宇宙の藻屑と消えた天文衛星「ひとみ」。事故の顛末と、“代替機”にかかる世界の大きな期待

宇宙の藻屑と消えた天文衛星「ひとみ」。事故の顛末と、“代替機”にかかる世界の大きな期待

  • ハーバー・ビジネス・オンライン
  • 更新日:2017/09/24
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X線天文衛星「ひとみ」の想像図 Image Credit: JAXA/池下章裕

2016年3月、日本が打ち上げたX線天文衛星「ひとみ」がトラブルを起こし、機能を停止する事故が起きた。その後、運用再開に向けた作業が行われたものの果たせず、1か月後の4月に復旧を断念することになった。(参考1参考2参考3

世界最先端の観測機器を載せ、世界中の科学者から熱い期待をかけられていたこの宇宙に浮かぶ天文台は、本格的な観測を始める前に宇宙の藻屑と消えた。その後、徹底した調査と再発防止に向けた動きがまとめられ、この事件はひとまず、いったんの終わりを迎えた。

そして今、この手痛い失敗を乗り越え、「ひとみ」の代替機となる新しい衛星の開発が始まろうとしている。

◆「ひとみ」事故の顛末

「ひとみ」はJAXAの一部門である宇宙科学研究所(ISAS)をはじめ、米国航空宇宙局(NASA)など国内外の研究機関や大学などが共同で開発した、国際的な「宇宙に浮かぶ望遠鏡」である。世界最先端かつ唯一無二の性能をもち、その観測によって大きな発見や成果がもたらされると期待されていた。

「ひとみ」は2016年2月17日に、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられ、予定どおりの軌道に投入。観測を始める前の試験をこなしていた。

しかし、同年3月26日に「ひとみ」と通信ができなくなるトラブルが発生。さらに地上からの観測で、機体が損傷していることも判明した。JAXAは復旧に向けて懸命の努力を続けたが、それは実らず、4月に復旧を断念することが決まった。

その後、JAXAは原因を調査し、5月24日に「異常事象調査報告書」を発表した。

これによると、「ひとみ」はまず、自分の姿勢を知るための装置に問題があり、その結果、実際には衛星は回転していないにもかかわらず、衛星は自身を「回転している」と勘違いした。そして衛星は、回転を止めるために姿勢を変えようとし、逆に回転し始めてしまった。

これだけならまだ復旧の見込みがあったかもしれないが、悪いことにもうひとつのトラブルが重なってしまった。回転を始めた「ひとみ」は、これを異常と気付き、機体を守るため必要最小限の機器のみ動かすモードに入った。そして回転を止めるために小さなロケットエンジンを噴射しようとしたところ、このエンジンを噴射するためのパラメーターが間違っていたために、さらに回転が加速することになってしまった。

そしてついには、その回転の勢いで、衛星の中の比較的強度が弱い部品が引きちぎられてしまったのである。

◆衝撃の事故調査報告書

異常事象調査報告書では、この事故に至るまでの背景についても迫っている。

まず最初に発生した、「ひとみ」の姿勢を知る装置の問題については、姿勢を知るためのセンサーが新規開発品であり、その設計や試験が十分ではなかったことが明らかにされた。また、このセンサーは衛星の運用中にも何度か異常な動きを見せていたものの、その対応も十分ではなく、不安定な状態で使い続けてしまっていたことも明らかになった。

そして2つ目のエンジンのパラメーターの問題については、運用担当者が間違ったデータを「ひとみ」に送って書き換えていたことが判明。また、作成したデータが間違っていないかどうかを、地上で十分に確認しないまま「ひとみ」に送ってしまったこと、さらに地上で確認することの重要性を担当者が認識していなかったことも明らかになった。

このデータの書き換え自体は、当初から行うことが予定されていたものだった。しかし、書き換えることの重要性や、書き換える前に地上で十分に試験することの重要性の確認が徹底されておらず、不十分な認識のまま行われたという。また、そもそもデータの書き換えを行わないような設計もできたはずとも指摘されている。

さらに、データの書き換えを行なったのはNECの担当者だったが、JAXAはその作業を監督する立場にあった。しかし結果的に、JAXAはその役目を果たせず、誤ったデータが送られることを阻止できなかった。これらは運用体制やマニュアルの整備といった問題でもあり、またJAXAと企業の役割分担や、それぞれの文化の違いといった根の深い問題でもあると指摘されている。

こうしたことから、単純なデータのプログラムミスや人為ミスといったものではなく、複雑にこんがらがった複合的な原因であったと結論されている。

JAXAではこの事故を今後にいかすべく、さまざまな再発防止策を立案し、JAXA内でのマネジメント体制や運用体制の見直し、企業との役割分担の見直しなどを行った。また、すでに開発中の他の衛星のうちいくつかについては、運用計画の再検討や確認などが実施された。

また、JAXA理事長をはじめとする役員の減給処分が行われ、そして今年9月5日には、東京簡易裁判所において、NECがJAXAに5億円を支払うことで民事調停が成立し、「ひとみ」をめぐる一連の問題はひとまず、いったんの終わりを見せた。

◆喪失前に見せたその性能の片鱗

残念な結果に終わった「ひとみ」だが、実は機能喪失する直前までに残したデータで、その高い性能の片鱗を見せた。

打ち上げから約1週間後、「ひとみ」は観測装置を起動させて性能などを確認する段階で、太陽系から約2.5億光年離れた場所にある「ペルセウス座銀河団」の観測を行った。

銀河団というのは100以上の銀河が集まった、宇宙最大の天体のこと。その中でもとくにペルセウス座銀河団は、X線で最も明るく見える銀河団でもあり、これまでの多くのX線望遠鏡によるデータが取得されている。そのため、この場所を観測し、過去に取得されたデータと比べることで、「ひとみ」の性能がどれくらい優れているかなどの検証ができる。

「ひとみ」に搭載されていた観測装置の性能はきわめて高く、従来では不可能だった、ペルセウス座銀河団の中心にあるガスの動きをも観測することもできるとされた。そして実際に観測したところ、ガスの動きが観測できたばかりか、予想よりもはるかに高い精度で観測することもできたという。

そして試験中のわずかな観測データながら、研究チームはある新しい発見を成し遂げた。

こうした銀河団には、大量のダークマターの重力によって5000万度以上という高温ガスが捉えられている。また、ペルセウス座銀河団の中心には活発に活動する巨大なブラックホールがあり、このブラックホールによるジェット(光の速さに近い高エネルギー粒子の絞られた流れ)が周囲の高温ガスを押しのけるようにして広がることで、高温ガスがかき混ぜられ、乱れた流れの状態にあるのではないかと予測されていた。

しかし「ひとみ」による観測からは、たしかに巨大ブラックホールから吹き出すジェットは高温ガスとぶつかり、高温ガスを押しのけているものの、その結果作り出されるガスの乱れは小さく、銀河団中心部の高温ガスは意外に”静か”であることがわかったとしている。

この研究成果は、2016年7月7日付の科学誌「ネイチャー」に掲載された。

◆代替機にかかる世界からの大きな期待

試験中の観測ながら、論文が「ネイチャー」に載るほどの新しい発見をもたらした「ひとみ」だが、それだけに早々に失われたことが大きく悔やまれた。

そこでJAXAは現在、「ひとみ」の代替機となる「X線天文衛星代替機」の開発に向けた検討を進めている。開発にあたっては、当然ながら事故の再発防止に向けて設計や運用などの大幅な見直しが行われるほか、観測機器の数を減らすなどし、開発期間や打ち上げまでの期間の短縮と低コスト化が図られている。

もともと「ひとみ」は、「天体をとても細かく見る能力」と、「同じ天体を同時に観測し、さまざまなデータを取る能力」の2つに長けていた。代替機では機器の数を減らすことで、このうち後者をあきらめ、前者の能力のみ受け継ぐことになる。そのため「ひとみ」より全体的な性能は落ちるものの、引き続き世界第一級の性能、成果が取得できる予定で、「ひとみ」で得られるはずだった成果を、できる限り早期に取り戻すことが期待されている。

この代替機の打ち上げは2020年度に予定されており、すでに「ひとみ」の開発で協力したNASAや欧州宇宙機関(ESA)からも、続けて協力が得られることになっている。

X線で宇宙を観測する「X線天文学」の分野は、今から約50年前に始まり、日本は世界の中でもトップレベルの実績をもつお家芸でもある。「ひとみ」やその代替機の開発に、日本が主導的な役割を果たし、そこに米国や欧州が協力するという形で参加しているのも、その実績の表れといえよう。

これから最も重要になるのは、「ひとみ」のような事故を繰り返さないことであるのはいうまでもない。前述のように原因が複合的なものだった以上、改善は困難な道のりになるだろうが、これを乗り越えなければ、今回の事故は本当の意味で終わりを迎えることはなく、そして代替機はもちろん、今後のJAXAの衛星開発も立ちいかなくなってしまうだろう。

そしてその先に、代替機によって「ひとみ」で得られるはずだった成果を手に入れ、これから先も日本がX線天文学の分野で主導的な役割を果たすためにも、代替機の開発と打ち上げ、そして観測を、なんとしても成功させる必要がある。「ひとみ」が見せるはずだった、そして代替機が見せるであろう光景は、宇宙の歴史と進化の謎に迫る手がかりになり、日本のみならず人類の科学の未来を切り拓くものになるに違いないのだから。

<取材・文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:http://kosmograd.info/
Twitter:@Kosmograd_Info

【参考】
・ASTRO-Hプレスキット(http://fanfun.jaxa.jp/countdown/astro_h/files/astro_h_presskit.pdf
・JAXA | X線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」異常事象調査報告書B改訂等について(http://www.jaxa.jp/press/2016/06/20160608_hitomi_j.html
・X線天文衛星ASTRO-Hの喪失を超えて(宇宙科学研究所 所長 常田佐久)(http://www.isas.jaxa.jp/outreach/announcements/files/astro-h.pdf
・意外に静かだったペルセウス座銀河団中心の高温ガス | 宇宙科学研究所(http://www.isas.jaxa.jp/topics/000282.html
・X線で宇宙を見る X線天文衛星代替機 X-ray Astronomy Recovery Mission(http://www.isas.jaxa.jp/outreach/events/opencampus2017/leaflet/leaflet/6-1.pdf

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