義した〈なるほど〉の項。

あるいは、ファンレターを装った卑猥な手紙を受け取ったことをめぐって、〈私が私であるために受ける不利益は甘受できる。けれど、宿命的に与えられた性に限定して向けられる無記名の悪意は、その無記名性ゆえに、私を激しく傷つける〉とつづる〈それは決して『ミザリー』ではない〉。

「大変な痛みや怒りを抱えつつも、氷室さんの言葉はどこまでも軽やかです。こんな風に世の中を見つめ、ものを書いている人がいたのかと圧倒されました。加えて氷室さんは、“女”の苦しみの話だけでは終わらせない。〈評論家たちの熱心な言説は、その孤独な、たったひとりの男の子さえ癒せない〉と、自分に傷を負わせたものについてもきちんと見ようとしている」

今よりも女性に立ちはだかる壁が高い時代のなかで、氷室は女性蔑視に対する痛みや怒りを明確に言語化していった。その勇気や真摯な言葉は、時を超えて私たちの胸を打つ。

『いっぱしの女』は女と女をめぐるエピソード集や、カルチャー論といった一面ももつ。娘の結婚を願うあまり暴走する母親をユーモラスに描いた〈一万二千日めの憂鬱〉や、女ともだちとの同居を通じて知った幸福感と孤独を語る痛切な〈夢の家で暮らすために〉など、印象深いエピソードも数多い。ほかにも、70年代少女漫画への愛と当時の評論への失望や、映画『カラー・パープル』を題材に綴る女性同士の連帯への熱い想いなど、氷室さんらしい着眼点が光る。

砂金さんは収録されたエピソードについて「どれも『本当にそのとおりです!』とうなずかずにはいられない」となりつつも、いっぽうで氷室さんが“わかる”という言葉を軽々しく使う傲慢さを指摘していることにも着目する。〈一番とおい他人について〉のなかで語られる、“わかる”という感覚と、そこに安易に乗りかかってはいけない自制を、氷室さんの言葉はもたらしてくれるのだ。

氷室冴子は少女だけのものじゃない

担当編集者として、『いっぱしの女』をどのような人に届けたいと思っているのだろうか。

「おそらく最初に手に取ってくださるのは、氷室さんのファンでしょう。その次の段階として、これまで氷室冴子に触れてこなかった層に読んでほしいですね。そして欲をいえば、20代30代の男性にも届けたい。少し居心地は悪いかもしれないけど、決して嫌な気持ちにはなる本ではないし、何よりも今の若い男性が苦しんでいることへのヒントも詰まっているような気がします」

『新版 いっぱしの女』の刊行は往年の氷室読者を沸かせたが、本書はこれまで氷室冴子を読んだことがない人にとっても、最適の入門書となるだろう。

「氷室冴子は少女やかつて読者だった人たちだけのものではない、普遍的な言葉の力を持った人物であることを、多くの人に知ってほしいです。『いっぱしの女』の復刊が、再評価につながることを期待しています」

出版業界で働く女性作家として、社会のなかに生きる女として、氷室さんは自らの痛みや怒りを言語化し、発信していった。その言葉のバトンを受け取り、次の世代に繋いでいかなければいけない。

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