「激辛カレー教員いじめ」は氷山の一角。職員室の闇とその解決法

「激辛カレー教員いじめ」は氷山の一角。職員室の闇とその解決法

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/10/10
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神戸市の小学校で、教員間で、暴言・暴力などのいじめ行為や、性的な嫌がらせなどのハラスメント行為が相次いでいたことが報じられています。30~40代の教員4人が、20代の教員を羽交い締めにして激辛カレーを食べさせたり、同僚の女性教員にわいせつLINEを送れと強要。ほかにも20代の教員3人が被害に遭ったことも発覚しました。一体なぜこのようなことが起きたのでしょうか。

公立小学校に13年勤め、「型破り教師」として話題となった森田太郎さんに毎月第2、第4月曜公開しているFRaU Webでの連載ですが、急遽予定を変更し、教員を取り巻く環境の実態とどうすれば改善できるのかを提案してもらいました。

タロー通信/風のとびら」今までの連載はこちら

生徒の前でも否定された教員

子どもたちに「いじめはしてはいけない」と指導する立場の教員が、なぜ――? そう驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。でも、ぼく自身、驚きはありません。氷山の一角が出ただけのことだと感じています。なぜならば、10年間の教員生活で、似たような話をたくさん見聞きしてきたからです。

互いに「先生」と呼び合う学校ですが、実は中身は階層社会です。校長や副校長、主幹といった管理職やベテランの教員が、若手教員に対し抑圧的にふるまうことも珍しくありません。もちろん、ぼくの元上司だった校長のように尊敬できる人物もいますが、自分の肩書きを武器にする「位置(役職)エネルギー」で動く人もいるのです。

管理職だけではありません。神戸の一件のように、リーダー的存在の教員による若手への嫌がらせや、指導という名目で理不尽な要求をしてくるケースは多いと思われます。

友人の教員が転任した先には、学校を牛耳っているベテランの教員がいました。そのがやってきたことと違うことをすると、強烈ないじめが始まります。子どもたちの実態に合わせて様々な挑戦をし、トライ&エラーを繰り返しながら、子どもたちによりよい教材や授業を提供するという当たり前が許されないのです。

そのベテランの教員は、必要もないのに、常に友人の教室に来ては、険しい顔で授業を観察し、強烈な剣幕で授業内容を否定するのです。それは、職員室内にとどまらず、時には、子どものいる前で声を荒げたことも少なくなかったそうです。

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職場で大勢の前で聞こえるように否定されることは辛い。いわんや教え子の前で他の教員から否定されると……(写真の人物は本文と関係がありません)Photo by iStock

そのため、子どもたちも自分たちの担任がいじめられていることに気づいていました。子どもたちから「先生、◯◯先生にいじめられているでしょう」とか「みんなそうだから、先生も頑張ってね」と言われたそうです。

「子どもは鋭いよ。1年間よく耐えたと思う」

友人はそう話していましたが、彼のように自分の力で乗り越えられる教員は非常にまれです。

もうひとつは、ぼくと同じタイミングで初任者として東京都の教員になった仲間の話。その彼は、新人育成を担当する指導教官の先生に恵まれませんでした。「子どもたちの主体性を大切にする指導」を大切に考えていた彼は、自分のやり方に徹底的に合わせるように強要する指導教官とは考えが合わなかったのです。学年を共に組む間柄でもありますから、ここの歯車が狂うと精神的に追い詰められていきます。

本来、新人の育成に関わるべき管理職を含む職場の多くの教員たちが助言や手だてを講じることもなく、彼は2学期の途中に休職となり、退職していきました。夢にまでみた教員生活が、わずか半年で終わったのです。

教員が教員をいじめる3つの理由

なぜ、彼らは教員いじめに走るのか。思い当たる理由が3つあります。

ひとつめは、「自分のやり方通りにやってほしい」と型にはめたがる傾向が強いからだと思います。

ふたつめは、妬みや嫉妬の感情です。教員をしていると、自分とは違うやり方で、「子どものことをわかってくれる、やさしい先生」と周囲の評価を得ている同僚に対して、必要のない対抗意識が生まることがあります。

そして、不思議なことに、その姿が許せなくなる。

ところが、ぼくが知っているいじめている側の教員は「素晴らしい先生。あの先生にみてもらうと子どもが言うことを聞く」と、保護者や管理職からは一定の評価を得ていることが多かったのです。なぜなら、子どもたちに対しても抑圧的にふるまうので、子どもたちが抵抗してもムダだと悟り、おとなしくお行儀のよいクラスになるからです。

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「挨拶」や「礼儀」も大切だ。しかし、子どもは本来はやんちゃなはず。いつもお行儀よく静かに整列しているのが、子どもたちがのびのび学んでいる「いいクラス」と言えるかどうかはわからない Photo by iStock

神戸の20代の被害者も「やさしい先生」と評価され、加害者は「人気者と評判」だったと報じられています。しかしこの加害側のひとりは、授業中に20代の被害者をいじめたことを子どもたちに面白おかしく報告していました。保護者や子どもたちは信じていたのかもしれませんが、彼らに本当の指導力があるとは思えません。

ぼく自身も、最初から魅力ある授業や学級経営ができたわけではありません。
自らの言葉によって子どもが傷ついたこともありました。言葉だけでなく、態度で子どもたちに悲しい気持ちや、辛い思いをさせたことも多々あります。思い返せば、自分自身をありのままさらけ出して過ごしてきた、13年間の教員生活でした。

ところが「この人は仮面をかぶっているのかな?」と思ってしまう教員が学校では意外に多いものです。例えば担任している児童と、電車の中、買い物している時などで遭遇することを避けている人が多いのです。プライベートな時間には、子どもたちに会いたくないというのです。

ぼく自身は、そのことが理解できませんでした。自分自身がプライベートでも学校でも何も変わらず、人間・森田太郎で接しているから気にならないのです。よって、彼、彼女たちがなぜそんなに嫌なのかわかりませんでした。そのまま、ありのままで接していればいいだけなのに。

これが3つめです。「学校で先生を演じていた」のではないか。そうなると、“演じ忘れた”とき、違う顔がのぞくのです。

職員室にある、いじめが起きやすい構造

実は、職員室には、いじめが起きやすい構造があります。以前から社会問題になっている「ブラック部活」や「ブラック企業」とまったく同じ。部活動の顧問が生徒に、会社の上司が部下を理不尽に支配するように、学校でも、管理職だから、先輩だから言うことを聞けと主従関係を迫ります。

そんなふうに職員カーストをつくった上で、経験の少ない若手や、教育の本質を独自に追求しようとする教員たちに対して、いじめやパワハラ行為が行われることがあるのです。

さらにいえば、被害を受ける側と加害側に教育観の違いがみられることも「いじめリスク」です。子どもの立場に立って、ともに考え、自由なやり方、自由な学びへと導こうとする教員と、管理、抑圧して「その場の出来栄え」に執心する教員の間には、目に見えない深い溝があります。

「出来栄え派」は必ず型にはめようとします。そのため先輩や管理職がこの「出来栄え派」であった場合、そうでない教員に対するいじめやパワハラが起こりやすいといえます。

そんな職員室の闇は、これまで世間の人たちにはなかなか知られる機会がありませんでした。今回のように20代教員とご家族が声を上げ、それを勇気ある教員たちが応援した結果、暗い闇の実態が白日の下にさらされたわけです。

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「激辛カレー試食会」は子どもたちも学ぶ家庭科実習室で行われたと報じられた。そこで人を嫌がる同僚をおさえつけ、無理やり食べさせるという行為は信じがたい Photo by iStock

一方で、こころのバランスを崩したり、うつになって辞めていく教員の増加も問題視されるようになりました。そして、それは保護者や子どもに原因があるかのごとく言われてきました。しかし、彼らが辞めていく理由の多くは職場の人間関係。管理職や先輩教員からの理不尽な指導や軋轢が引き金になっている場合も少なくありません。

冊子を作るより根本的な解決策を

最後に、今後のことを考えましょう。

今回のいじめ問題を受け、教育委員会や文部科学省は教員いじめの再発防止策にと、教員に渡す冊子を作ったり、研修を実施したり、管理職へ通達することで管理を強めようとしたりすることでしょう。これまでも、何か問題が起こると、そのようなことを何億ものお金と時間と労力をかけてやってきました。しかし、そのほとんどの施策は効果的に機能せず、問題は闇に葬られているように感じます。

では、どうするか。

ぼくは、職員室というブラックボックスを解体すべきだと思います。風通しが悪いから、何も変化が起きず、問題は半永久的に先送りされる。

したがって、解体する方法のひとつとして、多くの人の目を職員室内に入れることだと思っています。ブラックボックスができる原因の多くは、特定の人間が一つの組織、場所に長く居座り続けることです。学校という、本来風通しをよくしておくべき組織でありながら、自分たちの都合に合わせて物事が進められる。そういった環境こそが、取り除かれなければなりません。

そのためには、教員免許を持たなくても学校で授業ができるシステムを確立してほしいのです。そもそも、教員免許は何を保証しているものでしょうか。今回のような教員いじめや生徒いじめは、大事件にならないだけで次々起きています。服務違反や事故、セクハラやパワハラも同様です。学校の教員たちの不祥事が新聞やテレビを賑わせますが、その加害者となった教員たちはみんな、教員免許を持っているのです。

教員免許という参入障壁がなければ、多くの人たちが活躍できる場になります。そして、さらには、健全で新鮮な空気が学校、職員室内を常に循環することになります。ダイバーシティ(多様性)を伝えるという教育目標を掲げるのなら、せめて限った授業に特化したり、授業でない部分の学校経営についてだけでも門戸を開放してはどうでしょう。

民間企業を定年退職した部長さん、海外赴任が長かったサラリーマン、さまざまなボランティアをやって来たお母さんたち、教員を目指す大学院生。さまざまな人たちが学校に入ってくることで、一気に風通しがよくなります。人財が還流することが、一番の課題解決策。それには、教員免許という印籠は必要ありません。

それが少しずつ実現していけば、ブラックボックスは解体され、真のコミュニティスクールになることができます。

今からすぐにできること

ただ、大きな制度改革の前に、今からでもできることはあります。私が勤務した小学校では、よく地域の方やお父さんお母さんが学校に来ては、職員室、校長室で教員たちと一緒になって行事について互いに考える機会がありました。夜遅くまで職員室で仕事をしていると、ふらっと立ち寄っては「遅くまで仕事しているね。なんか手伝おうか?」と声をかけてくれることがよくありました。とても温かく、そして心強い仲間でした。

地震や水害など、自然災害に向けて地域が一つになるとき、小学校は大きなメインステーションになります。日ごろからさまざまな人たちが出入りすることは、大きなメリットがあるはずです。

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子どもたちが安心して安全に学ぶことのできる場所、そこが学校のはず。しかし、学ばせる教員が辛い思いをしていて、それは実現できない Photo by iStock

(構成/島沢優子)

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