瓦から見る新たな魅力発見!奈良の古寺を瓦で巡る

瓦から見る新たな魅力発見!奈良の古寺を瓦で巡る

  • トラベルjp<たびねす>
  • 更新日:2017/11/14
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瓦から見る新たな魅力発見!奈良の古寺を瓦で巡る

奈良というと仏像のイメージが強いですが、今回は仏像が安置されている寺院の瓦にスポットをあててご紹介します。実は、奈良は瓦の発祥、発展と密接な関係のある土地なのです。
それでは、さっそく瓦をめぐる奈良の旅をご案内します。

蓮文様の鬼瓦があったって本当!?

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写真:花月 菊乃

奈良の古寺を訪れることがあれば、屋根に注目してみてください。屋根の瓦をよくみると、そこには色々な文様や意匠があることに気がつきます。中でも門や屋根の棟端を守るかのように、にらみをきかせる鬼瓦は、寺院の瓦というと真っ先に思いついくものかも知れません。

この瓦、もともとは蓮の形をしていたのを知っていますか?その始まりは、飛鳥時代(592~710)にさかのぼります。

瓦の伝来、百済から瓦博士の来日

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写真:観光地フォト

時は飛鳥時代。
仏教伝来から36年後の588年に百済から4人の瓦博士が渡来します。その目的は、日本初の寺院、法興寺(飛鳥寺)建設にその技術をつたえるため、木工や画工など他の技術者もともなっての来日でした。この頃の、瓦の意匠は仏教に縁の深い蓮華紋の装飾瓦が主流でした。

日本で発見された最古の鬼瓦は飛鳥時代で、型抜きでは、奈良の奥山久米寺、手彫りでは、法隆寺の前身の斑鳩寺の若草伽藍から出土したものです。どちらも、蓮文が装飾されていました。

また、法興寺(飛鳥寺)は無事に建設され、710年に飛鳥から平城京に都が移る際、奈良市へ移転され名を元興寺と改めました。このとき、一部の瓦も移されました。その瓦は、現在も1400年以上の時をこえて現役で元興寺の屋根を守っています。元興寺は、1998年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。

《元興寺基本情報》
住所:奈良県奈良市中院町11番地
電話番号: 0742-23-1377
アクセス:近鉄奈良駅から徒歩約15分
バス「福智院」から徒歩約5分
JR奈良駅から徒歩約20分
バス「田中」から徒歩約5分

鬼瓦の登場

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写真:花月 菊乃

奈良時代(710~794)になると近畿地方を中心に鬼面の鬼瓦が見られるようになります。初めに平城宮や平城京の寺々で、使われるようになり、造寺とともに地方へも広まっていきました。鬼瓦の原型は、シリアのパルミア遺跡入口に魔除けとして飾れたメドゥーサで、それがシルクロードをへて中国へ伝わり、その終着点である平城京へ伝わったのではないかと考えられます。

平城宮・平城京で出土した瓦は、平城京にある平城旧跡資料館の常設展で目にすることができます。出土した瓦の数は約600種。平城旧跡資料館では、文様の一つ一つに番号をつけ、その文様と年代の遍歴が分かりやすく理解できる展示内容になっています。

《平城旧跡資料館基本情報》
住所:奈良県奈良市佐紀町247-1
電話番号: 0742-30-6753(奈良文化財研究所)
アクセス:近鉄奈良線大和西大寺駅北口を出て、東に向かい、二条町交差点を南へ徒歩約10分

鬼瓦の発展に寄与!法隆寺瓦大工、橘一族

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写真:観光地フォト

鎌倉時代(1185~1333)中頃まで、型に粘土を押し込んでつくられていた瓦は、生産体制の変化により、一つ一つ手作りで作られるようになります。

奈良の大寺院には、それぞれ専属の瓦専門の瓦大工がいました。特筆すべきは、ユネスコ世界文化遺産に登録されている法隆寺の瓦大工、橘一族です。

室町時代(1336~1573)の法隆寺の瓦大工、橘国重(たちばなくにしげ)は、2本の角をもつ立体的な鬼を生み出し、その子の吉重(よししげ)は、釘を使わないでもずり落ちない瓦や造形に適した粘土を工夫し、瓦に土の名と内容を刻みました。

橘一族はその後、何世代かにわたり14世紀~18世紀まで近畿一円で瓦大工として活躍し、日本の鬼瓦面の基本形に貢献しました。法隆寺は、鬼瓦をつくる職人である全国の鬼師たちにとって、鬼瓦のメッカともいえる場所なのです。

《法隆寺基本情報》
住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺1の1
電話番号: 0745-75-2555
アクセス:JR法隆寺駅より/徒歩約20分 バス「法隆寺門前」行き 法隆寺門前下車
JR王寺駅(北口)より/バス「国道横田・シャープ前・法隆寺前」行き 法隆寺前下車
近鉄筒井駅より/バス「JR王寺駅」行き 法隆寺前下車

そして、鬼瓦は寺に残った

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写真:花月 菊乃

飛鳥時代の瓦伝来から長い間瓦は、寺院や城郭のものでした。
江戸時代(1603~1868)に江戸の大火災があり、防災をかねて幕府は瓦ふきの屋根を庶民にも推進するようになり、一般にも普及します。それまでの庶民の屋根は、板葺きか草葺きが主流でした。

鬼瓦も始めはその姿を民家に現わしましたが、隣近所を睨みつける形相が敬遠され、じょじょに姿を消していきます。民家へは、人々の願いをこめた福の神や文字の意匠などの瓦がとって代わるようになります。

鬼瓦はその伝統とともに、寺院に残る形となりました。

よく見るとやみつきに!奈良の瓦の魅力

奈良の仏閣というと仏像をメインに考えてしまいがちですが、ぜひ瓦にも注目してみてください。

瓦は鬼師という職人が手づくりでつくる芸術品という側面もあります。よくみると一つ一つ顔の表情が違い、それぞれが個性的です。

はるか1400年前、瓦の技術がつたわった頃の瓦を現役でみることができる元興寺、橘一族の古典的ですばらしい鬼瓦をみることができる法隆寺など、違った角度から奈良の歴史を知り、寺院を楽しむきっかけになると思います。

関連MEMO

元興寺公式サイト

平城宮跡資料館公式サイト

法隆寺公式サイト

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