『猫がこなくなった』――自由な言葉の運動に引き込まれて“世界”が広がる。刺激的でたまらなく面白い、保坂和志最新作!

『猫がこなくなった』――自由な言葉の運動に引き込まれて“世界”が広がる。刺激的でたまらなく面白い、保坂和志最新作!

  • ダ・ヴィンチニュース
  • 更新日:2021/01/14
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『猫がこなくなった』(保坂和志/文藝春秋)

小説家にはそれぞれ独自の文体や作風があるものだけれど、個人的に保坂和志ほど読んでいる最中に「いま自分は保坂和志の文章を読んでいるなぁ」と、書き手の存在を意識させられる小説家はいない。それは保坂和志の小説が、“ストーリー”の動きではなく、保坂和志本人の“思考”や“記憶”の流れを文章にして、その文章の動きによって、簡単に言葉にできない何かを描こうとしているように読めるからだ。こう書いてしまうと「それは小説ではなく、エッセイではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、保坂和志の作品について、その区別はとくに重要ではないと思う。フィクショナルな登場人物やストーリーの起伏ではなく、言葉の運動そのものに引き込まれてしまう感覚こそが、保坂和志作品の大きな魅力だからだ。

最新刊『猫がこなくなった』(文藝春秋)も、そうした保坂和志を読む面白さを堪能できる短編集だ。収録されているのは次の9編。

「猫がこなくなった」
「特別に忘れがたい猫」
「ある講演原稿」
「秋刀魚の味と猫算」
「花揺れ土呟く」
「カフカの断片」
「胸さわぎ」
「『事の次第』を読んでる」
「夜明けまでの夜」

保坂和志の小説には本人が実際に一緒に生きてきた、さまざまな猫たちがいつも登場するのだが、本作の作品にも猫がよく出てくる。そして、例によってフィクションなのか、実体験を描いているのか、はっきりしないものも多く、小説としての感触や形式もそれぞれに違う。

最初に収録されている表題作は“私”の友人で猫好きの高平君と交わされる“近所からいなくなった猫の話”がつづられる一編。「特別に忘れがたい猫」「秋刀魚の味と猫算」「カフカの断片」のように数ページしかない掌編もあれば、「ある講演原稿」のように“まだしゃべられていない”講演用の下書き原稿とされているものもあり、「『事の次第』を読んでる」というベケットについて考察している一編もある。「胸さわぎ」は“尾花氏”というカルチャーセンターの講師の三人称作品。「花揺れ土呟く」では土地の記憶、「夜明けまでの夜」では友人のてのひらの中で死んでしまった子猫のことが語られる。

どの作品もとにかく“自由”だ。日本語の文法すらほとんど気にせず、句読点の打ち方も独特な文章で、連想に次ぐ連想がとりとめもなく漂うように書かれていく。しかし、それが読みづらいということはなく、時にはその唐突さや奔放さに笑ってしまったり、延々と途切れないアドリブのような文章が読んでいて心地よかったりする。

そして、そうした文章に呼応するかのように、自分の中で忘れかけていた感情やかつて見た景色の記憶、言葉にできない思いが、ふと浮かんでくる瞬間がある。そのとき、小説を読むことがインタラクティブなコミュニケーションになっているような感覚をおぼえる。

保坂和志は猫やベケット、自分の記憶や自由気ままに見える連想、言葉の運動を通して、世界や命、時間のあり方、かけがえのなさといったものを考え続けていて、それは読み手にとってわかるものとわからないものが当然あるわけだけれど、その思考のあとを追っていくことで、ちょっと大げさに言えば世界の見え方が更新されるように感じるときすらある。だから、保坂和志の小説はいつでも刺激的で、たまらなく面白い。

文=橋富政彦

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