
EV(画像:写真AC)
ノイズと解決策
既に数年前から多くの人が気付いていることに、現在市場で流通している一部の国産車(日産リーフ、サクラなど)を除いた大多数のEVにはAMラジオが装備されていないという事実がある。それは何が理由なのか。
また、電動モーターでの走行が多いプラグインハイブリッド車(PHV)や一部のハイブリッド車(HV)でもAMラジオのノイズがひどい、もしくは受信自体ができないといった問題も過去には報告されている。その原因は一体何なのか。
これらはいずれも、AMラジオの受信電波に対してEVやHVの電動モーター駆動装置から発せられる電磁波による干渉が原因とされている。
EVやHVの駆動は、バッテリーからの直流電流をモーターで使用する交流電流に変換するとともに電流と電圧をコントロールしている。ここで使われているのがインバーターという機器で、システム上どうしても電磁波の発生が避けられない。
もちろん、ラジオ側でのノイズ対策は可能だが相応のコストが掛かる。そこで現時点で大半のEVはAMラジオの装備自体を見送っているということなのである。
この問題に対してはふたつの考え方が製造側、ユーザー側、さらにはラジオ放送を管轄する官庁や放送局等から発せられている。
一方は、
「AM放送の受信機自体既に過去のものである、また他に補完するシステムもあることからその役目は終えている」
というもの。対するもう一方は、
「AMというシステムそのものが放送文化としてだけに止まらず、災害時の広域情報源として極めて重要だ。よって受信機の可能な限り広範囲での受信機の提供は必要である」
というものだ。

ポータブルラジオ(画像:写真AC)
需要と淘汰の葛藤
これらの考え方はそれぞれに一理ある。
まずAM受信機不要論だが、現在は「radiko(ラジコ)」などのインターネットラジオで全国のAM放送を高音質で聞くことができる。地形などに起因するAM放送難聴対策として、AM放送をFM放送の電波に乗せて放送するワイドFMというシステムもある。
「そもそもクルマでAM放送を聴かない」
という層も少なくないだろう。それに対して、AM受信機必須論にも説得力はある。
前述したとおり、災害時などの情報源としてAM放送は極めて有効である。ワイドFMはAM放送の内容を聞けても使用している電波はFMであるため、受信可能な範囲は決して広くない。
対してAMは特定の電波難聴地域を除けばその到達距離は極めて長い。インターネットラジオはインターネット回線もしくはWi-Fi環境がないと受信できないが、シンプルなAMラジオはそれらを必要とはしない。さらに、AM放送自体に根強いファンも決して少なくない。
ともかく電動モーターを駆動に使っている車両とAMラジオとの関係は、ここ最近になってその去就が本格的に語られることになったということだ。そして現時点での動向は市販EVを見ればわかるとおり、AMラジオの装備は見送る。AM放送が必要な場合は他の手段で、ということなのである。
これはAMファンにとってみれば納得できないことかもしれない。しかし需要が低いものはいずれ淘汰(とうた)されるという経済原理上のセオリーを考えれば仕方のない一面もある。
災害時の情報手段としてのAM放送は、単体でのポータブルAMラジオを通じて得れば良いという考えもまた合理的だ。実際のとこと、市場ではAMラジオ内蔵の懐中電灯や補助電源などは多数商品化されている。

フォードのウェブサイト(画像:フォード)
AMラジオ復活と市場への好感度
しかしここに来て流れが大きく変わり始めた。
きっかけとなったのは、米国においてあらゆる市販車からAMラジオの排除を禁止するべきという法案が超党派の議員団によって提出されたことである。これが2023年5月17日のことだ。
この法案提出は、以前から災害時の安全確保を理由にAMラジオの堅持を自動車メーカーに求めていた議員団が、メーカー側の消極的な態度に業を煮やし行動を起こしたものだった。
驚くべきはこの法案提出に対して、わずか一週間後の5月23日に、フォードが新たな発表を行ったことである。それは現在AMラジオを搭載していない全ての車両に対して、2024年モデルからAMラジオの装備を復活させる。過去に販売した未装備モデルについては
「ソフトウエアのアップデート」
で対応するという。
フォードとしては、法案に対して無駄に抵抗することなくできる範囲での対策を実施した方が得策との経営判断がなされた結果だろう。そしてスピーディーに対応することが、ひいてはユーザーと市場からの好感を得るきっかけにもなると判断されたのかもしれない。
この決定には、他にも注目すべき点がある。
それはラジオの電磁干渉対策において、シールド等による物理的な電磁波遮断ではなくソフトウエアでの対応が可能だという点だ。その具体的な内容について、発表されたばかりで技術的な詳細は明らかにされてはいない。しかし他社のラジオに対しても適用が可能であれば、EVとAMラジオの問題は一気に解決を見る可能性もある。
どのような技術でもそうだが、想定外のトラブルとその対応に直面せざるを得ないことは少なくない。しかし、そこで頭の固い対応で乗り切ろうとすることなく、柔軟な発想とともにスピーディーに行動することは良い結果を生むことも多い。
今回のEVとAMラジオの問題について、フォードの判断とその対応が業界全体を良い方向へと向かわせるきっかけとなることを個人的には期待したい。
剱持貴裕(自動車ジャーナリスト)