ACミラン最強のストライカーは誰だ? 21世紀得点ランキング1~5位。世界中から集まった猛者たち、頂点に立ったのは...

ACミラン最強のストライカーは誰だ? 21世紀得点ランキング1~5位。世界中から集まった猛者たち、頂点に立ったのは...

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  • 更新日:2021/05/03
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【写真:Getty Images】

5位:若き頃に日本を沸かせた男

長い歴史を持つACミランというクラブは、これまで多くの傑出したストライカーを輩出してきた。そこで、今回は21世紀に在籍した選手を対象とした得点ランキングを紹介する。※01/02シーズン以降に在籍した選手が対象、20/21シーズンは成績に含めず、データは『transfermarkt』を参照

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FW:アレシャンドレ・パト(元ブラジル代表)
在籍期間:2007年夏~2013年冬
クラブ通算成績:150試合63得点18アシスト
代表通算成績:27試合10得点

ブラジルの名門インテルナシオナルで早くから印象的なパフォーマンスを披露したことで、「クラブ史上最高の逸材」とも称された。2006年にはFIFAクラブワールドカップ参戦のために来日し、2試合に出場。準決勝アル・アハリ戦で披露した「肩ドリブル」が当時大きな話題を呼ぶなど、アレシャンドレ・パトは日本人にもよく知られた存在となっていた。

クラブワールドカップ、そして年代別ブラジル代表での活躍もあり注目の的となったパトは、2007年に当時17歳でミラン移籍を掴み取っている。そして年明け、18歳でセリエAデビューを果たすと、なんと半年間だけでリーグ戦9得点を奪取。これは、カカ(15得点)、フィリッポ・インザーギ(11得点)に次ぐチーム内3位の成績だった。

一気にミラニスタのハートを掴んだパトは、その後もミランで躍動している。2年目はセリエAだけで15得点を奪い、同リーグ年間最優秀若手選手賞を受賞。その翌シーズンも、そのまた翌シーズンもリーグだけで10得点以上を叩き出している。非凡なスピードと決定力の高さを兼ね備えたストライカーは、他クラブにとって大きな脅威となっていた。

しかし、そんなパトを悩ませたのが怪我だ。2010年以降、度々離脱を繰り返すようになり、継続性という部分を欠いたことで徐々に序列は下がっていった。そして、ミランを長く支えると思われたが、2013年1月にサンパウロへ移籍。ミランでの公式戦150試合で63得点という成績は決して悪くないが、怪我がなければもっとできる可能性があっただけに、少しもったいない結末となってしまった。

4位:現在もミランを支える王様

FW:ズラタン・イブラヒモビッチ(スウェーデン代表)
在籍期間:2010年夏~2012年夏、2020年冬~現在
クラブ通算成績:105試合67得点
代表通算成績:118試合62得点

スウェーデンが誇るスーパースター、ズラタン・イブラヒモビッチはミランの歴史にその名を刻む選手になると言えるだろう。在籍は今季を含め合計3シーズン半と決して多くはないが、クラブにもたらしてきたものの大きさは、計り知れないものがある。

ミランに初めてやって来たのは2010年だった。バルセロナからのレンタルでいきなり不動の存在となると、セリエAで14得点11アシストを記録。インテルの6連覇を阻止し、チームに7季ぶりのスクデットをもたらしている。その翌シーズン(完全移籍へ移行)はさらに勢いが加速し、リーグ戦だけで28得点を奪取。得点王に輝いている。なお、ミランの選手が得点王に輝いたのは、2003/04シーズンのアンドリー・シェフチェンコ以来のことだった。

クラブの財政事情などもあって2年で一度ミランを去ったイブラヒモビッチだが、低迷が続く同チームを救うべく39歳で復帰。さすがにフル稼働が難しい身体になったとはいえ、技術やパワー、そしてゴールへの嗅覚は健在であり、再加入後すぐに結果を残している。そのイブラヒモビッチの強烈な存在感もあってか、他の若手選手も溌剌としたプレーを示すようになるなど、ミランは近年にはなかった力を手に入れていた。

今回は対象外となったが、イブラヒモビッチは今季も含めると公式戦84得点を奪っている。21世紀に在籍した選手限定ではなく、同クラブ全体の得点数ランキングでは13位の成績だ。なお、出場数は130試合だが、これは同ランキング上位20人の中で最も少ない数字。1試合あたりの得点数は現時点で「0.65」で、同20人中最高の数字となっている。そんなイブラヒモビッチは先日、クラブと2022年まで契約延長。「王様」のミランでの冒険はまだまだ続く。

3位:バロンドールも受賞したミランのアイドル

MF:カカ(元ブラジル代表)
在籍期間:2003年夏~2009年夏、2013年夏~2014年夏
クラブ通算成績:307試合104得点
代表通算成績:92試合29得点

サンパウロでプロキャリアをスタートさせたカカにとって初めての移籍先となったのがミランだった。決まったのは2003年夏、当時同選手はまだ21歳。サンパウロ時代につけていた8番、ブラジル代表でつけていた23番は空いていなかったため、イタリアでは馴染みのない22番を背負うことになったが、これが後にクラブ史に刻まれる番号になることを、この時は誰も知らなかった。

カカの実力が当時最高峰の舞台だったイタリアの地で証明されるまでそう多くの時間はかからなかった。デビュー戦から非凡なパフォーマンスを示しスタメンの座を確保すると、最後までペースを落とさずシーズンを疾走。1年目でいきなりリーグ戦二桁得点を記録した。さらに2年目にはリーグ戦で14アシスト、3年目にはセリエAで二桁得点&アシストを達成。一度も後ろを振り返ることなく、着々と世界トップクラスへの階段を上っていた。

2007年はまさにカカの年だった。チャンピオンズリーグ(CL)では得点王に輝くなど優勝の原動力となり、FIFAクラブワールドカップでも躍動。もちろんセリエAでも大暴れしていた。それらの活躍が認められ、同年にバロンドール受賞を果たしたのはご存じの通り。カカは、運命のクラブとなったミランと共に、世界の頂を獲ったのである。

緩急を巧みに使ったキレキレのドリブル、身体を寄せられてもブレないパワー、非凡な決定力を武器に観客を沸かせ続けたカカは、ミランに計7シーズン在籍し通算307試合104得点という申し分ない成績を残した。同クラブにはこれまで数々のブラジル人選手が在籍してきたが、もちろんカカを超える同国出身者は存在しない。

2位:DF泣かせのラインブレーカー

FW:フィリッポ・インザーギ(元イタリア代表)
在籍期間:2001年夏~2012年夏
クラブ通算成績:300試合126得点
代表通算成績:57試合25得点

「ピッポ」の愛称で親しまれたフィリッポ・インザーギが2位にランクインした。2001年にユベントスからミランへ加わると、そこから38歳となる2012年まで赤黒のユニフォームを着用。公式戦300試合に出場して126得点という素晴らしい成績を残し、スパイクを脱いだ。

インザーギはセリエA得点王を1回だけ獲得しているが、それはアタランタ時代のもの。ミランでは一度も獲得したことがなく、一つのシーズンでリーグ戦15得点以上を叩き出したことも1回のみだった。しかし、チャンピオンズリーグ(CL)を得意としており、ミランの選手として出場した55試合で実に29得点を奪っている。とくに、2006/07シーズンの決勝、リバプール戦での2ゴールを覚えている人は多いだろう。勝利の立役者となり、MOMに選出されていた。

センターフォワードとしてずば抜けた技術力があったわけでも、圧倒的に強かったわけでもない。しかし、こぼれ球に対する反応が速いなど誰よりも泥臭く、誰よりもゴールへの嗅覚に優れていた。とくに相手ディフェンスラインをぶち破る上手さはピカイチで、オフサイドラインぎりぎりを常に攻めてくる。対峙する選手からしても、相当嫌な存在だったことは確かだ。

そのインザーギは、現役最後のゲームとなった2011/12シーズンのノバーラ戦で途中出場すると、クラレンス・セードルフの浮き球に抜け出しゴール。喜びを爆発させるなど、多くのサポーターの心を打った。決して華があるFWだったわけではないが、多くの人の記録に残る、名ストライカーだった。

1位:誰も止められないウクライナの矢

FW:アンドリー・シェフチェンコ(元ウクライナ代表)
在籍期間:1999年夏~2006年夏、2008年夏~2009年夏
クラブ通算成績:322試合175得点
代表通算成績:111試合48得点

ミランの21世紀最強ストライカーランキング1位に輝いたのは、ウクライナの英雄アンドリー・シェフチェンコだ。1999年、母国の強豪ディナモ・キエフからイタリアの地にやって来た同選手は、計8シーズンの在籍で公式戦322試合に出場し175得点をマーク。21世紀に在籍していた選手の中では断トツだが、ミランに所属した全プレーヤーの得点ランキングでもグンナー・ノルダール氏に次ぐ2位につけている。

シェフチェンコがミラニスタのハートを奪ったのは一瞬だった。セリエA初挑戦ながら開幕2試合連続ゴールを記録すると、以降もハイペースにゴールネットを揺らす。そして最終的に24得点を挙げ得点ランキング1位に。移籍初年度でセリエA得点王に輝いた外国籍選手は、シェフチェンコが史上6人目だった。

その後もシェフチェンコの勢いは止まらず、とにかくゴールネットを揺らしまくる。2002/03シーズンこそ本領発揮ならなかったが、いわゆる「不振」に終わったのはこの年のみ。2003/04シーズンのセリエAでは再び得点王に輝き、28歳でバロンドールも受賞。2005/06シーズンにはチャンピオンズリーグ(CL)得点王も獲得した。このように、シェフチェンコはチームタイトルだけでなく、個人タイトルも総なめとしていた。

チェルシーに移籍しキャリアは下降線をたどってしまったが、全盛期のシェフチェンコには圧倒的なスピードと抜群の得点感覚が備わっており、少しでも隙があれば一瞬にして決定的な仕事を果たすことができた。そのプレースタイルから「ウクライナの矢」とも称されたが、まさにシェフチェンコは放たれたら止まらない、最強のストライカーであった。

編集部

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