瀬戸内寂聴さんの「逃れ切れない業」 “親友”横尾忠則が振り返る

瀬戸内寂聴さんの「逃れ切れない業」 “親友”横尾忠則が振り返る

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  • 更新日:2021/11/25
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瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。21年11月9日、逝去。

半世紀以上の親友・横尾忠則さんと瀬戸内寂聴さん。もう出しても返信が来ることはない、瀬戸内さんへの“最後のお手紙”です。

【横尾忠則さんの写真はこちら】*  *  *

セトウチさんが逝かれて二週間が過ぎた。セトウチさんの中では空前絶後の大異変が起こって、常に「死んだらどうなるんだろう」という答えのド真中に吸収されて、ヒェーって感じじゃないでしょうか。

9日の早朝、セトウチさんが重い肉体を病院のベッドに残して、宙空に離脱された5時間後には秘書のまなほさんからのメールでその死を知った。さぞ日本中は事件のように大騒ぎになるだろうと予想をした。秘密をかかえたまま、人にも話せず、苦しい2日間が過ぎた。やっと3日目にセトウチさんの訃報が公表され、隠蔽の苦痛から解放されたが、同時にメディアからの集中攻撃を受ける結果になってしまった。その大半は、この「週刊朝日」の「老親友のナイショ文」でセトウチさんの一番身近な人間としてターゲットになっていたのである。そんな中で僕は意外と、「ヘェー、週刊朝日ってこんなによく売れてんだ!」と不謹慎ながら妙に感心したものだ。身辺はメディアの総攻撃で掻き廻されているにもかかわらず、意外と僕は冷静で、セトウチさんの死そのものを冷静に受けとめている自分に少し驚きもした。「死んじゃったんだ。そーいうと50年という長い交友もこれで終止符を打つことになるなあ」と思いながら、彼岸というか、冥土というか、死後の世界というか、あちらというか、霊界が以前に比べて、うんと身近になったような気がして、生と死はそんなに離れていないんだ、というようなことに妙に感心していた。セトウチさんが亡くなって、淋しいとも、悲しいとも、そんな感情に襲われるようなことがいっさいないことに、僕は我ながら冷たい人間なのかな? とさえも思うほどだったが、僕だっていつ何が起こるかわからない年齢なので、生死の境界が薄れているのかも知れないとも思った。

ある意味でセトウチさんとの親交はどこか空気みたいなところがあったように思う。というのは僕はセトウチさんに何かを求めるとか、目的を持った大義名分的なおつき合いをしていなかったので、その2人の間はいつも空っぽのような状態だったと思う。だからこそ50年も続いたんだろうとも思った。だけど、セトウチさんとの日常は空気みたいに軽い存在だったにもかかわらず、僕から離れたセトウチさんの人生は、何か業のようなどっさり積もった実に重い重量級の人生だったんじゃないかなと想像することがあった。

セトウチさんのあの無邪気で人懐っこい振るまいの背後には、この重い業が全身にベタッと張りついていて、それから逃れるために、あのオポチュニストなセトウチさんが作られたような気がしないでもない。セトウチさんがガムシャラに私小説的な題材の小説を連発されるのは、その業から離脱するための手段で、自らの不透明なパンドラの函の蓋をこじ開けるように書きまくられたのも、ひとえに浄化作業だったのではと思えてならないのだ。何んといっても、終生セトウチさんにつきまとって一日も忘れられない、小さい子供を残して家を飛び出した、あの記憶が亡霊のように追いかけてくる、逃げても逃げても逃げ切れない業、それがペンを走らせた。小説を書いている瞬間が一番快感というのは、そりゃ、そうでしょう。書くのを止めた途端、セトウチさんを襲うのは宿命だったか運命だったか知らないが、セトウチさんが後天的に創造してしまった業の存在の仕業でしかないからだ。

セトウチさんのありとあらゆる行動の側面に僕はベタッと張りついた業をみてしまうのである。セトウチさんの人懐っこい、無邪気で可愛い、親切で、話し好きで、気前のいい、陽気で、ポジティブな表面の背後には、逃れようとして逃れ切れない業によってセトウチさんをはがいじめしているように思えてならないのである。メディアに写るセトウチさんは、表のセトウチさんである。日常のセトウチさんの表情の中で僕は何度となく、遠くを見つめている暗い表情のセトウチさんを目撃している。

セトウチさんのセレモニィのような行動のほとんどは社会化されてしまう。あの得度にしても、井上光晴さんとの関係さえ、本来は隠蔽すべき事柄である。それをメディアを通じて公表するのはセトウチさんにとりついて離れない業のせいである。セトウチさんは時々、口ぐせのように、「成るようにしか成らない」とおっしゃる。「成るようにしか成らない」とは運命の要求に従う行為である。しかし、セトウチさんは運命に逆らうような行動に移される。運命に逆らうことは、「成るようにしか成らない」こととは反対の行為である。従って「成るようにはならない」のである。この論理はセトウチさんの読み違いである。

セトウチさんの裏表のない人柄が好きだ、と先週の本誌のセトウチ特集で述べていた人がいたが、セトウチさん自身がそのような性格であろうと思うが、その性質の背後には自らの不誠実なあの行為が、その後の人生において誠実であろうとする行為の裏返しのように思えてならない。人間は誰しも誠実に生きることはできない。そんな人間のどうにもならない資質をセトウチさんひとりが体現して、それをわれわれにサンプルとして見せているのかも知れない。そういう意味では全身人間を生き切った人なのかも知れない。

そんなセトウチさんの現在、「死んだらどうなる」かを、もう体現しておられるはずだ。向こうへ行ったら向こうの様子をこちらに伝える運動を起こしたいともおっしゃる。ぜひ、そうしてもらいたいと思うが、人間にとって死の壁はあまりにも高く厚い。この問題を解決するのが仏教の仕事である。「どうなるのか死んだら」という疑問をこちらにおられる間に徹底的に解明して欲しかったが、僕の知るセトウチさんは、死や骸骨など、僕の死にいろどられた作品を随分怖がられた。それは死に人間の本質があることを知っておられるためで、その本質に迫ることが怖かったように思う。

今、セトウチさんは向こうでその本質と真正面から対峙しておられると思う。そちらには時間がないと思いますが、こちらではもう二週間が経ちました。

※週刊朝日  2021年12月3日号

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