愛犬10年物語(5)海外赴任の悲劇後 出会った英国生まれの終のパートナー

愛犬10年物語(5)海外赴任の悲劇後 出会った英国生まれの終のパートナー

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  • 更新日:2017/09/21
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[写真]飼い主と心を分かち合うイギリス生まれの犬

犬は人類の最古にして最高の仲間だと言われるが、家庭犬の存在は比較的新しい。我が国で、庭先に繋がれた番犬や猟犬に代わって、家族の一員として家の中で人と同じように暮らす犬が当たり前になったのは、ここ10年余りのことだ。ターニングポイントとなったのは、2000年代のペットブームであろう。そこから現在に至る『愛犬10年物語』。「流行」を「常識」に変えたそれぞれの家族の10年を、連載形式で追う。

厳しい検疫や長時間輸送のストレス

海外赴任に犬を連れて行く、あるいは海外から犬を日本に連れて帰って来るのはなかなか大変だ。煩雑な検疫手続きや長時間の輸送のストレスを、犬に耐えてもらわなければならないからだ。犬の検疫の主な目的は、狂犬病の流入を未然に防ぐことである。日本のような島国では、水際の防止が効果的であるため、ことさら厳しく管理される傾向にある。期日内の予防注射の実施などの条件を満たしていない場合は最長180日間検疫所に係留されるなど、日本の検疫は厳しすぎるという意見がある。一方で、1957(昭和32)年の発生を最後に、日本は「狂犬病がない国」であり続けているのも事実だ。

近年は以前より条件が緩和されているため、犬を伴って海外赴任したり帰国したりする人も増えているが、かつては海外赴任が決まると親戚や知人に犬を譲るといった形で、犬を手放さざるを得ない人も多かった。この「生き別れ」のトラウマを長年抱えている人を僕は何人か知っている。その一人は、一種の贖罪(しょくざい)意識から犬連れでどこへでも行けるよう、ケージの中でストレスなく過ごせるようにするなど自分の犬のしつけを徹底することを決意。最終的には会社勤めを辞めてしつけのインストラクターになった。彼女が今飼っている大型犬は、夫の転勤に伴って日本からアメリカ赴任に連れて行き、5年間現地で過ごして再び日本に連れ帰った“帰国子女”だ。

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[写真]イギリスから連れ帰ったマリア

70代半ばを迎える乙幡範(おとはた・さとし)さん、弘子さん夫妻と暮らすスタンダード・プードルの『マリア』(14歳・メス)も、イギリスから連れてきた犬だ。現在は東京郊外の自宅と長野県・蓼科高原の別荘でリタイア生活を送る範さんは、現役時代は世界を飛び回るビジネスマンだった。ロンドンに2回、ニューヨーク、ウィーンにも滞在歴がある。夫妻は、もともと大の犬好きで、スタンダード・プードルのほかに、オールド・イングリッシュ・シープドッグ、アフガンハウンドなど大型犬を中心に何頭もの犬たちと暮らしてきた。そして、やはり乙幡さん夫妻にも、海外赴任に伴う胸をチクリと刺すような物語がある。

生き別れになった犬と同じ名前に

マリアという名前の犬は今のスタンダード・プードルが2代目だ。先代マリアは、40年近く前に飼っていたドッグショーのグランドチャンピオンになったこともあるアフガンハウンドだった。そのマリアがいた1978年末に、ロンドンへの初の海外赴任が決まった。当時は、例外なく6か月間の検疫所での係留が必要だったため、マリアと一緒に渡航することをあきらめざるを得ず、日本の関係者宅に預けてロンドンに渡った。そこまでは、当時としてはごく普通のことだったのだが、預けた先の家が破産して行方不明に。マリアはどこかへ売られたようだったが、イギリスから手を尽くして探しても行き先は分からなかった。

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[写真]マリアとジョジョは、乙幡夫妻が最後に飼う犬だという

先代マリアへの思いから、最後に飼う犬には、またマリアと名付けようと決めていたと弘子さんは言う。「同じ犬種でなくても良かったんです。最後の犬にマリアとつけるだけで……。私たちもリタイア生活をしている身ですから、この子たちが最後に飼う犬です」。今後状況が変わるかもしれないが、今のマリアと、一緒に飼っているミニチュア・シュナウザーのジョジョ(7歳・オス)が、長年犬と暮らしてきた夫妻の終のパートナーということになる。

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[写真]もう一人の家族、ミニチュア・シュナウザーのジョジョ

ジョジョは、2 度目のロンドンでの最後の海外赴任を終えた後、日本のホームセンターで売れ残っていたのを“救出”した。

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[写真]14歳となった今も元気

マリアは、ロンドンから連れ帰ったイギリス生まれの珍しいブルーの毛色のスタンダード・プードルだ。

「渡英して1年余り経った時に、現地のタブロイド版の犬雑誌にスタンダード・プードルの子犬が生まれたという小さな広告が出ていました。そのブリーダーに問い合わせると既に飼育希望者がいるということだったんですけど、キャンセルが出て、私たちに回ってきたんです。夫が『どんなへちゃむくれでも飼おう』と言ったので、田舎町にあるお宅に迎えに行ったその日に初めて会ったんですよ」

渡英直後の悲劇

イギリスでマリアを迎えた背景には、悲しい“前日談”がある。乙幡夫妻はこの2度目の渡英時に、『ベベ』というメスのスタンダード・プードルを飼っていた。

さまざまな犬種の犬と暮らしてきた夫妻が、最後にたどり着いたのが、「人の気持ちや状況をしっかりと理解でき、繊細で頭が良い」というスタンダード・プードルだった。日本で迎えたベベだったが、その頃にはなんとか現実的に犬を連れて海外渡航ができる検疫制度になっていた。その後のアメリカ駐在にベベとともに初めて犬連れで海外赴任をし、一緒に帰国した。そして、今度は渡英が決まり、12歳を目前にしてまた一緒に海外生活をすることになった。

「6か月前から検疫の準備に走り回りました。健康診断、血液検査など全て規定の期日内に行って、書類も揃えて問題なく出入国できることを事前に再確認し、準備万端で当日を迎えました」。それでも、ベベは、出発前に24時間以上ケージに入れられることを余儀なくされた。

飛行機も家族とは別の貨物便。アメリカへ行く時は同じ便の貨物室に乗せてくれたのだが、イギリス便の場合はそれしか方法がなかったのだ。成田空港でベベを預けた時、寂しさを助長しないようにあえて別れ際に目を合わせないようにしたが、「最後の瞬間にケージにかけてあったカバーがふわっと風で浮いたんです。そこで目が合ってしまったんです……」と弘子さんが述懐する。ロンドンの空港では無事元気なベベと再会したものの、さらに半日以上検疫所での係留を余儀なくされた。範さんが必死に検疫官と交渉したが、日本と同じ島国であるイギリスの検疫制度は厳しかった。

何はともあれ、ようやく新居に到着。当初は身体を休めつつ静かに暮らしていたが、1週間ほど経ったある日、急に倒れてしまった。「もともと年齢なりに少し弱っていたのですが……。現地の獣医に自己免疫性症候群という赤血球が破壊されてしまう病気だと診断されました。ストレスが原因だったのでしょう」。ぐったりとして起き上がることができず、血を吐いた。担当の獣医は、この珍しい病気に知見があるケンブリッジ大学の獣医とも連絡を取り合って手を尽くした。強力なステロイド剤も使用した。弘子さんは付きっきりで、そんな「壮絶な闘病生活」を共にした。しかし、12歳の誕生日を迎えた直後にベベは亡くなった。

飼い主と一心同体の犬

当時、範さんは仕事の関係でロンドンとウィーンを行き来する生活をしていた。「ずっと犬と一緒にロンドンに残るつもりだった」という弘子さんも、ベベの死後、気晴らしを兼ねてウィーンを尋ねたが、当時の記念写真には弘子さんの笑顔はない。範さんが言う。「いつも下を向いていたように思います。それで、このままではずっと落ち込んだ状態が続きそうなので、少し間を置いてから新しい犬を飼ったほうがいいと思いました。日本風に言えば、1年余り喪に服した形ですね」。それで迎えたのがマリアだったのだ。

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[写真]最後に飼う犬の名前は生き別れになった犬と同じ「マリア」と決めていた

青みがかった灰色の「ブルー」の毛色は、白、茶系、黒系などスタンダード・プードルのさまざまな毛色の中でも、最も出にくい色なのだという。マリアも子犬の頃は真っ黒だったが、顎の部分と前足の間の毛にグレーの毛が混じっていて、やがて美しいブルーの毛並みになった。「賢いです。怖いほどに賢いです」と弘子さんは言う。「基本的にしつけやトレーニングは必要ありませんでした。どの犬もそうだとは思うのですが、飼い主を深く愛しているから飼い主が嫌がることはやらない。私たちがちょっとでも嫌な顔をすると、それはやってはいけないことだと分かるんですね。そういうコミュニケーション能力にとても優れた子です」。

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[写真]マリアは人の心を感じ取る天才だ

マリアの場合、14歳を迎えた今も元気だが、飼い主の心の動きに影響を受けることが多々あるという。最近も、弘子さんが精神的に落ち込んだ時期があって、マリアにも如実にそれが伝わってしまったという。「もう、食べない。動けない。身体が崩れるようにグタっとしてしまいました」。範さんはマリアが当時服用していた膀胱炎の薬の影響も指摘するが、マリアにしても、ベベにしても、「人の気持ちが分かりすぎるところがある。少し間に壁があったほうがいいかもしれないと思うくらいです」と弘子さんは言う。

「後悔」は愛情で結ばれた日々の証明

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[写真]イギリスから帰国後、犬たちのためにも蓼科高原に別荘を買った。のびのびとした環境で散歩するのが最大の喜びだ

マリアを迎えて間もなく帰国した。結果的にこのイギリス滞在が最後の海外赴任になった。緑豊かなイギリスから、郊外とはいえ、東京のゴミゴミした環境は不憫に感じた。リタイア後の生活も見据えて、すぐにヨーロッパの冷涼な気候に近い蓼科高原に別荘を購入した。

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[写真]長女の裕香さん、お孫さんとペットのオカメインコもしばしば蓼科の別荘を訪れる

海外で犬たちと共に育った長女と長男も独立し、今は自宅と別荘をマリアとジョジョを連れて行き来する毎日。実は、長女の裕香さんはロンドンの日本人学校で筆者と同級生だったのだが、蓼科の別荘での取材にお嬢さんとペットのオカメインコと共に同席してくれた。その裕香さんが言う。「両親の犬バカぶり? うーん、なんというか……。人間の子ども以上にかわいがっているんじゃないでしょうか。たまに一緒に外出しても『犬たちを留守番させていてかわいそうだから』とさっさと帰ってしまう。この蓼科の家も、なかなか一緒に旅行などに行けないから、その代わりに犬たちのために買ったのではないかと思います。マリアの年間のヘアカット代は、私が自分にかけるヘアカット代の200倍ですよ!」

弘子さんは言う。「多くの犬を飼ってきましたけれど、死に別れたのはイギリスで亡くなったベベだけなんです。海外転勤が多かったせいで、人に譲った犬が何頭もいました。その後、新しい家庭でハッピーエンドを迎えた犬もいれば、先代のマリアのような子もいます」

弘子さんは、それで良かったのかと思い悩むこともあるという。しかし、例えば犬と死に別れる際、わずかな回復の可能性に賭けて病院に預けるか、家で静かに最期を看取るか、選択を迫られることがある。筆者は2度前者を選んだ結果、飼い犬の死に目に立ち会えたことがない。その後悔は一生消えないだろう。しかし、同時に、逆の選択をしても「あの時治療を続けていればもっと長生きできたのでは」という後悔が生まれたであろうことは想像に難くない。

乙幡夫妻もそうした思いを抱え続けるのが動物と暮らす者の責任であり、また、それも強い愛情で結ばれた日々があったが故のことだということを、よく分かっている。だから、今はマリアとの日々の一瞬一瞬を大切にして、これまで通り犬中心の生活を続けているのだ。

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[写真]インタビュー中もぴったりとご夫妻に寄り添うマリア

【マリア】イギリス生まれのブルーのスタンダード・プードル。ドッグショーでの入賞歴があり、一度出産を経験。10頭の子供がいる。名前は、乙幡夫妻が以前飼っていたアフガンハウンドの「マリア」から取った。相棒のミニチュア・シュナウザーの「ジョジョ」のしつけは、全てマリアがやったという。

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■内村コースケ(うちむら・こうすけ) 1970年生まれ。子供時代をビルマ(現ミャンマー)、カナダ、イギリスで過ごし、早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞(東京新聞)で記者とカメラマンをそれぞれ経験。フリーに転身後、愛犬と共に東京から八ヶ岳山麓に移住。「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、「犬」「田舎暮らし」「帰国子女」などをテーマに活動中

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