難解作?『テネット』を10倍楽しむための「5つの心得」

難解作?『テネット』を10倍楽しむための「5つの心得」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/10/16
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「時間逆行」という特殊な設定の映画『テネット』はコロナ禍にもかかわらず絶好調だが、一方では「難解」とも評されている。英国ケンブリッジ大学理論宇宙論センターでホーキング博士に師事した最後の弟子にして、『時間は逆戻りするのか』の著書がある若手物理学者が、この映画を10倍楽しむための(当社比)5つの心得を伝授してくれた。

未知の感覚が体験できる「新ジャンルの映画」

『テネット』、観てきました。まず、これまでSF映画をたくさん観てきた人間として言いたいのは、「新ジャンルの映画が誕生した!」ということです。まだ観ていない方は、ぜひ映画館へお出かけになることをお勧めします。きっと、これまで人類が知らなかった新しい感覚を体験できるはずです。

ただし、けっして「観やすい」映画ではありません。むしろ、その逆かもしれません。その理由は、たとえば「エントロピー」「時間逆行」「反粒子」などの物理用語がわんさか出てくることにもあります。それだけでアレルギー反応を起こしてしまう人は、せっかくの新しい映像体験のチャンスを棒に振ってしまうかもしれません。それは、あまりにももったいないことです。

ノーラン監督のメッセージと特別予告

そこで、物理学業界きってのSF映画好きであり、最近、まるでこの映画の世界を解説しているような本を書いた者として、『テネット』を最後まで楽しむための心得を(べつに映画会社に頼まれたわけではないのですが)、みなさんに伝授したいと思います。あ、ネタバレの心配はありませんので大丈夫です!

心得1 前半はわからなくても焦らない

オープニングは、非常に緊迫感があるいいシーンから始まります。クリストファー・ノーラン監督はこれまで著名な作品を何本も世に送り出していますが、私は『ダークナイト』のオープニングを思い出しました。いい意味で不安感がある音楽と、ワクワクさせるスピード感のある場面展開は、これから何が起こるのか、期待を大きく膨らませます。

『ダークナイト』予告映像

しかし、この『TENET』の前半は、じつはけっこう唐突に、いろいろなことが説明もなく進んでいきます。ここで置いてきぼりになる方や、退屈になってしまう方も、少なからずいるかもしれません。実際、私の本を担当した編集者の知人も、この映画を観て「駄作だ!」と憤然としていたそうです。

でも、わからないからと焦らないでください。おそらく誰もがそうです。じつは私自身も「?」の連続でした。誰にとっても未知の体験が始まるところなので、しかたないのです。

ここは気持ちを切らさず、ジェットコースターが最初にガタガタと上っているところだと思って、しばし辛抱しましょう。その分、後半では、前半のさまざまな疑問や伏線を一気に解決しながら駆け降りる爽快感を味わえるはずです。

心得2 細かい演出を味わうべし

この映画で感心したのは、なにしろ脚本がよく練られていることでした。よくありがちな、ただ「時間が逆戻りする世界」という設定によりかかっただけ、といったチープさがなく、脚本段階で時系列をよく整理し、そこに伏線を巧みに張りめぐらせています。

そして、演出が細かい! 不思議な世界を徹底的にリアルに映像化しようとこだわった、細かい描写が目白押しなのです。気持ちを切らして見逃したら絶対に後悔します。以下に、ネタバレは避けつつ注目ポイントの例を挙げておきます。

主人公はマスクなしでは呼吸ができない(なぜだかは観ればわかります)。

背景に、転倒している車がいきなり逆戻りして走りだすのが見える

人の話し声が、何を言ってるのかわからないときがある

なかでも、個人的に拍手を送りたくなったほどすばらしいアイデアは、物語のカギとなる「時間を逆戻りさせる方法」です。

この手の映画でよくあるのは、何かそういう機械のスイッチを押した瞬間に時間が逆戻りするといったもので、この作品もそんなところかなぁと、高をくくっていました。ところが、まさかあんな形で時間が戻る世界に入るとは……いま、ネタバレにならないように最小限のことだけ言うと、そのとき見えるのは「自分の姿」なんです!

ブラボー! 物理学者としては「そうそう! こうだよこう!」と心底うれしくなりました。みなさんにもぜひ、映画館で確認してほしいところです。

心得3 わからなかったところは「テキスト」で確認すべし

この作品、サイエンス監修として、重力波観測への貢献で2017年にノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーン博士が参加しており、さすが物理屋さんならではのアドバイスが随所に光っていると感じました。

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キップ・S・ソーン博士 photo by gettyimages

ソーン博士とノーラン監督のタッグは2度目で、前作『インターステラー』では、博士の研究チームが計算で求めたブラックホールの画像のリアルさに私も舌を巻いたものでした。

インターステラー予告編。ソーン博士の監修によるブラックホールの映像も最後の方に出てくる

本作は、先にも言ったように、決して観やすい映画ではありません。噛んで含めるように観客に説明する至れり尽くせりのドラマに慣れてしまっていると、不親切に思えてイライラするのかもしれません。

でも、ノーラン監督は、観ているときにはわからなくとも、あとでゆっくり思い出しながら、「ああ、あれはこういうことだったのか」と時間が戻る世界を自分なりに考え、想像する楽しさを観客に残してくれている気がするのです。

そのとき、座右のテキストとしておすすめしたいのが、甚だ手前味噌ではありますが、私が書いた『時間は逆戻りするのか』です。その理由は、この映画のような世界は絵空事にすぎないのか、それとも物理的に本当にありえるのかを本気で考えた、ほかにはあまりない本だからです。ご一読いただけば、この映画にたくさん散りばめられている科学的な面白さに気づくはずです。

本と映画がリンクするところをキーワードだけ挙げておくと、「エントロピー」「時間の矢」「陽電子」「粒子と反粒子」「対消滅」といったところです。いずれも映画では一言のセリフでしか触れられていませんが、それらの背景を知っていただくと、ぐっと作品の世界が深く、立体的に感じられてくること間違いなしです。

また、映画では重要な伏線になっている「未来から来た者は、すでに過去の事件に共存している」という考えがどういうことかも、読めば楽しみながらご理解いただけるはずです。

心得4 批判精神も忘れるべからず

さて、ずいぶん『テネット』を絶賛してしまいましたが、手放しでほめてばかりというのは科学者として正しい姿勢とはいえません。ここで、物理屋の視点から、この作品にちょっとツッコミを入れてみようと思います。

まず、この映画では大きく混同していることがあります。それは、「時間の逆行」イコール「タイムトラベル」としている点す。ここが一番気になりました。

なお、ここで言うタイムトラベルとは、この映画に即していえば、現在から過去へ戻るという意味です。すでに映画をご覧になった方も「この2つってホントは違うんじゃない?」と違和感を覚えたかもしれません。

「時間の逆行」と「タイムトラベル」の違いを、下の図で説明します。

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『テネット』で描かれた時間の逆行は、単に過去に戻るタイムトラベルではない

まず、一般的には時間は、一番上の矢印のように、左から右へ進行しています。つまり過去から現在へ、現在から未来へと進んでいます。

では、「時間の逆行」という現象が起こると、どうなるでしょうか。それを表したのが真ん中の矢印です。ここでは、現在から少し先の未来までの、ある限定された長さの時間が、逆戻りして現在に向かってくるという逆行を考えます

たとえばこの時間の中で、コップが揺れて、倒れて、ジュースがこぼれ出てしまったとすると、この一連のできごとが逆向きになって、「現在」の次の瞬間から始まるのです。つまり唐突に、ジュースがこぼれ出たコップという「結果」が姿を現し、そのあとコップにジュースが戻り、コップが立ち、静止します。そこまでで時間の逆行は終わり、あとは通常の時間の流れに戻ります。ちょっと違和感があるかもしれませんね。

この作品では、ほかにもさまざまなタイプの逆行が出てきます。自分以外がすべて逆行するという「マクロな逆行」も出てきます。これに対して、図に示した逆行は「ミクロの逆行」といえるでしょう(こうした逆行のタイプの違いについても私の本で解説しています)。

一方の「タイムトラベル」を表したのが、一番下の矢印です。これは現在から過去の任意の時点にワープできるというものです。しかし、ワープしても、そこでの時間の流れは通常の流れとまったく変わりません。ここが「時間逆行」と決定的に違うところです。映画の中ではこれらが混同されているのでよけいに混乱を招いています。

そして「タイムトラベル」では、ワープしたあとコップが倒れないように細工をしたりしてはいけません。それは、過去に戻って「歴史」を改変する行為にあたり、物理学では禁止されているからです。そんなことが起きないように「因果律」とか「熱力学第二法則」とか「エントロピー」とかいう番人たちが、厳しく見張っているというのが、現在の物理学の常識なのです(その常識が覆るかもしれないという最新知見も私の本では紹介していますが)。

『テネット』を注意深く観ていると、この2つの決定的な違いが混同されている場面がいくつかあることに気づくのです。ノーラン&ソーンのコンビのことですから、もしかしたら、そこにもなんらかの意図があるのかもしれませんが……(じつはこの映画にはほかにも「エントロピーは孤立系でしか議論できないのでは?」などのツッコミどころはあるのですが、ここではやめておきましょう)。

心得5 恋人と観るときは要注意

いろいろ考えていくと、そもそもこの映画の登場人物たちの「意識」はどうなっているのか、という疑問も浮かんできます。人間の思考や意識は、すでに起こった過去をベースに現在のことを認識し、未来を予測するようにできています。「時間が逆行する世界」では、そこのところはいったいどうなっているのでしょうか?

考えれば考えるほど、いままで考えもしなかったことをリアルに考えさせられる。そういった意味で『テネット』は、人類が初めて体験する映画であるといえるのです。

しかし、最後の心得として、もしもこの映画を恋人とのデートで観るときは、そのあとの言動には注意されることをおすすめします。

この記事を読んでいただいているとなおさら、「時間の逆行」と「タイムトラベル」がどう違うかとかを、喫茶店でコースターに矢印を書きながら恋人に熱く語りたくなるかもしれませんが、ロマンチックとはほど遠い雰囲気になってしまいます。因果律とかエントロピーとか持ち出したら最悪でしょう。くれぐれも時間を逆戻りさせたいような1日にならないようにしてくださいね。

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自分だけ熱くなりすぎないように! photo by gettyimages

最後に——私が『時間は逆戻りするのか』を刊行したのは、今年の7月でした。読者の方から最近、「まるでノーラン監督は、この本を読んでから映画をつくったみたいですね」と言っていただきました。さすがにそれは時間的に不可能です、とお答えしましたが、じつは本を出したあと、時間を数年逆戻りして監督にも1冊届けていたのです——なんて都市伝説が、数年後の未来に広まっていることをいま、夢想しています。

時間は逆戻りするのか宇宙から量子まで、可能性のすべて

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「時を戻そう」は本当に可能になるかもしれない!

一方通行と考えられてきた時間は近年、逆転する現象が観測され、なんと「時間が消えるモデル」までもが提唱されている。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターで晩年のホーキングに師事した「最後の弟子」が語る、新しい時間像。読めば時間が逆戻りしそうに思えてくる!

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